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小屋に残ったもう一つの死体――左手に青年の腕が付属した女性もどうにかしないといけない。
部屋にあった毛布と、外で見つけた木の棒で作った即席のタンカで彼女を運ぶことにした。
青年の方よりはずいぶんと軽いが、それでも人間一人の重量を私とエマで持ち上げるのはずいぶんな重労働だ。
何とか日が暮れる前に作業を終えることができたが、そのころには私とエマは汗と泥と死体から出た体液、雨で全身が酷い有様だった。
そのまま車に乗ると中が修復不能なくらい汚れるので、私たちは予備の服に着替えることにした。
私が寒さに躊躇っている間に、エマは一足先に裸になっていた。
彼女の白い肌は美しく、夜に浮かぶ月のように輝いて見えた。
女性的な起伏は柔らかく滑らかで、思わず目を奪われる。
汚れた身体のまま、エマを抱きしめたい。
そんな衝動さえ覚えた。
「どうしたの?」
裸のエマが無機質な表情のまま首を傾げる。
彼女の紅玉のような赤い瞳を見て、私は「なんでもない」と返事した。
かじかんだ手で紐を解き、肌に張り付いた布をはぐようにして服を脱いだ。
エマと比べると私の身体はずいぶんと無骨だった。
筋肉質で骨が出ていて、まるで木の幹のようだった。
エマのように美しい身体だったら――と思わないことがないわけではない。
もしかしたら、別の生き方があったかもしれない。
でも、私が私である限り、入れ物が多少変わったところで、たいして変わらなさそうにも思えた。
せいぜい美貌に惹かれた男に、絵を売りつけて小金を稼ぐくらいの人生だろう。
着替えを終え、車に乗り込むと車内は氷の中のように冷えていて、酷く冷えた身体ではコートの中でも少しも温まらない。
エンジンの音を聞きながら、うっかりでも眠ってしまわないように、ハンドルを握るエマに話しかける。
「君は死体をできるだけそのままの形を保ちたがるよね。あとで解体されるのに、どうして?」
領主の娘の方は、革袋にならずに葬られるかもしれない。その際、領主は教会にいくらかの金貨を支払われるだろう。
「ケイトはパイを焼いたことはある?」
「ないこともないよ。幼いころ姉と一緒にアップルパイを作った」
外は黒く焦げて中は生焼け、と結果は散々なものだった。
私と姉は渋い顔をしてそれを食べて、半分はゴミ箱に捨てた。
「私の得意料理は、ミートパイなの」
「………………へえ」
軽い衝撃を覚える。
死体に頬擦りする変わった女の子がパイを焼く。
その姿を上手く想像できない。
「だから、家族によく焼いたわ。焼いたパイをテーブルに持って行くとき、切り分けて持って行ったありしないでしょう。席に座ったみんなの前で切り分ける。それと同じよ」
「同じなのかな」
「そうよ」
納得はできないが、理解はした。
それよりもエマのミートパイにまつわる話に興味があったが、聞くことはしなかった。
私は〈死体拾い〉のエマしか知らないし、知るつもりがない。
少なくとも今のところは。
読んでいただきありがとうございます。
次の更新は4月4日(火)ごろです。




