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プロローグ:END【そして動き出す物語】

「RPGでモンスター倒すとたまに装備落とすやつあんじゃん」


「うん。集めるの、楽しい」


「ゲーマーの性よな。けどよくよく考えてみると⋯⋯なんでサイズ合うんだろうな?」


「渚」


「なに」


「世の中には、深く考えちゃいけないことが、ある」


「サーセンっした」



 見も蓋もない茶々を咎められて然るべきだろう。

 それでもつい疑問を呈したのは、俺がいたく暇してるからである。


 あれから帰宅するなり、早速買ったばかりのゲームをプレイしてるリコリス。

 求めていた新作が据え置きだったこともあって、テレビも彼女が独占中なので、いよいよやることがない。 


 いっそ一人ジェンガでもやるか。

 いややめとこう、なんか大切なものを失いそうだし。


 あーだこーだと暇潰しの手段を考えてみたけど、結局なーんも思い付かない。

 だから必然的に、ゲームに熱中してる横顔をぼーっと眺めていた。



「⋯⋯」


「⋯⋯」



 外は夕暮れ。カッコ付けるなら逢魔が時。

 事務所の長窓から覗いた茜色が、羊髪のアッシュブロンドを灼いて、ふわりとした光のベールを作っていた。



──『閻魔の娘』が、いつまで燻ってるつもりなのよ。



 ぼーっとしてると、つい思い出さなくても良い事まで思い出してしまうのは、夕焼けが感傷を引き出す時間帯だからか。


 そう、閻魔の"娘"。

 この怠惰で暴食なレトロゲーマーが、そうなのだと火鈴に教えられた時は、心底驚いたもんだ。

 ついでに言えば、閻魔の娘たけあって『閻魔代理官』の資格も持ってるんだとか。

 理由あって今は休職中らしいが。



「お、はがねの剣。強い武器か?」


「強くない。けど売ったら高い」


「せっかく宝箱から出てきたのに、浪漫のない使い道だな」


「弱肉強食の世界に、甘えは不要」


「ゲームなのにえらいシビア」



 さてはのんびりゲームやる時間が欲しかったからじゃねーよな、と訝しんだものだが⋯⋯それは違うらしい。

 正直リコリスなだけに、サボりが理由でも驚かない自信はあるが。



『⋯⋯此処は、相談事務所。出来るのは⋯⋯"相談だけ" だから』



「なぁリコリス」


「⋯⋯?」



 けれど。

 リコリスについては、まだ知らない事の方が多いのかも知れない。



「今更聞くのかって話だけど、なんで俺を拾ったんだ?」


「え?」



 テレビ画面に固定されていた目線が、弾かれたように此方を向く。

 真紅の瞳が、蝋燭の火のようにぼうっと揺らめいた。



「記憶喪失。しかも自分に関しての記憶は名前ぐらいしか覚えちゃいない男だぞ。よく拾って、そんでもって面倒を見ようって気になったなって」


「⋯⋯」



 覚えているのは、名前。

 でも生前得ただろう知識や、どうでも良い些末事は記憶のメモに残ってる。

 リコリスが今やってるゲームが、現世じゃかなり昔のモノだって事でさえ、自然と理解(わか)る。

 いわゆるエピソード記憶って奴が抜け落ちてるタイプの記憶喪失なんだろう。


 でも、大事な事はも覚えてない、何も持ってない。

 そんな男を彼女は拾い、事務所に住まわせている。

 俺が記憶を取り戻すことを急かす訳でもなく、何かの労働力として利用することもない。


 ただ此処に居れば良い、と。

 与えるだけを与えられた現状は、ありがたくもあるが、やっぱり不思議で。

 優しい自由が⋯⋯少し、苦しい。



「⋯⋯どうしてだ?」


「⋯⋯それは」



 だから、リコリスなりの理由があるなら知っておきたかったんだが。



「同じだから」


「はい?」


「私と。同じだったから」


「⋯⋯それが理由なのか?」


「⋯⋯」



 返ってきた答えは、不思議をまた一つ追加するだけだった。

 俺とリコリスが同じ?

 しかしリコリスが記憶喪失だったなんて話、聞いたこともない。


 だが、それ以上に何かを尋ねるより前に。

 リコリスは楽しみにしていたはずのゲームの電源を、セーブもせずに切った。



「⋯⋯今日はおしまい」


「え、もういいのか?」


「うん⋯⋯」



 いつもなら夜が更けるまでやり込む事もあるのに。

 なにか地雷でも踏んでしまったのかと焦る俺をよそに、リコリスはそのままソファからゆっくり立ち上がると、そのまま部屋を出ていった。

 こちらを見ることもなく、まるで叱られた子供みたいにとぼとぼと沈んだ足取りで。



「⋯⋯わっかんねー」



 結局分からない事が増えただけの現状に、思わず天井を見上げた。

 正直「なんとなく」だとか、そんな大した事のない理由でも俺は良かったのに。


 なにもあんな、今にも泣きそうなオーラまで出さなくたって良いじゃない。

 なにからなにまで、わっかんねー。

 わっかんねーけど⋯⋯あいつが戻って来た時に、気まずい空気を引きずったままだと宜しくない。



「⋯⋯腹が減ったら、そのうち戻って来るか」



 だったらご機嫌取りも兼ねて、なんか簡単な菓子でも作っとくか。

 甘いもんでも食わせれば、またいつものぬぼーっとしたリコリスになってくれるだろうと。


 結果的に解決しなかった疑問をとっとと頭の片隅に仕舞い込んで、俺は約二週間ぶりにキッチンへと立つことを決めたのだった。






◆ ◇ ◆




 明かりの付かない部屋でも、夕暮れ前ならばまだ充分に見渡せる。

 用途不明の奇妙なオブジェやら色遣いの極端な絵画やら、美的センスが偏った品々に囲まれたそこが、少女の自室である。

 迷いのない足取りでリコリスは窓際のベッドに辿り着くと、枕の隣に置いてある羊のぬいぐるみに顔を埋めた。



「⋯⋯⋯⋯ふぁふ」



 ふかふかの感触に、間の抜けた吐息が零れる。

 一ヶ月前に火鈴が渡してくれたぬいぐるみは、今やすっかり彼女のお気に入りだ。

 こうして顔を埋めたり、抱き締めているだけで、心に渦巻いた(もや)が晴れてくれる気がしたから。



「⋯⋯」



 けれど晴れるには、なかなかに時間がかかるらしい。

 少しくたびれた羊のつぶらな瞳を覗きこめば、自分の曇り顔が映り込む。

 頭の中の消しゴムは床に落としたままで、ボールペンだけがカリカリと文字を引っ掻いた。



『記憶喪失。しかも自分に関しての記憶は名前ぐらいしか覚えちゃいない男だぞ』



 リコリスにはわかっていた。

 いつも飄々としている渚が、記憶のない自分に不安を抱いてることも。

 事務所の雑用に甘んじてる現状に、苦しさを感じてることも。




『よく拾って、そんでもって面倒を見ようって気になったなって』




 けれど少女は彼を知っている。


 対戦ゲームが苦手なこと。

 お菓子作りが上手なこと。

 ぬいぐるみが作れるくらい、手先が器用だってこと。

 でも意外と恥ずかしがり屋なこと。


 優しい人だってことを。

 リコリスは知っている。



「⋯⋯⋯⋯なぎさ」



 だから彼女は、今を。

 変わらない現状維持を、望んでしまっていた。

 何かが変わりかねない一歩を、踏み出せないままでいる。



 嵐に怯える羊のように。


 少女(リコリス)は今日も、臆病だった。
















 けれど、この世に変わらないものはない。


 全てはおしなべて諸行無常。

 現世だろうが地獄だろうが極楽だろうが、不変のままの永遠はあり得ない。



 故にこの物語にもまた、黎明の終わりはやって来る。






『────俺ァ、悪来(あくらい)銀次(ぎんじ)。三途の川先相談事務所っつぅ場所は⋯⋯此処であってんのかい?』




 その足音は、もうすぐそこまで。








◆─ 『Prologue end』 ─◆





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