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〈死体拾い〉のエマ  作者: しゃかもともかさ
1.地獄のような顔の女
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16

「自分のことを目に映るものに投影することは悪いことではないわ」


 エマの言葉が私の空っぽの頭蓋に響く。

 彼女の無機質で淡々とした口調が不思議と心地良く、私自身が死体となった気分になる。


「私もよく死体と自分を重ねるもの。自分がこんなふうに死んだら……って」


 君は死にたいの、と私は聞く。


「死にたいかどうかは関係ないわ。人はいつか死ぬのだから」


 そうだね、と私は力なく笑う。

 私たちはいつか死ぬ。遅いか早いかの違いはあるかもしれないが、結末は変わらない。


「アンナの死に顔を見て、私が一番最初に感じたのは強い怨嗟だった。まるで地獄の業火ような黒い感情……。本当に優しくて親切な人だったら、理不尽な目にあってま生じるのはきっと困惑なはずよ。彼女の死体からはそれは感じなかった。

 彼女には裏切られた確信があったから、怨嗟が生まれたのね」


 アンナは心の底からリカルドを愛していたのだろう。リカルドもきっと。

 でも、彼女の愛情をリカルド受け止められなかった。

 不運なすれ違いが生んだ悲劇は、ただ不運なだけで、救いなんてどこにもない。


「エマはアンナの死に顔に何を投影したの?」

「両親よ」


 エマは小さく笑う。


「私が初めて見た死体も肉親のものだったの」エマは遠くを見るように目を細める。「ケイトと同じだなんて、素敵な偶然だわ」


 そんな偶然、嬉しくないよ。


 私はそう言わなかった。

 どうしてか、少し嬉しかったからだ。

 鋼鉄にさえ思えるエマの心にあるかすかな傷が、私のものとわずかに似ているのかもしれない……なんて幻想を抱いてしまったからかもしれない。


 私は人を愛したことがない。


 「誰か」を大事にしようと努力したことはあるけれど、上手くいかなかった。

 他人から優しくされて、同じだけの優しさを返せるほど「誰か」に関心を向けることができない。

 私が一番愛しているのは私自身で、私はそんな自分が好きではない。


 崩壊していく姉を見て、私はほっとしていた。

 そんな姉に優しさを向ける母を呪った。

 母は私と姉に平等の愛情を向けていた、と客観視することはできるけれど、納得はしていない。

 あの惨劇はお前がが招いたのだ、と糾弾されることがあったとしたら、私は泣きながら首を差し出す……なんてことはなく、自己保身の弁解をするに違いない。


 逃げて逃げて、冷たい土の上で野垂れ死ぬ。

 それが私に相応しい終わり方なのだろう。


 ――でも、どうせいつか死ぬなら。

 ――あの夜のように、エマに看取られて終わりたい。


 私とエマはどのような結末を迎えるのだろう。


 私は死体を見るエマに恋し、エマは私の死に顔を想っている。

 私たちは互いに好意を持っているけれど、少しも噛み合っていない。

 私とエマは同じ時間を共有しているけれど、見ている世界の景色が異なる。


 私たちの線は交わることなく、どこまでもすれ違っている。

 もしかすると、明確な結末なんてものはないのかもしれない。


 スピーカーから流れていたラブソングがサビに差し掛かる。

 男性歌手が低音にビブラートを響かせながら胸焼けがするくらい「愛している」を繰り返す。


 私とエマは顔を見合わせて、ラジオの音量を下げた。



【地獄のような顔をした女 END】

読んでいただきありがとうございます。

次の更新は2月14日(火)ごろです。

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