64 悪化する状況
「では、取りあえずグリュックエンデを呼んできます」
トリシアが行くわけではなくて、プライベートドックから連絡をするんだろう。
今から要塞を出れば、明日の朝には中立国に着くと思う。
マンションには、公衆電話があるから、タクシーを呼べるはずだ。
トリシアが、部屋を出て行く。
「一隻で大丈夫なんですか?」
アリーナが心配そうに尋ねてくる。
艦隊を相手にするなら一隻では無理だけど、中立国には連合軍も帝国軍もいる。
そのときには、誰が何を言わなくても手伝ってくれるだろう。
「中立国には、たくさんの戦力がありますから、初めに受け止められれば大丈夫だと思いますよ」
「そ、それもそうですね……」
「それよりも、時間の方が気になります。今日これからだったら、もう間に合いません」
「……ちょっと、私も連絡してきます」
アリーナも、早足で部屋を出て行った。
中立国としては、色々と拙いんだろう。
ちょっとやそっとの問題じゃない。
そして、部屋の中には僕とエリンが取り残された。
「でも……リューがそんなことするのかな……」
いくら、リューが破天荒だったとしても、中立国を襲うなんて常識外すぎる。
もしも失敗したら、ただでは済まないし、成功しても茨の道だろう。
そんな繊細な神経はしてないかも知れないけど……。
「最近、乗組員もいなくなったし、荒れてるのかも」
「そういえば、新しい勇者艦に、みんな移動してたね」
「だから、今、リューのところにどんな人がいるのかわからない」
変な人間にそそのかされたのか?
政変を起こすというのは、勇者らしくない。
革命家というイメージからはほど遠い人間だし。
「それにしても、どうして中立国を攻めるのかな? 私には想像が付かないけど……」
「それはやっぱり……征服して、自分の国にするんじゃないのかな?」
「いくらなんでも、そんなことが出来るはず無いよ」
まぁ、そうなんだけどね。
それをやってしまえるという自信は持っているのかも知れない。
「後は、連合にダメージを与える方法としてはいいかも」
「最近、冷遇されていたからね……」
「復讐ということなら、正当性も何もないからね」
「でも、そんな子供の駄々みたいな……」
そこまで言って、ありそうだなと、エリンは変な顔をした。
「ただいま戻りました」
「お帰り、どうだった?」
トリシアが帰ってきた。
二時間くらい経っただろうか。
僕は、寝てなかったせいもあって、ウトウトとしていた。
「アッシャー元老院議長の四天王艦が要塞に常駐するらしく、もうこちらに向かっているとのことでした」
「じゃあ、それと入れ違いって事になるのかな?」
「パウリーネ様は、快諾してくれました」
要塞の戦力は一時的に落ちるだろうけど、来てもらわないと困る。
こんなときを狙われたら大変だけど、西の要塞にはかなりの戦力があった。
「明日の明け方には到着するとのことです」
「そうか、間に合うかどうかはわからないけど、ありがとう。休んでくれ」
「ありがとうござます」
トリシアがソファーに腰掛けたので、常備してある紅茶の缶を出す。
すると、またすぐに玄関のチャイムが鳴る。
ドアスコープを見ると、アリーナだった。
「お帰り、入って」
「お邪魔します」
アリーナは焦っているようだったけど、情報を伝えられたんだろう。
さっきのように取り乱してはいない。
「取りあえず、信頼できる人に情報を渡しました」
「うん、それは良かった。中立国も、体制を整えられるんじゃないかな」
「動けるところは動いてくれると思います」
中立国には陸上艦がない。
通常の戦力では、陸上艦に対抗するのは難しいだろう。
「後、元々の話なんですが……これだけでも、中立国は、エリオットさんに感謝してると思いますよ?」
「そうでしょうか? より、危険だと思われそうですが」
トリシアが冷静な突っ込みを入れる。
「その可能性もありますが……」
もしもそうなら、今のところ成果無しどころか、状況が悪化してしまったことになる。
中立国に、僕を有用だと認めさせるのは、難しい。
「やっぱり、思うんだけど……」
「どうした、エリン?」
何か意見があるなら言って欲しい。
些細なことでも、見逃したくはなかった。
「私、リューのところに行ってみる」
「え?」
リューに会いに行くのか?
もう、エリンは連合の軍人じゃない。
捕まったっておかしくはないのに。
「エリン、危ないよ」
「でも、いきなり殺されたりはしないと思う」
「それはそうだけど……」
中立国で、戦闘行為は禁じられている。
連合と帝国の軍人が街ですれ違っても、喧嘩になることはなかった。
「エリンが帝国に囚われたということは伝わっているはずだろ?」
「うん、だから、基地に行くんじゃなくて、リューが良く行くランチのお店を張ってみる」
確かに、丁度ランチの時間だ。
連合基地の近くに、ちょっと高い美味しいお店があって、リューはそこで良くランチを食べていた。
「それで、話を聞いてみるのはいいかもしれないですね」
アリーナが乗り気になっている。
どんな情報でも欲しいんだろう。
ましてや、事件の首謀者の話なら聞いておきたいはずだ。
僕は、この話を詰めていった。




