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〈死体拾い〉のエマ  作者: しゃかもともかさ
3.信仰を爪先で蹴り上げる
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 目星をつけていたカフェは席が空いていなかった。

 時間を持て余した失業者で溢れかえっていたせいだ。


 仕方ないので通りの隅に腰を下ろして、以前描いた絵を数枚広げる。

 そうやっているとたまに物好きが買いたいと言ってくれるのだ。

 似顔絵を描いて欲しいと頼まれることもある。


 たいていの人は私が描いた絵を見て満足することはない。

「まあこんなものか」とでも言いたげな顔で頷いて去って行く。

 私は画家ではなく、趣味で絵を描いているだけだから、そういう反応に不満はない。

 でも、少しも上達しない自分の絵に対しての多少の苛立ちはある。


 もちろんそれはただのないものねだりで、自分の技術をどうこうしようとするモチベーションは私の中にない。

 試行錯誤のない作業の繰り返しが生むのは「慣れ」であって、それが努力とは呼べないことは理解しているつもりだ。


 通りを抜ける風に、潮の匂いを鼻に感じた。


 いくらか誇張して表現すると、この町は海の中にある。

 先人もそういった大げさな言い回しを好んだのかもしれない。

 この町の名前は〈海の中の丘〉だ。


 実際、この町は遠目からは海に浮かぶ島のように見える。

 でも、正確には陸続きになっていて、潮が引いているときにははっきりと陸路が現れる。

 しかし、町までの陸路は足場の悪い干潟で、場所によっては身体の半分が沈みかねない沼ができる。

 だから、舟での行き来が主な交通の手段だ。


      *


 私とエマがこんな辺鄙な町に訪れることになったのは、〈人喰い〉が現れたという情報のせいだ。

 人が死ねば死体を回収し、〈人喰い〉が現れれば死体を届けに行く。

 死臭のする場所を彷徨うのが〈死体拾い〉の生態なのだ。


 幸い……なのかは不明だが、〈人喰い〉は判明している。

 この町の有力者の令嬢が人肉を欲したのだ。


「たぶん虚言よね」


 気怠そうに言うエマは本当に不機嫌そうだった。

 エマは内陸の育ちのようで、潮風との相性が悪いらしい。


 私もエマと同じで、〈人喰い〉の話は嘘だろうと思っている。

 おそらくエマに出向を命じた教会もそうだろう。


 〈人喰い〉は自身が怪物であることを自称しない。

 食事がしづらくなるし、〈人喰い〉は今生きている日常に強く固執する性質を持つ。


 令嬢の主張は自虐的かつ破滅的なものだった。

 たぶん、彼女はそういうやり方で誰かの気を引こうとする性分なのだろう。

 その目的は分からないし、興味もない。


 潮風の中、船に揺られて町を通り抜け、ようやくたどり着いた屋敷は古くて立派なものだった。

 〈海の中の丘〉は教会の完全な支配下にあって、貴族はいないはずだ。

 もしかすると昔いた貴族が去ったあと、この屋敷を金持ちが買い取ったのかもしれない。


 屋敷の中に入ることは許されなかった。

 使用人が私たちをゴミを見るような目で見て、汚物を詰め込んだ袋を扱うように革袋を受け取った。


「このあとはどうするの?」

「すぐに出て行きたいところだけど……残念ながらしばらくこの町で待機よ。近くに〈死体拾い〉がいないみたいなの」


 どこかで誰かが死ねば、出て行くこともかなうだろう。

 でも、いつどこで誰かが死ぬかを天気予報のように知ることはできない。

 処刑や戦争のような計画的生産のたいていは衛兵の手で行われ、彼らの懐に収まる。


「この町で死んだ人って、きっと塩漬けになってしまうんだわ」


 潮風になびく銀色の髪を抑えながら、エマは酷く忌々しそうに言った。

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