後日談:鎖に繋がれた羊たち5
ノーランが森に追放されたあと、すぐに『新しいノーラン』が用意されました。
『新しいノーラン』はノーランとは異なり、狩りを好み、剣技を得意としたしました。
オリビアは『新しいノーラン』にすぐに夢中になりました。
しかし、『彼』は詩に関心がなく、オリビアの想いは空回りしました。
そして、『彼』が婚約者との交際を始めるようになると、完全に興味を失ったのです。
しばらくすると、オリビアは若く美しい仕えの兵士との恋に落ちました。
兵士はネイサンという名の遠方の貴族の三男で、修行のためにこの屋敷に仕えている方です。
教養深く、彼は詩に対する理解もありました。
影である私の詩を知ったネイサンは、詩を寄稿することを提案しました。
――少しも期待していなかったのだけど、彼の言う通りにして正解だったわ。
ある貴族の集まりで、私の詩は一定の評価をされたようです。
ノーランの気を引く必要がなくなり、オリビアは私の存在を忘れていました。
それ以来、息を潜めるように過ごしていた私でしたが、定期的にオリビアから詩を求められるようになりました。
従者の中で私の地位は高くなりました。
オリビアの代わりに手紙を書くようになり、目立たない格好をすれば、時折〈午後の塔〉に足を運ぶことも許されました。
――ところで、■■■■は森に出入りしているの?
あるとき、オリビアの髪を解かしているとき、彼女が私に聞きました。
――ネイサンが森に入ろうとする私を見かけたというのよ。
私とオリビアは〈生き人形〉と主人という関係上、外見がよく似ています。
遠目に見たら、間違っても仕方ありません。
――薬草を採りに……あとは、詩の題材を探すときに森の周辺を散策することがあります。
――あら、そういうことだったのね。結構なことよ。
オリビアは簡単に納得してしまいました。
私はもっと事細かに聞かれるかと身構えていたのですが、それは杞憂でした。
屋敷の誰も彼もが、森にいる優しくて穏やかなノーランのことをすっかり忘れてしまったようです。
ときどき、森を出入りする〈死体拾い〉のみすぼらしく汚らわしい姿を見かけます。
屋敷の者は哀れな〈死体拾い〉に軽蔑の視線を向けることはあれど、それ以上の関心はないようでした。
可哀想なノーラン。
私は暇を見つけると森に入り、木にできた窪みに詩を綴ったオリビア名義の手紙を入れました。
ノーランからの返事があってもいいように、鉛筆と便箋を添えて。
私自身の名前を描く勇気はありませんでした。
拒絶されたくありませんでしたし、〈人喰い〉となったノーランに対してどういう気持ちを抱けばいいのか、まだ整理がついていませんでした。
しばらくして、手紙を置いた場所に立ち寄るとノーランからの返事がありました。
そこには妹への感謝と、許されるなら会いたいという切実な気持ちが書かれていました。
ノーランと私の手紙のやり取りは、彼が森に追放されてからもずっと続いているものでした。
彼は私の詩を心の支えにし、人の肉を食らいながら生きながらえました。
時々、手紙には森で自生する植物の花が添えられることもありました。
私はそのお礼にと、畑で採取した花を添えて詩を送りました。
ノーランとの時間は私にとってどうしようもなく幸せなものでした。
ノーランと私は顔を合わせて言葉を交わすことはできません。
彼は〈人喰い〉で、私は身分を偽っています。
でも、手を握り、身体を寄せ合う関係よりももっとずっと深いところで私たちはお互いを理解し合っているように感じたのです。
読んでいただきありがとうございます。
次の更新は5月12日(金)ごろです。




