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〈死体拾い〉のエマ  作者: しゃかもともかさ
1.地獄のような顔の女
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 男は身体を起こした。

 身体が欠損しているにも関わらず、弱々しさというものがない。

 気怠そうではあったが、強い生命力を感じさせる奇妙な矛盾が成立していた。


 ――まるで、死霊だ。


「……君は誰? 僕に何の用だ? 僕が人殺しとして裁かれたことは知っているよね」


 くたびれた古着のような雰囲気をまとった男、というのが、彼に対する私の第一印象だった。

 虚勢と狡猾さで取り引きを行う商人にはあまり向いていそうにない。


 私は笑みを作る。

 警戒する相手の緊張を解すためのものではなく、自分への嘲笑のためだ。

 目の前の男と姉はやはり少しも似ていなかった。


 何を期待していたのだろう。

 もしかすると、私は早く楽になりたいのかもしれない。

 姉を見つけて、このあてのない旅を早く終えたいのかもしれない。

 でも、『姉のようなもの』を見つけて安心したかったのなら、あまりにも愚かだ。


「ケイトです。〈死体拾い〉の手伝いをしています。アンナさんを回収したのは私たちです」


 ああそう、と男は曖昧に頷く。


「僕の腕と足を回収しに来たんだね」


 リカルドは私の肩の袋を忌々しそうに見る。

 けれど、元々自分の身体の一部であったものに対する視線としては投げやりで、未練を感じさせないものだった。


「君は僕にお礼を言いに来たの? それとも嫌み?」

「どちらでもありません。仕事ですから」


 私は淡々と返事をする。エマの無表情を頭の中に思い浮かべ、それを模倣した。同情したり、憤ったりすることが私の目的ではない。


「人を探しています」

「人?」

「私の姉です」


 白い顔の男は眉を寄せる。


「姉は優しくて穏やかな性格ですが、自己肯定感が低く卑屈です。思考力は高いですが直情的で、理屈よりも自分の感情を優先します。音楽や物語が好きで、想像力のある人です。

 でも、物事の解決能力に欠けていて、妥協や折衷を苦手としています。暴力を嫌いますが、共感性が薄いせいか時々冷酷さを感じさせることがありました」


 心当たりはありませんか、と尋ねる。

 男は額に手を当て考える素振りを見せた。

 彼はしばらくそうしていたが、結局首を振った。


 無駄足だったようだ。

 期待をしていなかったから、落胆は小さい。

 

 私の用は済んだ。

 でも、このやり取りだけで退散するには味気ない。続ける言葉を探していると、男の方から口を開いた。


「君のお姉さんは何が原因でいなくなったんだ?」


 もしかすると、男も私と同じ気持ちだったのかもしれない。

 味気ない時間に少しでも彩りを取り入れようと、私たちは無駄な対話を試みる。


「姉は母を殺しました」

「穏やかじゃないね。どうして、親殺しなんて……」

「分かりません。母はとても優しい人でした。本当に、とても」


 私は母の桜の花のような柔らかな笑みを思い浮かべようと努力した。

 けれど、上手くいかなかった。私の想像の中の母の顔は、あの日に見た死に顔で塗り潰されている。


 まるで黒の絵の具だ。

 鮮やかな桜色にわずかでも混じってしまった黒色は、どんな色を重ねようとも拭えない。


「でも、都合の悪い優しさは、鉛を無理矢理に飲み込まさせられるようなものでしょう」


 男の表情に分かりやすい亀裂が入る。

 もしかすると、彼の中にある傷も、姉のものとよく似ているのかもしれない。


 私は男に聞く。できるだけ感情を込めず、今日の日付を確認するような口調で。


「どうしてあなたはアンナさんを殺したのですか? 殺したのなら、どうして……」

「お前には関係ない」


 男は嫌悪で顔を染めた。

 私は意識して薄く笑みを作る。彼のその反応はいくらか想定していたものだった。


「仰る通りです……が、私はあなたと話すために衛兵に銀貨一枚を払いました。銅貨ではありません。銀貨、です。関係がないと言われて簡単に引き下がる気はありません」


 それとも、他に私たちに相応しい会話はあるだろうか。

 男は顔を歪ませる。


「聞いてどうする?」

「どうもしません。アンナさんに少し同情しているだけです。私と彼女は一ヶ月の間、同じ時間を過ごしましたから」


 もちろんそれは嘘であり、詭弁だ。

 私はアンナに少しの同情も抱いていない。

 エマのように、彼女の死に顔を美しいとも思わない。


 私はアンナの死体を通して姉を想っている。見えもしないものを見ようとしている。

 まるで意味のない行為だが、贖罪とはそういうものなのかもしれない。

 誰かの傷を見て、自分の方がましだと安心するのだ。


「アンナには本当に悪いことをしたよ」


 男はため息と共にそう言った。


「綺麗に終わらせるつもりだったのに、上手くやれなかった。彼女は美しいもの、綺麗なものが好きだったから、そうしてやりたかった」


 男は苦痛に苦痛を刻み込んだように、顔にしわを作る。


「いつもそうだ。いつも僕は上手くやれない。僕はアンナに、酷い顔をさせるつもりなんてなかったのに……」


 僕はアンナに相応しくなかった。

 男は嘔吐するように言った。


 もしかすると懺悔のつもりだったのかもしれないが、それにしては汚らしくて見窄らしくて、直視する気にはなれず、私は相槌を打つことすらしなかった。

読んでいただきありがとうございます。

次の更新は1月31日(火)ごろです。

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