07 勉強会
十二月十九日、午後四時。
駅前広場に面した雑居ビルの前で私は中川を待った。
からりと晴れた空は穏やかな橙色に染まっているのに、雑居ビルのひしめく駅前広場には一筋の陽光も差し込まない。無数の雑踏が、建物の影が、気の早い電飾やネオンサインが、居場所のない私を四方八方から圧迫する。アーケードの屋根の下へうずくまるように立って、マフラーにくるまって凍えていると、ペデストリアンデッキを下りた中川が駆け寄ってきた。
「お待たせ」
「待ってないよ。時間通りでしょ」
「もうみんな入店してるってさ。僕らも入ろう」
息つく暇も与えないままに、中川は私の前に立ってビルの中へ踏み込んでゆく。こんなところへ置き去りにされてはたまらない。私も慌ただしく中川を追いかけた。中川はエレベーターの【開】ボタンを押して私を待っていた。ほかに乗客はいない。せっかく二人きりで狭い箱を占領しているのに、目も鼻も麻痺してしまって役に立たない。私は息を止めてエレベーターの奥に縮こまった。四階までの旅は一瞬だった。
とうとう来てしまった。
めまいがする。耳の奥がツンと痛む。
懐かしい匂いが鼻先をそっと覆い隠して、わずかに正気が戻ってくる。学ラン姿の大きな背中を眺めながら、やっぱり中川は中川だな、と思う。背格好以外は夢で見た三年前のまま、好きなところも嫌いなところも変わっていない。ひるがえって中川の目に映る私は、三年間でどれだけ変わり果てたのだろう。にわかに浮き足立って、私は中川の後ろへ隠れた。これから禊を受けに行くというのに、誰にも姿を見られたくない気分だった。
さっさとエレベーターを降りた中川は受付で名前を告げた。それから、店員の案内も待たずに「あそこだ」と背伸びをして、躊躇なく店内を歩いてゆく。間仕切りの向こうで賑やかな声が弾けている。たちどころに足が固まって、私は通路に取り残された。待ってよ、置いてかないでよ──。呼び止める言葉はかすれきって声にならなかった。
「お、中川じゃん。塾お疲れ様」
「ごめん。遅くなった」
「待ちくたびれたよ。もうポテトも全部なくなっちゃったよ」
「舞のやつマジありえねーぞ。俺らがせっかく真面目に勉強してんのに、一人でほとんど平らげやがった」
「うちなんか一本も食べてないし!」
「まぁまぁ、そんなのまた頼めばいいでしょ。そんなことより特別ゲストが来たよ」
「特別ゲスト?」
「えー、だれだれ? もしかして平野せんせ?」
平野先生は小学六年生のときの担任だ。期待値の高騰を感じ取った胸がざわつく。間仕切りの向こうから顔を出した中川が、手首を躍らせて私を招き寄せる。震える足を叱咤して私は歩き出した。握りしめたカバンだけが心の頼りだったのに、みんなの前へ立った瞬間、冷や汗で手が滑ってカバンを落としかけた。みんなは呆気に取られて私を見ていた。中川を入れて男子が四人、女子が二人。しんと静まり返った席の片隅に、「誰だっけ」と女の子の声が転がった。たぶん、梅島さんだった。
「覚えてないの? 綾瀬だよ。綾瀬灯里。桜葉小の六年三組で一緒だっただろ」
すかさず中川がフォローを入れてくれたけれど、この状況では何の役にも立たなかった。みんなの反応は絶望的に希薄だった。たぶん今、脳内のデータベースを根こそぎ引っくり返して、私の顔を探しているところだ。先に腰を下ろした中川が、無言で向かいの席を勧める。私は息をひそめながら長椅子の端に腰かけた。「久しぶり」とつぶやく声も竜頭蛇尾に消え入った。
「思い出した。お前、あれだろ。宮中に進学しないで中学受験して、どっかの私立に行った……」
「湯島大附属じゃなかったっけ。私立じゃなくて国立だよ、あそこ」
「へぇ、詳しいじゃん」
「あんたたちが無知なんだろ。湯附ってマジの名門校だよ。高校編入もあるらしいけど、とてもあたしらじゃ行けないくらいレベル高いってよ」
「すげぇな。俺たちなんかそのへんの都立すら怪しいのに」
「わたし六町の推薦に落ちたらどこにも行けなくなっちゃうよ。どうにかしてよ奏ぁ……」
「やめとけよ。綾瀬さんもお前らみたいなバカと一緒にすんなって顔してるぞ」
そんな顔は絶対してない──。私は唇を噛んだ。噛み過ぎた唇が切れて、冷たい鉄の味が舌へ馴染んだ。頬に熱が集まっている。鏡を見ずとも赤くなっているのが分かる。対照的に心の奥は恐怖と不安で凍り付いていて、激烈な温度差にやられた胃がシクシク痛い。痛みに耐えかねて顔を引きつらせながら、けたたましい音を私は聴いた。積み上げた期待が崩れてゆく音だった。たしかに私はみんなの記憶に残っていた。けれどもそれは「綾瀬さん」という他人行儀な呼び方の似合う、ひどく浅薄な覚えられ方に過ぎなかった。
みんなの話題は瞬く間に脱線していった。どこの都立高校の評判がどうとか、次の模試は何を受けるだとか、中高一貫校の生徒には縁のない話ばかりで、私は食い込むこともできずに椅子の端で息を殺した。そうかと思えば梅島さんが退屈げに「そういえばさぁ」と卒業旅行の話を持ち出して、ついに話題は高校受験からも逸れてしまった。
話を聞く限り、私以外の六人はいまも同じクラスに属しているようだ。卒業旅行はみんなでスキーをしに行く心積もりらしい。当然のことながら私はメンバーに含まれないし、「綾瀬も行く?」などと気遣いを投げ掛けられることもなかった。私はジュースをちびちび啜りながら曖昧に笑って、誰にも聞かれない相槌を打った。もはや気分は勉強会でも同窓会でもなかった。同じクラスで仲良くやっている幼馴染の人間たちに、異種族の人魚がひとり紛れ込んでいるだけだった。
「──やりたいことばっかり並べても肝心の受験で落ちたらパーでしょ。大丈夫なの、みんな」
脱線しまくりの話題を無理やり勉強に戻した中川が、教材の散らかるテーブルを呆れ気味に見渡す。すかさず、かたわらの梅島さんが「大丈夫じゃないよぅ」と甘ったるく唇を尖らせた。紺色基調のセーラー服に身を包んだ彼女は、同い年なのを疑いたくなるほど可憐な少女だった。スカートも短いし、目元にはメイクも施している。ふさふさ膨らんだおさげ風のツインテールが、両耳の下で軽やかに揺れて存在を主張している。もっとわたしに触れてよ、といわんばかりに。
「奏が来たら勉強教えてもらおうと思ってたの。このメンバーじゃ話にならないんだもん」
「悪かったな。どうせバカだよ」
「一度でもいいからうちらの成績を上回ってから言えよな、そういうの」
文句を垂れるギャラリーを中川が両手で押し止める。「まあまあ」と静かに笑った彼の手は、次の瞬間には私を指していた。まろび出かけた心臓を私は慌てて飲み込んだ。
「そのために綾瀬を呼んだんだって。僕より何倍も頭いいし、どんな質問にだって答えられるよ」
「えー。わたし奏がいい。だって優しいし」
猫撫で声の梅島さんが中川を覗き込む。まわりの子たちは私を一瞥して、居心地悪そうに目をそらした。斜め向こうの最奥に座る男子は一瞥さえくれなかった。たわしみたいな天然パーマの下に、暗い目玉がふたつ光っている。あれが小台くんだと私は確信した。まとうオーラがあまりにも変質しているので、最初は小台くんだと気づかなかった。マイペースで、温厚で、冬眠明けの熊みたいだった小台くんの面影はそこにはなかった。
みんな、変わってしまった。
変わっていないのは中川くらいのものだった。
中川だけが純粋だった頃の尾を引いている。あの頃に取り残されている、とでもいったほうが正確なのだろうか。かく言う私も中川の側だ。あのころから私は成績だけは優秀で、だけど誰にも頼られることなく、いつも遠巻きにされていた。
「で、できることなら手伝うけど。私だってなんでもかんでも分かるわけじゃ……」
中川の上目遣いに急かされ、おそるおそる申し出てみる。たちまち、猛獣みたいな顔で梅島さんが私を睨みつけた。ひゅっと喉が鳴った。凍り付いた私を無言の圧迫が襲った。
──余計なこと、すんな。
目力だけで梅島さんは私を叩きのめした。
私は崩れ落ちるように席へ戻った。ふたたび笑顔を宿した梅島さんが「ねね、これ前回の模試の答案なんだけど……」とカバンから紙の束を取り出す。豊満な胸はしっかり中川の腕に当たっている。中川は眉を曇らせたけれど、彼女の干渉を拒まない。そっと私は視線を外した。赤黒い感触が喉元を這い上がってきた。
いちど身体の交わりを結んだ男女の距離感って、傍目にもそれと分かるほどに縮まると聞く。
ちっとも知らなかった。
二人はたぶん、そういう関係なのだ。
ありえない話じゃない。二人そろって容姿も一級品だし、世話焼きの中川と甘え上手の梅島さんなら馬も合う。世話焼きの恩恵にもあずかれない天邪鬼な私では、二人のあいだには決して立ち入れない。吐き気が込み上げてくる。血なまぐさい息に私は顔を歪める。TPOをわきまえない戯れに辟易しているのか、それとも底知れない失意のせいか。たぶん両方なのだろう。
バカみたい。
私、なんのために今、この生産性のない勉強会もどきに付き合っているんだっけ。
湧き出した感情が目尻に溜まって、青ざめた顔の一角をほのかに赤く染める。私は虚ろに周囲を見回した。みんなは中川と梅島さんの露骨な睦み合いには目もくれなかった。女の子は教材をテーブルに広げたまま、スマートフォンに見入りながら口角を上げている。男子二人は互いのスマートフォンを見せ合っては、今日のガチャで誰々を引いた、ずるいぞと言い合って盛り上がっている。ノートにペンを走らせているのは小台くんだけだった。その小台くんも、すがるような私の視線に気づくや、暗い目を細めてそっぽを向いてしまった。
胃の底に重い痛みが轟いた。
心の竜骨が折れた音だった。
腕時計が午後五時過ぎを指している。のろまな長針が這い進んで、三十分の位置に陣取るのを、私は息を殺して待った。切れたままの唇からは鉄の味が喉へ流れ込み続けた。タイミングを見計らってスマートフォンを取り出し、着信を確かめるふりをして画面をつける。メッセージ自体は本当に届いていたけれど、送り主はお母さんだった。今夜も帰宅が遅くなるらしい。
「ごめん」
小声を発すると、問題を読み込んでいた中川が顔を上げた。私は反対に目を伏せた。
「私、先に帰る。用事できた」
「待ってよ。まだ一時間半しか経ってないだろ」
「生徒会に呼び出されてるの。緊急だって。今すぐ学校に行かなきゃ……」
嘘だ。湯附桐友会は日曜日の夕方に呼び出しをかけるようなブラック組織じゃない。けれども中川は私の学校の事情など知らないから、口実に利用するには好都合だった。よろめくように私は立ち上がってベージュのコートを羽織った。おろおろする中川の隣から「帰るの?」と問いかけが飛んできた。
「生徒会の急用だって……」
中川が代わりに答える。「そう」と生返事で応じながら、梅島さんはノートに計算式を連ねてゆく。起立した私など視界の隅にも入れない。地元仲間を捨てて名門校に進んで、そのうえ肩書きが生徒会役員だなんて、さぞかし鼻持ちならない子に映ったことだろう。それともさすがに被害妄想が過ぎるか。どっちにしろ私、最低だな──。力いっぱい心に刃を突き立てて引き裂きながら、私は涙目で唇を結んだ。せめて中川の前では血を吐きたくなかった。
「待ってよ、本当に帰るの。もうちょっとくらいいてもいいんじゃないの」
中川は存外、往生際が悪かった。かたくなに首を振ると、中川は悔しげに唇を結んで、いっとき黙り込んだ。しかめられた顔にしわが二本、三本と増えたところで、おもむろに中川は立ち上がってコートに袖を通し始めた。
「下まで送る。会計のことは気にしなくていいよ。食べ物だってほとんど食べてないだろ」
「いいよ、別に。見送りなんて」
「いいって。どうせ駅もすぐそこだし」
「だから要らないってば……」
かすれた声で私はうめいた。身支度を進める中川を不安げに見上げた梅島さんが、次の瞬間には私に向かってガンを飛ばした。私だって好きこのんで二人の逢瀬を邪魔したくない。だけど肝心の中川が言うことを聞かないのだ。いまにも潰れそうな胸をコートで隠して、カバンを抱えて、逃げるように通路へ出る。中川の足音だけがあとをついてくる。目ざとい店員が私と中川を見つけて「ありがとうございましたー」と叫んだ。一時間半の地獄の終わりを告げる呆気ない響きだった。
絞り出すように中川が「綾瀬」と呼んだ。
「嘘なんでしょ。生徒会なんて」
胸を衝かれて私は振り向いた。うつむいてかぶりを振った中川の顔は隅々まで真っ暗だった。
「……私、そんな嘘つきだと思われてるんだ」
「違う。違うってば。でも分かる。綾瀬がずっと居心地悪そうにしてたの、正面にいたからずっと分かってた。帰る理由が欲しくなったとしても不思議じゃないよなって思ったんだ」
「…………」
「ごめん綾瀬。僕の進行がなってなかった。考え直してって言っても、もう、遅いよな」
中川は肩を落としていた。肯定も否定もできないまま、扉を開いたエレベーターの箱へ私は踏み入った。中川が黙って乗り込んできた。エレベーターは滑り落ちるように一階へ降りて私たちを吐き出した。陽の落ちた駅前広場には色とりどりの喧騒があふれていた。行き交うバスのヘッドライトが、街頭ビジョンの映像が、店頭に並ぶ看板が、醜悪な私の姿をあかあかと照らし出した。
「綾瀬」
中川が沈鬱な声で私を呼び止めた。
「待ってよ。せめて最後にこれだけでも聞いてよ。こんなつもりじゃなかったんだ。頼むからリベンジさせてよ。今度はもっと楽しくなるように、もっと混じれるように僕も頑張るから。またこうやって同窓会みたいなこと……」
「同窓会でも何でもなかったじゃん」
私は叫んだ。
込み上げた吐き気を我慢しきれなかった。
反論に詰まった中川が黙り込んだ。ぼたぼたと流れ落ちた言葉はなまぐさい血に染まっている。背を向けているから中川の顔は見えない。見えないものを傷付けることに抵抗は覚えなかった。肩を震わせながら、私は溜まりに溜まっていた言葉を吐いた。漁師の銛に突かれて暴れる鮫みたいに。
「だって全員、中川のクラスメートなんでしょ。普段から付き合いのあるメンバーの集まりを私が邪魔しただけじゃん。同窓会っていう名目が欲しかったんでしょ。そんで独りぼっちになった私のこと、心の底で笑い飛ばして優越感に浸ってたんでしょ」
「違う、そんなわけ……!」
「じゃあ何だったっていうの!? 私はどうすればよかったっていうの!? 私なんかいてもいなくても同じだったじゃん。誰も私のことなんか覚えてなかったじゃん!」
叩きつけた心のかけらが路面に飛び散って砕ける。ぐっと中川が背中の向こうで息を呑む。私は一歩、アーケードに向かって足を踏み出した。中川が私を力づくで引き止めることはないと分かっていた。だって中川は私の手を握れないから。嫌われものの一匹狼を傷つけることさえできない善人だから。そんなところも大嫌いだ。中川のことなんか大嫌いだ。好きになんてならなければよかった。どんなに熱を上げたところで、結局は無意味な片想いにしかなれないんだ。だって中川にはすでに意中の人がいるのだから──。
「今からでもいいから私のことなんか忘れてよ。ぜんぶ忘れて、何もなかったことにして、せいぜい梅島さんと仲良くしてなよ。それ以上のことなんか何も望まない。もう中川になんか何も期待しない! あんたなんかっ……!」
「そんな、待てよ綾瀬っ」
中川の悲痛な声に突き飛ばされて、私は前へつんのめった。もはや後には引けずに、そのまま雑居ビルの玄関を走り出る。「綾瀬!」──叫ぶ彼の声をバスのクラクションがけたたましく押し潰した。がむしゃらに私は夕闇の街を駆け抜けた。行き交う人を避け、看板を避け、国道を渡る横断歩道の前に差し掛かってようやく、駅とは真逆の方向へ走ってきたことに気づいた。これでいよいよ、中川には生徒会の話が嘘だと露見してしまった。
喉が詰まる。息が苦しい。限界まで膨らんだ肺が破れそうだ。横断歩道を渡り終えたところで力尽きた足がバランスを崩して、もつれるように私は転んだ。目から飛んだ星がトラックの風圧に吹き飛ばされて消える。アスファルトを擦った膝が開いて、どろりと濁った血が滲む。「痛った……」と呻きながら身体を起こして、よたよたと数歩ばかり足を引きずって、道端のビルの壁にもたれかかった。深呼吸のたびに疼痛が深みを増した。血だらけの膝から流れ出した赤黒い心が、足元のアスファルトにしずくを落とし始めた。
私は力なくしゃくり上げた。
すりむいた膝を押さえる手が震えた。
私は夢を見過ぎていた。あんなにも相手にされないなんて思わなかった。立ち去る私を引き留めたのは中川だけで、みんなは私のような異分子など眼中にも入れなかった。仲良くなりたいなんて縋る余地もなかった。取り返しのつかない変容が私の知らない間に起こっていた。みんな、みんな、変わってしまった。たったひとつ安心できる場所は中川の隣だけだったのに、そこにはすでに梅島さんの姿があった。行き場を失った私は海へ身を投げるしかなかった。片想いの成就を諦め、泡になって沈んでいった人魚姫のように。
ああ。
なんだか疲れちゃった。
こんなことならひかりやゆかりの忠告を素直に聞き入れておけばよかった。悪いのは私じゃない。人のいい笑顔で私を騙した中川が悪いのだ。けれども二人に事の次第を話せば、きっと「のこのこついて行ったあかりも悪いでしょ」といって呆れられるのだろうな。
分かってるよ。
中川を信じて、期待した私が一番の大バカだよ。
だったらどうすればよかったの。中川を疑ってかかればよかったの。簡単に言わないでよ。疑うことなんてできないよ。大嫌いだなんて言えないよ。だって私、中川のこと、本当に好きだったんだもん──。
だらしなく流れる涙を私は強引に拭った。砕けた泡の匂いにまみれながら、よろめきがちに横断歩道を渡って、遠い自宅を目指して機械的に足を動かした。よじれた胸がきりきりと痛んで泣き叫ぶ。息を出し入れするたびに醜い自己嫌悪が膨れて暴れる。嘘をつけないバカ正直な私の顔は、きっと今、誰の目にも真っ黒に映っているはずだった。
「あかりにはしんどい思いをしてほしくないんだよ」
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