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何もない日の外出は、たいてい独りだ。
エマを外出に誘っても、彼女は首を横に振る。
エマと知り合い始めたころはそのことにいくらかのショックを感じたり、もどかしさを覚えたりした。
でも、今となっては彼女の出不精を受け入れている。
エマは私のことを好きではないから、出かけに付き合わないわけではない。
そのことに気づいたからだ。
彼女を前向き外の世界に導けるのは、生きている人間には難しい。
……私が部屋にいない間、エマがどうやって過ごしているのだろう。
気にはなるが、それを確かめる術はない。
彼女自身に聞いても「ぼうっとしてた」という返事があるだけだ。
エマには死体以外の趣味があるのだろうか。
私が買った本をときどきエマが勝手に読んでいることがある。
でも、エマが本の内容について何かコメントをしたことはない。
音楽もそうだ。
エマはラジオから流れる音楽に耳を傾けることはしても、口ずさむようなことはしない。
感想を聞いても、頭をわずかに傾けて不思議そうな顔をするだけだ。
もしかすると、エマにとっての一般的な芸術は、私たちにとっての風景や小鳥のさえずりと同じなのかもしれない。
美しい風景、綺麗な小鳥の鳴き声に心を奪われることはあっても、その感動を言語化することは難しい。
私とエマが心を通わせることができるのは、死体だけなのだろうか。
たいていの人と人の関係は何も共有できないで終わる。
もしくは、共有や共感が成り立ったと錯覚したまま終わる。
私とエマの間に、一つでも共有できるものがあることは間違いなく幸運だ。
でも、もどかしさを感じずにはいられない。
なぜなら、私は死体が好きではない。
*
行きつけの喫茶店に入ると女店主は「いつものね」と言って、コーヒーとパンを用意した。
銅貨三枚を払い、二階のテラス席へと向かう。
階段を昇りながら、今日は何を描こうかと頭を悩ませる。
死体の顔はしばらく描く気がしない。
エマからのそれとない催促はあるのだが、彼女のお願いであっても気分が乗らない絵を描くつもりはない。
テラス席には先客がいた。
栗色の髪の貴女だ。
彼女の長い髪は、穏やかな風に乗って緩やかに揺れていた。
女性は流行の音楽を口ずさんでいた。
森に死体を拾いに行くときにラジオから流れていた――籠に囚われた小鳥の歌だ。
拙い歌声ではあったが、心地良いものだった。
「こんにちは」
女性が私に気づく。彼女は「ご機嫌よう」と返事した。
私は女性の向かいの席に座る。
この前とちょうど逆の立場だな、と思った。
「その歌、有名なんですか?」
「どうなのかしら」
女性は首を傾げる。
「私は自分の詩だから、知っているだけ」
彼女は幼い頃から詩を書くのが好きで、歌手に寄与したものが歌になることもあるのだと他人事のように語った。
「お金をもらわないんですか?」
「あまり必要ではなかったの。食べるものにも着るものにも困らない生活だった」
「まるで貴族みたいですね」
「いいえ、奴隷よ」
女性は遠くを見るように目を細める。
睨みつけるようでもあったし、昔を懐かしむようでもあった。
「でも、これからはお金が必要になるでしょうから……。そうね。ちゃんともらうつもりよ」
女性は前に会ったときよりも晴れ晴れした表情をしていた。彼女の唇を彩る鮮やかなルージュがそう思わせるのかもしれない。
まるで血のような赤だ。
「ところで、生きてたんですね」
ロザリーは栗色の髪に指先を通しながら、くすりと笑った。
「森で見つかったあの子たちを運んだの、やっぱりあなただったのね」
読んでいただきありがとうございます。
次の更新は4月14日(金)です。




