88 玉座の間
「負けたのなら仕方がねぇや!」
拘束された土豪の長が、そう開き直っている。
でも、敵対した者でも、シュラミスは殺さないだろう。
「何故、ワタクシを攻撃しようと思ったのですか?」
「そりゃ、おめえ、魔王を倒せば、オレが次の魔王だろうがよ!」
こういうところは、連合とちょっと意識の違いがある。
強い者が正義で、強い者に従うという、昔の習慣のままの者がいるのだ。
「どうやら、この者が、この辺り一帯を治めていた魔族の土豪のようです」
「では、負けた者の定めです、配下になりなさい」
殺さないということに驚いているようだが、土豪の長は汚い声で笑い飛ばしていた。
「しかたねぇや、完敗だぁ!」
そして、帝都にたどり着くまでに、このような戦いが何度か行われた。
新しい魔王を倒せば、次は自分が魔王だという浅はかな考えだ。
しかし、女王はその全てをはね除け、土豪達を黙らせた。
帝都にたどり着くと、すでにアッシャーの四天王艦がいた。
アッシャーが新魔王派であることは、既に予知済みだ。
ドックに君主艦を固定して艦を下りると、待ちかねていたようにアッシャーとパウリーネが迎えに来る。
「あちらがアッシャー元老院議長、その隣が娘のパウリーネ要塞司令官です」
「だ、大丈夫なのですか?」
クレアがちょっとびびっている。
ここまでの旅路で、魔族のイメージはかなり悪いものになっているだろう。
いや、連合に住んでいる者は、大体、魔族に悪いイメージがあるが。
「大丈夫です、アッシャー元老院議長は魔王派です」
「わかりました、通らねばならない道でしょう」
タラップを下りていくと、アッシャーがぺこりと頭を下げた。
「魔王様、ここまでの旅路、お疲れ様でした。ここからは、私が魔王様をお守りいたします」
「ご苦労様です、早速、魔王の玉座に案内して下さい」
「予知してたな、エリオット」
パウリーネが、イタズラっぽく笑う。
まぁ、普通に考えても、皇女殿下に対抗するために、アッシャーが魔王を迎え入れることはわかりそうなものだ。
「ワタクシは、帝国内の政争の道具にはなりませんよ」
シュラミスも、その辺りは心得ているようだ。
考える時間はたくさんあったから。
「はい、承知しております。あなた様の存在そのものが、帝国にとって有意義になるのです」
「シュラミス様が求心力となり、帝国を治めて下されば、それで構いません」
相変わらず親子仲はいいようだ。
さあ、これで僕の仕事も一段落かな?
アッシャーが遺跡をひとつ押さえているので、皇女殿下と戦力は拮抗するだろう。
これ以上は、僕が殺されそうで怖い。
「それでは、玉座へ参りましょう」
僕は一番最後に付き従うように歩いて行く。
今、この帝都で、ルイーゼロッテ派は僕くらいなんじゃないだろうか?
ドックから王宮まで、地下にある専用道路を使って向かう。
シュラミスとクレア、アッシャーとパウリーネ、そして僕が運転手だ。
とはいえ、地下の専用道路なので、誰ともすれ違うこと無く王宮までたどり着く。
「ご苦労」
アッシャーに労われるけれど、素っ気なかった。
まぁ、僕はどっちかというと敵だろうから。
そして、地下からエレベータを使って王宮内を進む。
すると、大仰な扉の前にたどり着いた。
「この先に、魔王様の臣下達が待っております」
「開けて下さい」
衛兵が手動で扉を開ける。
自動じゃ、色々と拙いんだろう。
「…………」
部屋の中には、魔族の有力な者が集まっていて、魔王の帰還を待ちわびているようだった。
シュラミスは中央を歩いて玉座に座り、その隣にはアッシャーが付く。
クレアとパウリーネは、途中で参列の中に紛れた。
僕は……扉の一番近くで、既に離れている。
「エリオット様、お久しぶりです」
「ジュディスじゃないか、元気だったか?」
「はい、最近は兄も大人しくなりましたので、元気ですよ」
リュデイガーの世話をしているらしいから、疲れるんだろう。
でも、その手は離れつつあるようだ。
「最近の帝国はどう?」
「魔王様のことで話が持ちきりですよ」
それが今、一番ホットなニュースだろう。
周りもガヤガヤと騒いでいる。
「静まれ! 魔王様のお言葉である!」
アッシャーが、朗々とした声を上げる。
その低い声は、不思議なほどに騒がしい部屋の隅々まで届いた。
こういうのも、為政者の資質なんだろうなぁ。
「ワタクシの出自に異論のある者もいるでしょう」
挨拶とか、名乗りとかではなく、シュラミスはいきなりそう切り出した。
ここは、シュラミスの戦場。
この戦場で、シュラミスは戦い続けてきたんだ。
「しかし、強い王であること! それが連合と帝国を統べる者の勤めだと思っております!」
参列した皆が跪く。
僕も遅れる形で、床に膝をついた。
「皆も知っての通り、シュラミス様は、フィリエル様とリリエル様の両方から加護を受けているお方である」
アッシャーの説明だ。
実質は、アッシャーが取り仕切るんだろう。
「天を三分する神のふたつを味方にするお方に、逆らう者があろうか!?」
誰も答える者はいない。
皇女殿下がいたなら、何か言うだろうけど。
「ならば、ここに、新しき魔王の誕生を宣言する!」
そこで、仕込みでもしてるんじゃないかというくらいに、わーっと盛り上がった。
ジュディスも嬉しそうにしている。
アッシャーが魔王を誕生させたみたいな流れになっているのが、さすが政治家だと思う。
これで、シュラミスはもう大丈夫だろう、僕はまだ予知していることがある。
そちらに向けて、行動を開始した。




