第1話 あなたが我が王?
酷い血の匂い。床一面に広がる血の中に倒れ込んでいる男がいた。我が王であり、幼馴染であったカール王。俺は彼に駆け寄ろうと、敵兵が囲む中に果敢に挑むも、多勢に無勢で近寄れない…
「…我が友よ」
絶望的な状況の中、私の耳に声が聞こえてきた。
「…この国を、頼んだ、ぞ」
それは弱々しいが確かにはっきりと聞こえた声。
「我が王よ。な、なぜ、こんなことに…」
「お逃げください。王家の血を引くランバルト公爵がこの国の最後の希望です」
私の腹心であるハルクとケインがそれぞれ左右の腕を掴んできた。
「放せ! 私は王を助けるのだ!!」
目の前にいるのに。なぜだ!? なぜなんだ!!
「もう、あの血の量を見たでしょう! 王は、我らの王はもう長くはありません。ここは国のためにあなた逃げるべきだ」
彼らの判断は正しい。正しいが…
「ふざけるな! 王を助けられないで、おめおめと生き恥をさらせというのか!」
「そうです! 我らの祖国のために! どうか、お願いいたします!!」
そう言って涙を流すハルク。
「…クソが! 放せ!!」
私は部下たちに引きずられながら、玉座の間から退出することになってしまったのであった。
☆☆☆
街から少し離れた街道にあるこの隠れ家。部下も出払い。現在、私が一人で部屋の椅子で思考に耽っている。レジスタンス活動に明け暮れた私は、気がつけば38歳なのに独身だ。元公爵とは思えないほどにくたびれた髪を鏡でみると本当に切ないわ。
「ノック? 誰か帰ってきたのか?」
私は扉の叩く音に反応して、玄関まで足を進めた。
「我らの王は?」
私から発せられた言葉に、
「ヴァハドゥール・ド・ヴァルデンブルク」
とすぐに返事がきた。可愛らしい若い声だ。新しいメンバーか? 我々の秘密の合言葉を知っているのだ。出迎えてやろうとそう思いながら、扉をあけると…
エメラルドみたいな緑色の瞳に金色の髪。折れそうな程に細い腰。顔はとても私の好みで、1度見たら、忘れられないくらいに整った容姿をしている。
「バレたのか!? クッ、こんなところで…」
なんで、占領国のお偉いさんの御息女がここにいるんだ!! やばい、バレたのか。なんとかしないと。私がそう思い、腰につけてあった短剣を取り、振りかぶろうとしたその時、
「女に手をあげるようになるとはかつてのケルトルカ王国の貴公子様も落ちぶれたものだ」
と、どこかで見たことあるような微笑み方をしながら、彼女はそう言ってきた。
「貴様に何が私の何がわかるんだ!!」
私は短剣を構えながら叫んだ。
「従姉妹に懸想して、幼馴染の王に取られ、独身を貫くと宣言」
な、何を言っているんだ! この女は!? それに私が独身を貫くと誓ったのはあなたが結婚したからなんだが…
「幼い頃はその従兄弟の下着を盗むなど王家の血が入る公爵家の一族としてあるまじき…」
「いや、あれは王がもってきたもので、私の所為にされただけであって! 貴様、なぜそれを知っている!? それは王と私しか知らないことだぞ!!」
「他にも知っているぞ」
そう言って不敵に微笑む女。私はその微笑みを見て、動悸を抑えられそうにない。初恋を思い出しそうだ。
「まだ、オレが誰だかわからないのか?」
心臓が早鐘のように激しく脈打つ。まさか? いや、全然見た目が違うしな。そもそも性別が違うしな。いや、思い出せ。我が王は幼少期は男系の王族が毒殺される事件が続いていたため、女性の衣服を身につけていた。もしかしたら、こいつも男?
「おまえは、またオレの性別を間違えるのか?」
女はこちらの顔を見て、そう言って私に呆れたような目を向けてきた。この目つきや表情はまさに我が王そのもの…
「まさか、あなたは我らの王のヴァハドゥール・ド・ヴァルデンブルク!?」
私がそう言ったあとに彼女を見ると口元に人差し指を立てて、微笑む彼女に私の視線は釘付けになるのであった。