後日談:鎖に繋がれた羊たち4
あるとき、ノーランは領主である父から酷く叱られました。
狩りで捕らえた鹿に止めを刺せなかったためです。
私は彼を慰めるための詩を便箋に綴り、オリビアに渡しました。
オリビアは私の詩を一瞥しただけで、便箋に封をします。
別の従者を呼ぶと、「お兄様にこれを届けなさい」と命じました。
そして、憂いた表情を浮かべるのです。
――お兄様は気に入ってくださるかしら。
私はオリビアに頭を下げ、「きっと気に入ってくださることでしょう」といつもの返事をします。
オリビアは、私が書いた詩の内容にたいした関心を向けません。
私を信頼してのことか……それとも、興味がないのでしょう。
けれど、オリビアの詩に対する態度は私にとっていくらか都合の良いものでした。
私は詩にノーランへの淡い恋心を綴っていました。
血を嫌い、穏やかで心優しいノーラン。
これが叶わぬ恋であることは正しく理解していました。
だから、詩に想いを乗せるだけで、それ以上のことは望みませんでした。
私はオリビアの影でしかなく、影の代わりはいくらでもいるのです。
オリビアの従者は、私とよく似た背格好の、栗色の少女ばかりでした。
従者にはそれぞれ名前が与えられていましたが、私たちはお互いを名前で呼ぶことはしませんでした。
意味のないことだったからです。
青く可愛らしいワスレナグサの花の一つ一つに名前があったとしても、私たちがそれをワスレナグサとしか呼ばないのと同じことでしょう。
私は、ノーランに対する自分の想いが風に吹かれてどこかへいってしまうことを望みました。
それで良かったのです。
ノーランが詩に込められた私の気持ちに気づかなければいい。
そう願ってさえいました。
けれど、あるときからノーランは詩に込められた想いに気づいたようでした。
詩の感想を綴った手紙には、遠回しにそのことが書いてありました。
要約すると「君と僕の立場上、同意はできないけれど気持ちはとても嬉しい」というものです。
貴族の間で近親の結婚はさほど珍しいものではありません。
でも、政略の都合、ノーランの結婚相手はすでに決まっていました。
しかし、ノーランは詩を読むごとに、オリビア・グラシアへの想いを強くしているようでした。
そして、いつしか、グラシア家の時期当主であること、兄妹という関係を憂いを覚えているようでもありました。
でも、当然ながら、彼はオリビアの影である私の存在になど気づくはずがありません。
私はノーランへの想いを募らせ、何編もの詩を書き、それを風に乗せました。
春が訪れ、夏が照らし、秋が実り、冬が世界を覆い、また春が訪れても――風が私のために吹くことは一度としてありませんでした。
そして、「あの日」が訪れました。
*
ある夜、屋敷に若い女性の悲鳴が響きわたりました。
中庭に私たちがかけつけると、従者の一人が首から胸にかけての肉をシャベルで掘り返すように抉られ、絶命していました。
哀れな従者のそばには、血を嫌うはずのノーランが佇んでいました。
彼は何かを堪えるように目をつぶり、じっとしていました。
ノーランに声をかける者はいませんでした。
私でさえも、彼にかける言葉がありません。
日が昇る前に、ノーランは〈人喰い〉としてアデラインの森に追放されました。
読んでいただきありがとうございます。
次の更新は5月9日(火)ごろです。




