後日談:鎖に繋がれた羊たち3
籠の中の鳥の詩は、成就しました。
ここからは私個人の、ささやかな復讐の物語です。
*
たいていの人は自分のために生きるものなのでしょう。
「誰かのため」という生き方も、結局は自分を認めて欲しいという気持ちに起因するのです。
自分のため。
自分のため。
自分のため。
歴史を振り返ればヒトは他者から奪い、他者から奪われを繰り返し続けています。
そんなヒトのそういった生き方を利己的で汚らしいものだと考える人は意外にも多くいるようです。
でも、私はそうは思いません。
鳥が親愛に嘘を交えてさえずらないように、翼を持たないヒトは空を自由に飛ぶをせず、地べたを這いずり回りながら他者を貪るのが正しい生き方なのですから。
でも、私は物心がついたころから、「ある人のため」に生きることを義務づけられていました。
オリビア・グラシア。
オリビアにとって私は身代わりであり、代用品でした。
そして、搾取の対象だったのです。
*
――ねえ、■■■■。この詩をお兄様は気に入ってくれるかしら。
私と同じ栗色の髪……けれど、私よりもずっと艶やかで美しく伸ばしたそれをくるくると指に絡ませながら、オリビア・グラシアが私に聞きました。
あるときからオリビア・グラシアは、兄であり時期当主のノーランに夢中でした。
彼女はノーランに詩を送り、彼の反応を窺い、その様子に一喜一憂する日々を過ごしていたのです。
オリビアのノーランに対するアプローチは近親への親愛なのか、時期当主という肩書きに対する点数稼ぎなのか……それとも、恋慕に感情によるものなのか、私には分かりません。
――ええ、きっと気に入ってくださると思います。
私がオリビアに頭を下げながら、そう返事をしました。
すると、彼女は私の頭の上でくすくすと笑いました。
――■■■■は自信家ね。
もし、ここで否定や遠慮の言葉を口にしたら、オリビアは私のふくらはぎを鞭で叩いたことでしょう。
私は微笑みを繕いながら、頭を上げて返します。
――それはもちろん。私はオリビア様の影ですから。
ノーランのための詩は、私が書いたものでした。
でも、私はオリビアの影です。
影が成し得たものを主人が我がものにするのは至極当然のことでしょう。
私は、卑しい身分の出身でした。
正確な出自は知らされていません。
けれど、異教の血が私の身体に流れていることを幼い頃にそれとなく伝えられました。
グラシア家は代々、宗教や宗派に寛容で、領民がどの神を信じようとも口出しをすることはなく、異教徒を受け入れてきました。
でも、外の世界はそうではありません。
屋敷の外で異教の血が流れる私が生きることは難しく、グラシア家に引き取られていなければ飢えて死ぬか、〈人喰い〉の餌にされていたことでしょう。
私はオリビア・グラシアのために生きています。
それは私の生活のためでもあり、受け入れなければならない使命なのでしょう。
そう信じることができたら……私を覆う透明な檻に気づかないでいられたら、どんなに良かったでしょう。
ノーランへの想いを自覚した日から、私は自身が囚われの身であることに気づいてしまいました。
読んでいただきありがとうございます。
次の更新は5月5日(金)です。




