後日談:鎖に繋がれた羊たち2
え、という声が私の喉の奥から漏れる。
「貴族の娘なのに?」
「そう、貴族の娘よ。でも、それ自体は特別珍しいことではない。ケチな貴族ってよくいるから。だけど、グラシア家の領主の判断は私にとっても教会にとっても意外なだった」
結局、あの死体は解体され、革袋に詰められたらしい。
そうであれば、とっくの昔にどこかの〈人喰い〉の胃の中だ。
「だから、解体される前に死体の調査が行われたの。一オリビア・グラシアの死体からは毒物が検出されたわ。人を殺すものではないけれど、身体の自由を奪うには十分なものよ」
毒。
そのおぞましい言葉の響きに、脳が痺れるような感覚を覚えた。
「それと、顔の損傷は〈人喰い〉によるものだった。巧妙に偽装されていたけれど、人型の歯による痕跡が確認されたわ」
〈午後の塔〉の食堂で商人たちが語っていた『川岸で発見された欠損した死体』の話が頭に過ぎる。
衛兵たちは「熊か狼による仕業」としていたようだが、商人たちは「ご都合主義の楽観視だ」と顔をしかめていた。
小屋での私とエマの判断も、それと同じだったのだろうか。
「ケイトの話す『ロザリーの話』が、どこまでが事実で、どこからが創作かは私には判別ができない。でも、死体から毒が検出されて、〈人喰い〉の餌になったというのは事実よ」
エマの語る『事実』は、ロザリーの物語とは大きく異なる。
小屋にあった、簡易的なかまどの傍に置かれた二つのコップ。
毒はそれに含まれていたのだろうか。
何を飲んだのだろう。
寒い日の夜なら、私であれば暖かいワインかお茶がいい。
男女たちは毒によって昏睡し、その結果、凍死したのかもしれない。
その夜、小屋に〈人喰い〉がやってきてささやかな食事をし、夜が明けると猟師が死体を発見した。
まるで、作詞だ。
すでに出来上がった曲のために綴られた詩のように、都合の良い筋書きで物事が進んでいる。
「でも……ロザリーはどうやって〈人喰い〉を用意したのだろう」
「ミステリー小説のように話を登場人物に限定するなら……失踪したお兄さんが〈人喰い〉になったのかもしれない」
小鳥の詩にも、失踪した『兄』が登場していた。
「お兄さんはロザリーの詩を気に入っていたのでしょう。秘密裏にやり取りをしていても不思議ではないわ」
「ロザリーが〈人喰い〉と……」
では、死体を発見したという猟師というのはもしかすると……。
「意外かもしれないけど、教会が〈人喰い〉と意志疎通を計った事例はあって、そのうちのいくつかは成功しているそうよ」
それは意外でもない。
私も〈人喰い〉と言葉を交わしたことがある。
もちろん、そんなことはエマには明かさない。だから、「そうなんだ」と納得して見せた。
小屋の中に沈黙が訪れる。
パチパチとたき火が弾ける音、外で風が木々を揺らす音が少しずつ遠のいていく。
ぼんやりとした意識の中で、ロザリーの『捜索』と、エマから聞いた『事実』が少しずつ結びついていく。
栗色の髪の貴女は、自由のために屋敷の外に出たと言っていた。
誰も自分の手を握ってくれなかったから、自分の力で籠の外で生きることを決意した。
でも、彼女が行ったのは復讐に他ならない。
いつの間にか、無意識にエマの手を強く握っていた。
彼女が「痛い」と訴えて、そのことに気づく。
ごめん、を言いながら頭の中で『籠の中の小鳥』の詩を口ずさむ。
ロザリーという旅人が描いた詩は、自由の詩などではなかった。
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次の更新は5月2日(火)ごろです。




