11
次の日の朝、私とエマは死体を乗せて〈正午の塔〉の町外れにある教会へと向かった。
幸いというか、私とエマは疲れてはいたけれど、風邪は引かずに済んだ。
温めたリンゴのジュースに、ショウガと蜂蜜をたっぷり入れたのが良かったのかもしれない。
たいていの町で、最も立派な建物は教会だ。
〈正午の塔〉でもそれは例外ない。
頑丈なレンガ造りの建物は白い壁に囲われていて、ちょっとした城のようにも見えなくもなかった。
「ケイトは中で待ってる?」
私は首を振る。
教会の中にいても、司祭から遠回しな祈りの言葉で寄付を求められるだけだ。
聖職者の懐を肥やすくらいなら、自分のお腹を満たした方がいい。
「その辺で時間を潰しているよ。前と同じ店。分かる?」
ええ、とエマは簡素な相槌を打つ。
私が車を降りると、エマは教会の門へと車を走らせた。
『葡萄酒と鶏肉のスープ』という名前の食堂に入る。
料理が特別美味しいというわけではないが安い。
つまり、いい店だ。
朝食の時間は過ぎ、昼食にはまだ早い。
客の数はまばらだった。
給仕の男にパンと摺り下ろしたリンゴにお湯を注いだもの――リンゴジュースと呼ぶにはあまりにも味気ない飲み物を注文し、銅貨を三枚渡す。
この時間から食堂にいるのは暇を持て余した老人と失業者がほとんどだが、隣に座る彼らの身なりがそれなりによく髭も整えられているから商談をしている商人だろう。
彼らの口から、こんな会話が聞こえてきた。
――近くを流れる川で身体の一部を失った死体が見つかったらしい。
――衛兵が言うには熊か狼の仕業らしいが……。
――ご都合主義の楽観視。あいつらの特技だな。
警戒深い人であれば、〈人喰い〉が現れたと考えたくもなる。
商人たちもその考えを支持しているようで、商売への悪影響を気にしていた。
彼らにとって、懐の金貨と心臓は同価値だ。
〈死体拾い〉であるエマと行動を共にしている私は、商人たちよりももう少し詳しいことを知っていた。
川で見つかった死体は、ほぼ確定で〈人喰い〉によるものだ。
死体からは獣のものではない人の歯による咀嚼痕が見つかっている。
私とエマは近いうちにその川の周辺の村に向かうことになるかもしれない。
死体を売るために。もしくは、死体を拾うために。
*
パンを食べ終え、薄いリンゴのジュースをできるだけ時間をかけて飲んでいたころ、店の入り口のドアが揺れた、黒衣に身を包んだ〈死体拾い〉が姿を現した。
私にとっては見慣れた姿だが、店の従業員や他の客にしてみれば突然現れた死の予兆だろう。
先ほどまでがやがやとしていた店内の雰囲気が、祝日の教会のように重苦しいものになる。
「ワインを温めたもの。それにはちみつを入れて。あと、何かつまめるもの。クルミとかでいいわ」
給仕は迷惑そうな顔を隠そうともせず、「はいよ」とぶっきらぼうに答えた。
間もなくして、血のようなワインが満たされた木のコップと煎ったクルミが運ばれてくる。
エマは飲み物の中ではワインが一番好きで、店ではたいていそれを頼む。
読んでいただきありがとうございます。
次の更新は4月7日(金)です。




