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〈死体拾い〉のエマ  作者: しゃかもともかさ
1.地獄のような顔の女
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13

 医務室を出て、長く息を吐く。


 上着のポケットに入れていた懐中時計を開く。

 私の最近の慎ましい生活とは相成れない金細工のもので、虎の子だ。何かあったときはこれを売ってどうにかするつもりである。


 経過していた時間はたったの十五分程度だったが、酷く疲れた。

 やはり無理を言ってでもエマについて来てもらうべきだったかもしれない。

 誰かや何かと真正面から向き合うやり方は、私に向いていない。


 事務室に戻り、衛兵にリカルドとの面会の終了を告げる。

 新聞を広げ、煙草をくわえた男は私の方を見ずに唸り声のような相槌をした。


「リカルドさんはしばらくここに滞在するのですか?」


 新聞越しに衛兵がこちらを見た。


「規定通り来週には釈放する。罪を認めて刑を受けた。こちらとしてはもうやつに用はない」

「彼は、大丈夫なんですか?」


 衛兵は乾いた笑いを吐き出す。


「片足片腕だ。滅多なことはできない」


 私の意図は彼に伝わらなかったようだ。会釈をして、その場から去る。


      *


 留置所の外に出る。

 薄暗い建物の中にいたせいか、日の光を強く感じた。


 黒いボディの車の方へと足を進める。

 ボンネットには焼き立てのパンのような小麦色の猫が鎮座していて、運転席で退屈そうな顔をしているエマと睨めっこをしていた。

 私がトランクを開けると猫は音に驚いて顔を上げ、尻尾を立てて逃げていった。

 一人と一匹の時間の邪魔をして少し申し訳ない気持ちになるが、エマと微妙な時間を過ごすための契約を結んでいるのはあの猫ではなく私なのだ。


 助手席に座る。

 私の体重で車が弾むように揺れた。


「何か収穫はあったの?」


 エマが猫が消えた方を見ながら聞いた。


「立派な成人男性の腕と足が一本ずつ」

「そうじゃなくて、アンナが殺された理由とかよ……」


 エマは不機嫌に鼻を鳴らしたので、私は肩をすくめる。

 エンジンが鳴る音が響く。向かう先は教会だろう。あの男の腕と足を査定し、加工あしなければならない。


 『このあとに起こる出来事』を私は少し予想することができた。


 それは素敵な想像ではない。

 おそらくは何人かの人が不幸になり、誰かが責任を追求されることだろう。

 でも、私とエマにはあまり関係がない。だから、黙っていることにした。


「リカルドと何を話したの?」

「大した話はできなかったよ。あの男は腕と足を切り落としたばかりだったし、私に対してあまり友好的ではなかったから」

「無駄足だったのね」


 否定はできない。

 実際のところ、私の目的は少しも果たせなかった。

 きっと、宿で布団を被って一日を過ごしていた方が有意義だっただろう。


 でも、少しだけ気が紛れたのも事実だ。

 あの男との会話は、私にとって死体の絵を描く程度の価値はあったかもしれない。


「『アンナには悪いことをした』『僕はアンナに相応しくなかった』『酷い顔をさせるつもりなんてなかったのに』……なんて、情けない後悔の話を聞かされた」

「反省した気になれるのは人間の良いところよね」

「酷い皮肉だ」


 エマがた当たり前のことを話すように言うので、思わず苦笑いをしてしまう。

 そういえば、一つだけエマが興味を持ちそうな事実を知れたのだった。


「アンナは自殺だったらしい」

読んでいただきありがとうございます。

次の更新は2月2日(木)ごろです。

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