82 謎の通信
翌日、僕は誰にも拉致されることなく、朝を迎えていた。
まぁ、犯人と思われるアリーナと会って話をしたんだから、もう大丈夫だとは思っていたけど。
「さあ、今日が本番だ」
今日は調印式の日。
今から出れば、丁度いいくらいの時間に調印式に間に合うだろう。
「…………」
拉致される未来は、変えることが出来たんだ。
皇女殿下の死だって、変えられるかも知れない。
どうも、調印式の舞台に上げられるみたいだから、礼服というか、ドレスジャケットを着ていこう。
食堂に寄って、軽い食事を取る。
あまり、食にはこだわりがない方だけど、帝国の味付けにも慣れてきた。
連合はあっさり味が多く、中立国は割とジャンク。
帝国は濃い目の味付けのような気がした。
「おはよう」
「おはようございまーす」
ブリッジに顔を出すと、マルリースがいる。
トリシアは、僕が誘拐されないように、どこかで見張りをしているのかも知れない。
「今日の調印式で、僕もテレビに映るみたいだぞ」
「えええっ! マジですか! 絶対に見ておきます! というか、みんなに知らせなきゃ!」
「え!?」
飛び出すように、マルリースがブリッジを出て行った。
「まったく……」
ブリッジを空にして、緊急連絡が来たらどうするんだ。
そう思っていると、ピーンピーンという通信音が鳴った。
「ほら」
仕方がないので、僕がその通信に出る。
「こちら、グリュックエンデブリッジ」
「リリエ……の加護を受……者が、フィリ……の加護……受ける……だ」
「え?」
ザーザーしていて、良く聞こえない。
リリエルの加護? フィリエルとか……。
なんだ? 混線しているのか?
「艦長、おはようございます」
そこにソフィアがやってきた。
「ああ、おはよう」
「艦長! テレビ楽しみにしてますよ」
「あ、ああ、それはいいんだけど、今通信が来てな。良く聞き取れなかったんだけど、どこからの発信だかわかるか?」
「え、少し待ってください」
ソフィアは、通信士の席についてコンソールを弄る。
餅は餅屋だ。
「通信されるデータには、送信元がわかる記号が含まれます」
「うん」
僕も一通りの訓練は受けたし、実務もこなしたことがある。
ソフィアほどには、理解していないと思うけど。
「それを照合すれば、どこからの通信なのかがわかるのですが……今の通信には記号が含まれていません」
つまり、どういうことだ?
わからないということか?
「発信元が不明なのではなく、発信元がない……ということになります」
「故障か?」
「故障はしていないようですが……中立国の最新技術かもしれません」
連合と帝国は、遺跡から発掘される技術に頼っているけれども、遺跡を持っていなかった中立国は、新技術の開発に余念がなかった。
技術発信は、大体が中立国からもたらされる。
「中立国に、そういう噂でもあるのか?」
「最近、通信の分野で目覚ましい進歩があったらしいです」
「どんなものだ?」
「陸上艦を使わずに、長距離の無線通信が出来るという装置です」
電話のように、有線なら今でも通信は出来る。
無線だと、本当に短い距離しか通信は出来なかった。
長距離の無線通信ができるようになったら、とても便利だろうが……今回のは、また違うか?
「まぁ、仕方がないか。また通信があったら受けておいてくれ」
「今は、マルリースが当直の時間なんですが……もう」
「後で叱っておくよ、すまないな」
「いえ、すぐ帰ってくると思いますので」
そんなことを話していると、ブリッジの扉が開く。
でも、入って来たのはマルリースではなく、トリシアだった。
「提督、そろそろ出発する時間です」
調印式は、朝の十時からだ。
そろそろ出た方がいいだろう。
「寝てないんじゃないのか?」
「大丈夫です、運転はユーナがします」
自動車で出るのか、トリシアは僕の誘拐を防ぐために、徹夜したみたいだ。
任務とはいえ、ありがたい。
「すまなかったな、終わったらゆっくりと休んでくれ」
「すんなり終わればいいのですが……」
何かが起こる……と、トリシアは思っているようだ。
予知からしても、それは間違いない。
ゆっくり休む余裕があるかどうかは、僕次第なのかな?
「じゃあ、行くか」
「了解です」
「みんなでテレビ見てますからね」
いや、ちゃんと仕事して欲しいんだけど……。
調印式ってどれくらい時間がかかるんだろう?
まぁ、世界中の人がこの報道に関心があるだろう。
皇女殿下の暗殺は、ここで行われるとニュースになっているんだから。
僕は、ユーナの運転で自動車に乗って調印式に向かった。




