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しばらくして、森を構成する木々の一本一本が見分けられるくらいの距離になった。
木が絡むようにして立ち並ぶ深い森で、車が入ることができないのは一目瞭然だった。
車を降りると、冷たい雨と風が私の身体を包んだ。
身震いを一つしてから、森を睨む。
入り口、と表現して良いのか分からないが、なんとか草木をかき分けて入れそうな場所があった。
ここからは徒歩で進むしかない。
「さっき私が言いたかったのはね。そんな優しい世界だったらこんな雨の中、森を歩くこともなかったのに……ってこと。死体が必要なら、ベッドに向かえばいい」
「全ての死体がベッドの上で生まれるなんて、考えるだけでもおぞましいわ。まるで出産みたい。大量生産は芸術に対する冒とくよ」
エマは渋い顔をした。
「でも、そうね。今日が『死体日和』ではないのは……本当にその通り」
今日の昼頃、教会から、エマに〈死体拾い〉の依頼があった。
場所は〈正午の塔〉の外れにある森の中。
世の中にはこんなところを死に場所に選ぶ変わった趣味の人がいるのだとうんざりする。
もちろん、その人が望んで死んだとは限らないのだけど。
私はコートをぴったりと身体に押しつけ、森の中へと進むエマに続く。
コートは以前、エマから譲ってもらったものだ。
死体からにじみ出た血や体液、それらと泥が混じったものが、みすぼらしい抽象画のような模様を作っていて、少しもお気に入りではない。
だけど、風を通さない作りになっていて、こういう日に限っては頼もしい。
「死体は……森を入って少し進んだところにある小屋にあるそうよ」
針葉樹の暗い森で不気味な雰囲気が漂っている。
「数は?」
「二つ。若い男女よ。見つけたのは近くで生活をする猟師で、彼が教会に通報したそう」
森は鬱蒼としていて、日常的に人が立ち入るような場所のようには思えない。
もし、猟師が発見しなかったら、死体となった男女の発見は季節をまたいで夏ごろになっていたかもしれない。
そのころには死体としての価値はほとんどないものになっていただろう。
死体は死後三日を境に、鮮度が大きく落ちていく。
「……手際良くやらないとね」
死体を二つ運ぶのはなかなかの重労働だ。
空が雲で覆われている分、夜が早い。
のんびりしていると寒さと暗闇の中、死体の横で息を潜めながら朝を待つはめになる。
コートの中でかいた汗はすぐに冷え、冷たい早春の雨と交ざって身体を凍えさせた。
湿った腐葉土に足が取られて、余計に身体が重たく感じる。
宿に戻ったら、温めた蜂蜜入りのリンゴのジュースを飲もう。
私はそのことを固く決意する。
もし、異端審問にかけられたとしても、私の温かいリンゴジュースに対する信仰が失われることはない。
読んでいただきありがとうございます。
次の更新は3月24日(金)ごろです。




