09 アルビナフォン要塞
「副司令! ダークテリトリー方面に敵影確認! 艦形から見て、四天王艦と思われます!」
「なに!? 帝国軍の大規模攻勢か!?」
アルビナフォン要塞司令部では、緊急警報が鳴り響き、人員が戦闘配置に移行している。
元々は敵の要塞だった場所を奪ったものだ。
愛着のようなものは無かったが、奪い返されるわけにはいかない。
「こんなときに大規模な攻勢があるなんて……内通者でもいるのか!?」
「滅多なことを言わないでください!」
この緊急時に、内通者がいるなどと司令官がのたまうのは好ましくない。
司令官の能力や人間的な度量の大きさをも疑われかねなかった。
「くっ……慌てるな! 落ち着け! すぐにニュートラルテリトリーの連合基地に連絡、援軍の要請だ!」
「了解しました、アルビナフォン要塞より緊急伝達。現在、敵の大規模攻勢を受けている。至急援軍を求める。繰り返す、現在……」
「…………」
陸上艦の配置転換と攻勢の影響で、要塞の守備が手薄になる四時間ほどの空白ができてしまった。
なんとも間の悪いときに攻撃を受けてしまったが……逆に言えば、四時間持ちこたえられればそれでいい。
緊急の援軍も期待できるだろう。
そう簡単に落ちる要塞ではないはずだ。
「今は、勇者艦がドック入りしています、もしも魔王艦が出てきたら……」
「無駄に不安を煽るな! 陸上艦の艦長に出撃命令だ!」
「艦長、要塞副司令より出撃命令です」
「騒がしいと思ったが、このタイミングで敵襲か?」
「四天王艦が確認されているとのことです、大規模攻勢の可能性もあると」
「四天王艦だと……!?」
一騎打ちになれば、勝ち目は薄い。
なるべく時間稼ぎをしようにも、こちらには守るべき要塞が後ろにある。
要塞が破壊されてしまっては、ここを守る理由そのものが無くなるという話だった。
「このクソったれ要塞は、ニュートラルテリトリーからの攻撃には強いが、ダークテリトリーからは守りにくい、陸上艦二隻じゃ、すぐに突破されちまうぞ」
ニュートラルテリトリーと要塞を結ぶ道は一本だが、要塞からダークテリトリーへの道は複数ある。
大規模攻勢だったとして、その全ての道から陸上艦が押し寄せたなら、到底守ることはできなかった。
「西の町に陸上艦が集まっていたのは、陽動だったんでしょうか?」
「陸上艦の攻勢が裏目に出たな……こんなときに攻撃に出払っているとは……いや、このときを狙っていたのか?」
しかし、魔法で監視していたとしても、この隙を狙って、戦力の集中運用などできるはずがない。
一体、どんなからくりが働いているのか……。
「出撃準備が整うまで三十分はかかります」
「その間は、要塞に持ちこたえて貰うが……引くか?」
艦長は、理性的に考える。
守ることができない場所を死守せよとは、部下には言えない。
勝ち目がないならば、素直に引くべきなのだ。
「そんなことをしたら、とんでもないことになりますよ!」
「とんでもないとはなんだ?」
「今、この要塞を奪取されてしまったら、攻勢に出ている連合艦の多数が、ダークテリトリーに取り残されてしまいます!」
「だからここで死ねと、部下に命令するのか?」
「いや、しかし……」
ニュートラルテリトリーとダークテリトリーを結ぶ竜脈はここの道がひとつあるだけで、この要塞から各地へつづく竜脈が流れている。
出撃した陸上艦が帰ってくるにも、この道を通る必要があった。
だが、この要塞を敵に奪取されてしまったら……出撃している七隻もの陸上艦が敵地に取り残されることになる。
「しかし、タイミングが悪い。要塞司令が倒れている状態で、副司令はあの若造だぞ? 防ぎ切れるとは思えんな」
「すぐに援軍が来ます、たった四時間ほどの空白ですよ?」
「その四時間で、アルビナフォン要塞が落ちない保証はない」
「そんな……艦長!?」
「善処はする、するが、無理なものは無理だ。ここで死ぬまで戦ってなんになる? せいぜい敵が無能であることを祈るしかないだろう」
四時間は長い。
陸上艦二隻を破壊し、要塞守備隊を全滅させて、奪い返されるまでにそれ程の時間はかからない。
敵が何隻いるのかわからないが、五隻もあれば十分なはずだ。
そして、四天王艦が出て来ているのなら……大規模攻勢の可能性が高い。
「こちらは、準備が遅れていると若造に伝えろ、僚艦を先に出して様子を見る。せめて空母が居れば良かったんだがな」
「み、味方を犠牲にするのですか!?」
「様子を見ると言ってるんだ、お前は魔族の捕虜になりたいのか? 連合とは違って、魔族帝国に捕虜の人権なんてありゃしないぞ?」
「よ、要塞守備隊が出撃しました、タグボートです」
「さて、敵のお手並み拝見だな」
定石から考えれば、この要塞の命運は尽きたと判断するのが正しいだろう。
しかし、この理性的な艦長には情報が圧倒的に不足していた。
敵が……要塞に攻撃を仕掛けてくる相手が、たった一隻だとは、考えてもいなかった。