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〈死体拾い〉のエマ  作者: しゃかもともかさ
2.固く繋いだ手を落とす
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後日談:鎖に繋がれた羊たち1

 携帯ラジオから歌声が流れてきた。

 いつか聞いた、籠の中の小鳥の詩だ。

 電波が悪いせいで歌声は掠れていたが、女性の囁くような声が夜の澄んだ空気に甘く響いた。


「この歌の作詞をしたロザリーという人と私は、ちょっとした知り合いなんだ」


 私に身体を寄せてぼんやりとしていたエマの真紅の瞳がこちらを向く。


「どこで知り合ったの?」

「〈午後の塔〉って町の喫茶店。彼女に頼まれて絵を描いた」


 ああ、とエマはため息を漏らすような相槌を打つ。

「森で見つかった領主の死体のときの町ね」


 死体は森の中の小屋にあって、男女が固く手を繋ぎ、寄り添うように死んでいた。

 ちょうど、今の私とエマのように。


 不本意ながら、私たちは放棄された小屋で夜を越そうとしていた。

 秋に入り、夜はよく冷えた。


 普段、生きている人に触れることをしないエマだが、寒さは耐え難いものだったらしい。

 だから、私とエマは一枚の毛布にくるまって、肩を寄せて暖を取った。

 それでも手足はどうしようもなく冷えたから、お互いの手を握った。


 私たちはほとんど抱き合うような格好だった。

 私の耳元でエマの息遣いが聞こえ、身体を通じて体温と心臓の鼓動が伝わってきた。

 もしかすると、これはロマンスのある状況なのかもしれない。

 すぐ傍に死体の入った革袋がなければ、そう信じられたのに、惜しい。


「ケイトが生きていて良かったって初めて思ったわ」

 エマは暖を求めて私の胸に頭を乗せる。

「死体では暖が取れないものね」


 酷い言われように、苦笑いを通りこしてしかめっ面になる。


「死体も腐敗すれば発熱する。多少は暖が取れるかもしれないよ」


 エマは革袋に赤い瞳を向ける。

 その視線にどことなく熱が込められていたので、「絶対にやめてね。絶対。本当に」と真摯にお願いをした。


 夜は長く、まだ眠れそうになかった。

 私とエマは沈黙が許される関係性を築いている。

 私が必要がなければ口を開かないエマに慣れただけ……かもしれないが、前向きに表現するのであればそうなのだ。

 でも、こうも身体を密着していると落ち着かず、何か話さなければと思考を不要に回転させた。


「さっきラジオで流れた『囚われた小鳥の詩』意外で、ロザリーの詩を聞かないんだ」


 ロザリーとは別の名義で活動しているのかもしれないが、私は彼女の詩を聞けば、彼女が書いたことが分かるような気がしていた。

 けれど、ラジオからロザリーの詩が流れたことはない。


「彼女は才能ある人だと思ったけど……詩人の生活って大変なのかな」

「とても大変に決まっているわ」

 エマは無気力に返事する。

「詩を読んでもお腹は少しも膨れないもの」

「ずいぶんと即物的な意見だね」


 私は呆れるが、エマが言っていることは正しくもある。

 詩は娯楽でしかなくて、娯楽は余裕のある生活の中でしか成り立たない。

 ぎりぎりの毎日を過ごしている人にとって、詩は何の役にも立たないだろう。


「詩人のロザリーは、グラシア家の犠牲者なんだ。彼女は『生き人形』としての生き方を強制されていて……」


 小屋で見つかった男女の死体。

 グラシア家に代々伝わる『生き人形』という魔法の残滓。

 失踪した兄。

 透明な檻の中で綴った自由を渇望する詩。

 そして、孤独な逃避行。


 私はロザリーから聞いた話を、ほとんど独り言のように話す。

 あの栗色の髪の貴女は、もしかすると追われる身かもしれない。

 でも、エマはわざわざ密告するような真似はしないだろう。

 彼女は生きている人に対して無気力で無関心だ。


 話を聞き終えたエマは、頭を私の胸に押しつけた。

 寂しい女性の話を聞いて、感傷を覚えた……なんてことはありえない。

 首を傾げようとして、私という障害物に邪魔されただけだろう。

 実際、エマが口にしたのは疑念の言葉だった。


「その話、私が知っている事実といくつかの齟齬があるわ」

「ロザリーの主観による事実の歪曲はあると思うよ。私自身、少しも脚色なく話したわけではないし」


 そうではなくて、とエマは眠たげに言う。


「どこから話したらいいのかしら。……結局、あのオリビア・グラシアの死体は買い取られなかったのよ」

読んでいただきありがとうございます。

次の更新は4月28日(金)です。

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