18
日が傾き、風が冷たさを帯び始めた。
私はロザリーの絵を描き終えた。
私は最後に、この前は描かなかった首の痣を描いた。
きっと深い意味はない。
描きたいから描いた。
それだけだ。
ロザリーは私の絵をしばらくじっと見ていた。
首の痣について何かコメントをすることはなく、「ありがとう」とだけ言って絵を受け取った。
私がお代わりのコーヒーに口をつけたとき、ロザリーは南に向かうと言った。
「どこか宛てがあるんですか?」
「ないわ」
栗色の髪の貴女は楽しげに笑う。
「でも、良い予感はあるの」
南は幾分、生活の水準が高く、芸術が栄えている。書いた詩を持ち込み、作詞家として生きていくのだとロザリーは言った。
「私はあの子のように手を握ってくれる人なんていなかった。だから、私は自分の力で何かを掴む必要があったのよ」
彼女はそう言って淡く微笑んだ。
ささやかな希望を信じる笑みだったと思う。
ただ流されているだけの私に、生き抜こうと前を向くロザリーは少し眩しく見えた。
私には何も特技はない。
絵が描くことができるけれど、それは趣味の領域を出ないものであることを私は正しく理解している。
そして、それを仕事に昇華するための情熱もない。
「あなたも一緒にどう?」
え、という言葉が私の口から漏れた。
「ケイトが良ければ、私はあなたと一緒に旅がしたい。〈死体拾い〉よりも、駆け出しの作詞家との旅の方が素敵でしょう」
「……そう、かもしれませんね」
私は唇を指でなぞり、考える仕草をする。
もちろん「考えるふり」だ。
それは考える余地などない提案だった。
だから、返答に時間をかけたことに礼節以上のものはなく、淀みのない動作で私は首を横に振る。
「でも、私は……私が望んで〈死体拾い〉と旅をしています」
そう、とロザリーは頷いた。
どこか寂しげな表情ではあったが、あまり残念そうではなかった。
ロザリーは席を立つ。
「さよなら、ケイト。お元気で」
「ええ。ロザリーさんもお元気で」
テラスからロザリーの栗色の髪が〈正午の塔〉の人々の中に溶けてなくなるのを見送る。
コーヒーを飲み終え、下に降りて女店主に「ごちそう様」を言って店を出る。
人混みを縫い、エマのいる宿の方へと歩みを進める。
遠い昔、私とロザリーはどこかで出会ったらしい。
そのときの私たちは同じ場所にいたのかもしれない。
透明な檻に囲われた世界で、息を潜めて生きる似た者同士だったのだろう。
でも、今は違う。
ロザリーはその檻を取り払うことができたのかもしれない。
だが、私はまだ檻の中にいる。
その証拠に、私は姉という過去を追って旅をしている。
だから、彼女の隣に私の存在は相応しいとは思えない。
私とロザリーの線はもう二度と交わることはないのだろう。
そんな予感があった。
きっと、その方がいい。
私は彼女のように日の当たる場所で生きる力がない。
『終わり』に向かって、俯きながら歩みを進めているのだから。
その『終わり』に、微かな安らぎがあると信じて。




