71 燃える中立国
煙を上げる中立国から遠ざかり、タグボートで夜の竜脈を進んでいく。
ライトを点けているが、正面に映るのは竜脈である地面だけだ。
グリュックエンデは、事情を知らない。
僕の方から押しかけて、最大速力で中立国にたどり着かなければ。
時折襲いかかる眠気を、ビンタで払っていく。
誰か連れてくれば良かった。
話し相手になってくれてもいいし、運転してくれるなら、その間に仮眠をとっても良かった。
「あっ!」
遠くに、光の点が見える。
陸上艦だ。
この時間に、この竜脈を通っている陸上艦なんて一隻しかない。
グリュックエンデだ。
ある程度近づいてから、ライトのモールス信号でSOSと入れる。
SOSはパターン化されていて、自動で行ってくれる機能があった。
ライトが自動点滅しても、運転に支障はない。
グリュックエンデはこちらに気が付いたのか、速度を速めて近づいてきた。
こちらは、帝国製のタグボートだ。
問答無用で撃たれることはないだろう。
グリュックエンデとすれ違う。
そして、後部のタグボート用ハッチが開いていることに気が付いた。
僕は、グリュックエンデの中に入る。
一応警戒していたのか、ハッチの中には武装した兵が五人待機していた。
「やあ、深夜までお疲れ様」
「艦長!」
「艦長だったんですか~」
武器を下ろして、みんなが笑顔になる。
ちょっと緊張していたんだろう。
「タグボートは艦長でした」
ブリッジに連絡しているのか、ひとりがマイクに向けて話していた。
「今、中立国が大変なんだ、すぐに戦闘になるから配置についてくれ」
「了解しました!」
その合唱を聴きながら、僕はブリッジに進む。
そして……。
「艦長、どうしたんですか?」
久しぶりのソフィアの声は癒される。
「中立国で、連合軍が暴発している。帝国のプライベートドックも襲撃されているんだ」
「えええええっ!?」
そんなことになっているとは、全く思っていなかっただろう。
みんな驚いていた。
「…………?」
ユーナ少尉を見て……一瞬、目を逸らしてしまった。
今は、言わなくてもいいだろう。
「ソフィア、戦闘準備だ」
「了解しました」
「中立国で戦闘ですかーっ! 盛り上がってきたぞー!」
マルリースのようにシンプルに生きたい。
マルリースになりたいとは思わないけど。
ソフィアは、トリシアの代わりに艦内放送を流していた。
「本艦は、これより戦闘に入る、各員配置に付け。繰り返す……」
アッシャー元老員議長に救援を求めておこう。
戦力はいくらあっても足りないはずだ。
「さあ、グリュックエンデ一隻で何が出来るかな!」
自分に気合いを入れるように、僕はそう檄を飛ばした。
「中立国の軍事施設は全て、陸上艦の奇襲で押さえました」
「よし、これで地上戦力は無いな」
中立国にある、陸上艦以外の戦力も叩く。
これは、逼迫した問題ではなかったが、成功すると格段にその後の行動がやりやすくなるはずだった。
「大統領府が落ちるのも、時間の問題でしょう」
「ふっ」
リューは、奇襲の成功を確信する。
他の施設が落ちるのも、もはや決定事項だ。
最大の問題は、やはり帝国軍か。
中立国から依頼され、攻撃してくるに違いない。
どれくらいの戦力があるのか、情報が不足していたが、今はビルクランド要塞に戦力が集まっている。
中立国には、そこまでの戦力は無いとリューは踏んでいた。
「大統領府を押さえて、テレビ演説すれば終わりだ」
新しい国が出来る。
現状に不満のある者は、連合にも帝国にも五万といるだろう。
そういう者を吸収しながら、第二の中立国を作るつもりでいた。
現在の中立国の政府は、亡命政府となって連合に移るだろう。
だが、実効支配さえしてしまえば、連合も帝国も、新しい勇者国との取引を模索するはずだと信じていた。
「さて、後は賢人会議か……」
「気にはなりますが、実戦能力はありません」
「そうだな」
小賢しいことをしてくるだろうが、そんなもので陸上艦は倒せない。
やはり、帝国が問題だったが、エリンの言葉を信じるならば、こちらに興味があるようだった。
攻撃を仕掛けているが、これからの話の持って行き方次第だろう。
「勇者様、帝国艦が現れて、同胞と交戦中です」
「ほう、どこから出て来たんだ?」
プライベートドックには、戦艦と軽巡洋艦を向かわせた。
ドックに固定されている陸上艦を、破壊しているはずだ。
「駐留している艦には、どうすることも出来ないはずだが……どうなっているんだ?」
「勇者様、プライベートドックに向かった二隻と連絡が取れません」
「なんだと!?」
やられたか?
連絡をする暇もなく?
「いや……」
やられたと思う方がいいだろう。
今、中立国には帝国の上級艦がいないはずだ。
密かに移動していたか?
「まぁいい、少しは楽しくなってきた」
上手く行きすぎているという、嬉しい不安が、これで掻き消された。




