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「あの子の身元、間違いないみたいよ」
あの子、とは女性の死体のことだろう。
「使いの人が来たわ。顔がないから判別が出来るか心配立ったけど、間違いないって言い切っていた。首の痣が決めてだったみたい」
私は女の首筋にあった楓の葉のような痣を頭の中に浮かべる。
私が絵に収めた女性は、やはりあの死体だったのだろうか。
「死因は?」
「解剖をしていないからはっきりとは分からない。でも、たぶん凍死よ。寒い中で眠ってしまったから、凍えてしまったようね」
しばらく寒い日が続いていた。
あの日も雨が雪にならないことが不思議なほどに冷えていた。
不注意で暖を取るための日が絶えてしまったのかもしれない。
それなら、自殺ではなかったということだろうか……。
「事件性はないのかな」
「もしあったとしても、一緒にいた青年のせいになるでしょうね」
その青年は女性と同じように死んでいる。
死人に口はなく、罪を押しつける存在としてどうしようもなく都合がいい。
「あの男が誰か分かった?」
「いいえ」
男の死体に損傷はなかった。
解体してしまったが、頭部はそのままの状態を保っている。
身元の確認に大きな影響はないはずだ。
「使いの人は見覚えがないって言っていたのよ。でも、たぶん嘘ね。顔も見たくないって感じだったから」
あの女性がグラシア家の令嬢なのであれば、青年は屋敷で働く使用人か近衛兵だろう。
使いの人の反応は、同僚が敬愛する主人の娘を死に追いやったとすれば当然の反応なのかもしれない。
「君が用意した『パイ』は不評だったんだろうね」
「ええ、腕を取り外すように言われたわ」
エマは不満げな顔で杯に唇をつける。
「もちろん断ったけど。でも、結局、誰かがそうするでしょうね」
あの女性に付属した青年の腕がどのような扱いを受けるのか少しだけ気がかりだった。
きっと一緒に葬られることはないのだろう。
私の心には他人の幸せを願えるほどの余分はない。
けれど、物事が上手く行けばいいのにとは思う。
私のその漠然とした思いは祈りと呼ぶには無責任で、空想と称するのが相応しい。
「悲恋……なのかしらね」
エマはワインをちびちびと飲みながらそんなことを言った。
「君は恋愛ごとに興味がないと思っていた」
「分からないという意味では、ないわね」
エマはクルミをかじりながら淡泊な口調で言う。
「でも、君はあの二人の関係を支持しているように感じる」
「あの二人はもう死んでいるもの。成就したのなら、恋愛とは呼ばないでしょう」
「……かもね」
死を成就とするのは、エマらしい考えだった。
彼女にとって、死体は人間の結末なのだ。
実際のところ、死で締めくくられる物語は多い。
「いつまでも幸せに暮らしました」という文句で終わる物語は、子供騙しの童話でしか許されない。
多少でも大人になれば、「幸せ」と「いつまでも」が相容れない存在であることを否応なく理解させられる。
私もワインを飲みたい気分になったので、給仕を呼ぶ。
彼はしかめっ面をした。
血生臭い私たちに長居して欲しくないのだろう。
――エマの考え方は、神様と少し似ている。
神様が求めているのは信者の祈りで、その見返りに祝福を授ける。
祈りの形は様々だが、たいていは硬貨で示される。
祈りが生まれるまでの過程はさほど重視されない。
エマにとっての結果とは、死体だ。
彼女にとって恋慕やその成就も、死体を成すまでの過程でしかないのだろう。
読んでいただきありがとうございます。
次の更新は4月11日(火)ごろです。




