07 敗走する勇者
「3、2、1……敵の追撃を振り切りました」
「ふぅ……」
ブリッジ内に安堵のため息が漏れる。
「勇者艦に追いつける艦があるとは思えません」
そう言うエリンも、ほっとしたように胸をなで下ろしていた。
しかし、その安堵の雰囲気を勇者がぶちこわす。
「クソッ、どうしてオレの周りは無能だらけなんだ!」
西の町に到着する前に索敵に引っかかったのか、集まっていた陸上艦五隻を相手に戦った勇者艦は、ボロボロだった。
なんとか、相手を一隻中破させたものの、返り討ちにあった形だ。
竜脈、航路は狭いところが多く、陸上艦は基本的に一隻ずつしか戦えない。
しかし相手は、一隻がダメージを受けるとそれが街に入り込み、万全の状態の陸上艦が、また街から出てくるという戦い方だった。
その間に、引っ込んだ陸上艦は、補給や修理、休憩を済ませてローテーションでまた出撃する。
一方、二十四時間、ずっと戦い続けることになった勇者艦は、疲弊し、隙を突かれて敗走の憂き目に遭っていたのだ。
戦いは常に有利だった。
勇者艦を相手に、一騎打ちで勝てる艦はほぼいない。
でも、相手の五隻のローテーション戦術によって、兵士が疲弊してしまったのだ。
どんなに艦が強くとも、それを扱う人間が疲れていては十分な力を発揮できない。
ブリッジの人員も、疲労の色が強かった。
「稼働率34%です、ニュートラルテリトリーでの休養が必要です」
「クソがっ! オレは早く手柄を上げなくちゃならねえのに!」
勇者は疲れよりも興奮が勝っているのか、テンションが高いままだった。
その事実に、少し怖さを覚えながらもエリンは提言する。
「兵士を交代で休ませましょう。ローテーションは私が組みます」
しかし、勇者はそんな話を聞いていなかった。
「一隻を中破させたときに、街に雪崩れ込めば良かったんだ! 相手の作戦にまんまと乗りやがって!」
「勇者艦でなければ、拿捕されるか、撃破されていましたね」
「何!?」
参謀役を放棄しているのか、リボルハードはもう、勇者に媚びる姿勢を見せなかった。
勇者は、それが気に入らない。
「お前等の無能のせいだぞ! わかっているのか!」
「ニュートラルテリトリーで修理期間に入るかと思いますが、私はそこでこの艦を下りたいと思います」
「な、なんだと!?」
「エリオットの直感と、勇者であるあなたの火力が組み合わさり、この艦は最高の力を発揮できていましたが……今は、抜き身の刀です」
「どういうことだ?」
「ライトテリトリーから魔王軍を追い払い、逆にこちらがダークテリトリーに攻め入っているのは、勇者であるあなたの功績が大きい」
勇者が覚醒する前は、魔王軍が優勢を保っていた。
それは、魔王が健在で勇者がいないという状況を反映したものだ。
数で劣る魔王軍だったが、優秀だった前魔王の指揮の下、連合軍は劣勢を強いられていたのだ。
だが、勇者が魔王を討ち取った。
そこで、戦況のバランスが傾いたのだ。
「そんなことはわかってる。オレが魔王を倒したからだ」
「しかし、今のあなたでは、私もいつ死ぬかわかりません。刀は使い方を誤れば、簡単に折れるのです」
「チッ、くだらねえなぁ! どいつもこいつもくだらねえよ!」
勇者は、自分が知恵者ではないことを知っている。
そこは、リボルハードを信頼していたのだ。
「転属願いを出すと言うことですか?」
勇者艦とはいえ、軍属の艦だ。
勝手に乗り降りはできない。
「そうなりますね、勇者艦に乗りたい者は大勢いるでしょうが……あなたも身の振り方を考えた方が良いのでは?」
「私にも、艦を下りろと?」
「早晩、勇者様は大失態をやらかしますよ」
エリンにだけ聞こえるように、リボルハードがささやいた。
内緒話をしている様を、勇者は面白く無さそうに見ている。
「それでは、私もあなたも暇ではないはずです、乗艦にこれだけの損害が出ているのですからね、失礼」
「…………」
エリオット……あなたは無事なの……。
あのとき……エリオットが艦を下ろされたとき、なんとしてでも止めれば良かった。
エリンは、そのことをずっと後悔している。
具体的に止める方法はなかったのだが、ずっとそのことを考えていた。
そして、ニュートラルテリトリーに戻った勇者艦は、修理のために長期ドック入りした。
「勇者よ……お前はなんという恥さらしなのだ」
「くっ……」
連合艦隊司令長官に呼び出された勇者は、二度目の失態に頭を垂れる。
反省などしていないが、失態を追求されるのは、名誉を重んじるこの男にとって死よりも辛いことだと感じていた。
「万全の状態でもないのに、大勢の敵に突っ込んで負けるとは……もうお前には愛想が尽きた、何もせずにゆっくりとしていろ、勝手な出撃はゆるさんからな」
「そ、そんな……」
「勇者艦が鹵獲されなかったことだけが救いだ、暇ならば、オークでも狩ってくるといい、魔物の被害は多いからな」
「違うのです! 部下が!」
「下がれ!」
「くっ……」
部下が悪いなどという言い訳を聞きたくなかった司令長官は、勇者の言葉を遮って、部屋からの退出を命じた。