61 要塞陥落
「な、なんだ!?」
巫女艦と対峙している戦艦の艦長が驚く。
防戦一方で、何もしてこない巫女艦に苛立っていたところに、要塞から攻撃があった。
「照準がずれているぞっ! 要塞に苦情を言え!」
「艦長……違います……」
「違う? 何がだ! 現にこうやって攻撃を受けて……」
「要塞が……ヒルグランド要塞が奪取されました!」
「何いぃぃっ!?」
副官が指さす方向を見ると、そこには……帝国の国旗が並べられていた。
さっきまでは、連合の国旗が並べられていた要塞部分にだ。
「帝国の脅しではないのか!」
「実際に要塞より攻撃を受けております!」
その情報は、瞬く間に戦場に広がっていった。
連合の戦艦が要塞から攻撃を受けている。
要塞に、帝国の国旗が並べられている。
まず初めに行動を起こしたのは、最後尾にいた連合の艦隊だった。
これ以上の戦闘は無用とばかりに撤退していく。
そして取り残されたのは……巫女艦の前にいる戦艦と駆逐艦の艦隊だった。
「最早これまで」
挟撃されているために撤退することも出来ない。
「ど、どうされるのですか?」
「巫女艦と差し違える! 突撃!」
攻撃をしてこない巫女艦に、戦艦が突進を始める。
防御魔法を貫くには、ゼロ距離からの射撃しかない。
巫女艦の攻略法として、誰しもが思い付く戦法だった。
「体当たりをする! その後、主砲を放て!」
「本艦は体当たりを行う! 総員、対ショック姿勢を取れ!」
艦内に不穏な放送が流れた。
ある者は神に祈り、ある者は床に這いつくばる。
そして……。
「乾坤一擲!」
戦艦が巫女艦に衝突する瞬間……真上から戦艦が潰されていた。
ブリッジごと、容赦なく……。
艦隊の指揮を執る者はいなくなり、残された駆逐艦は、投降した。
「いやぁ、巫女艦にはこんな仕掛けがあったのかぁ」
「空母に鈍器を仕込むなんて面白い」
ユーナ少尉はご満悦だけど、見てるこっちはハラハラしていた。
空母の上層部に取り付けられた極太アームが、メイスのような巨大な鈍器を振り下ろしている。
なんというか、近接攻撃に特化した艦だったとは……。
今まで、帝国の陸上艦が餌食になっていたんだろう。
情報が広まっていないということは、歴代の巫女姫が、見た者を決して帰さない、殲滅していたということだ。
「しかし、どんどん戦いが遠距離化していく中で、このギミックは使われなくなっていくのでしょうね」
「そうだな、巫女艦以外には無用の長物だ」
手詰まりになった相手が突撃してくる。
そういうシチュエーションでなければ、この武器は使えない。
「しかしなぁ……」
目の前の大破している戦艦は、自走できないだろう。
回収するだけで一苦労しそうだった。
「戦力はある、中立国側からと連合側の両方に備えるんだ!」
西の要塞は、中立国と連合に挟まれた位置にある。
最悪、両方から攻められることも覚悟しなくてはいけない難所だった。
しかし、これで……連合首都までの道が繋がったことになる。
丸二日程寝ていないが、気が張っていて寝られそうにない。
やることが多すぎて、とにかく手が足りなかった。
「よくやったエリオットよ」
「えっ!? 殿下!?」
要塞の司令室で指揮を執っていると、そこに皇女殿下が現れた。
どこにいるのか、いつも所在不明だけど、こうして肝心なときに現れてくれる。
「またまた出世じゃなぁ、もう大将か。報いてやれる手段が無くなってしまうのぉ」
「…………」
皇女殿下の姿を見て、僕は一気に脱力していた。
もう、僕が気を張る必要はない。
適材適所に、人を配置してくれるだろう。
「取りあえず、巫女姫の処遇をお願いします」
「そうじゃな、それが必要じゃろう」
部屋に軟禁していた巫女姫を連れてきてもらう。
司令官の席に座った皇女殿下は、巫女姫にも首輪を着けた。
「あんたが悪名高かルイーゼロッテやなあ」
首輪を着けられたことには全く反応せずに、巫女姫は皇女殿下を見つめていた。
睨み付けるというには、容貌が優しすぎる。
「これは時間のかかりそうな娘じゃ、首輪を外したら死ぬ、そして、おヌシが死んだら部下も殺す」
「…………」
皇女殿下は僕ほど甘くないと、トリシアが言っていたけれど……巫女姫も部下にしたい、収集欲みたいなのがあるんじゃないだろうか?
人材を集めるのが趣味みたいな。
「巫女姫は、引き続きこの要塞で働かせるがよい、要塞に駐留する人員もじきに到着する」
「了解しました」
「いや、エリオットに言ったのではないぞ」
「え?」
すると、僕はまた遊撃任務に戻るのかな?
「パウリーネ、この要塞を見事守って見せよ」
パウリーネは、えっ!? 自分? みたいな感じで驚いていたけれども、すぐに体勢を立て直す。
「階級はルイーゼロッテの方が上だものね、仕方がないから従ってあげるわ」
「…………」
これは見事な采配かも知れない。
要塞の守りに費やす人的資源も戦力もないはずだ。
それなら、アッシャー元老院議長の戦力を使ってしまえばいいわけだ。
首都で遊ばせておくよりは、よっぽど良いだろう。
「捕虜は中立国に移送する、捕虜の収容所を作っているから、そこに入れるぞ」
「巫女姫の人質……というわけですね」
「さすがは帝国て言うとこう」
巫女姫は、そういう皮肉を言うので精一杯か。
エリンよりもマシなのは、巫女艦は火力がないから、積極的に殺しに行かなくても済むということだ。
「では、巫女姫は連れて行け、今後のことを良く考えるのじゃな。まぁ、考えるまでも無かろうが」
「…………」
巫女姫は無言でこの場を後にした。
人質を取ったということは、きっと巫女姫は部下思いなんだろう。
鑑定でそれを見抜いた上で、戦力として使えると考えたんだ。
「しかしな……これは、上手くいきすぎておる」
「そうね、いくら予知が使えると言っても、ここまで連戦連勝だと上出来に過ぎると思うわ」
高貴なお方がふたりで話しているが……その視線はこっちを向いていた。
「ああ、僕の事ですか」
上手くいきすぎていると言われても……結構ギリギリの橋を渡っていると思うんだけど……。
「エリオットが予知した未来とはなんだ?」
「えー、巫女姫が病気で倒れる姿と、自分が巫女艦に乗って戦っている姿です」
「ほう……」
そこで皇女殿下が考え込んでしまった。
確かに、タイミング良く病気になるのはおかしい気もする。
「これは、賢人会議に操られておるな」
「賢人会議……ですか?」
中立国の裏の顔。
表の政府とは違う、裏の意志決定機関。
選挙で選ばれない、陰の実力者達の会合のことだ。
「なぜ、そんなことがわかるのですか?」
「他に、そんなことを企てられる者がいないからじゃ」
それはまた、すごい消去法だ。
一択なのか。
「次は、エリオットが狙われるやもなぁ」
「えっ、どうして僕が?」
話から類推すると、巫女姫は賢人会議に狙われて病に倒れたように聞こえる。
そして、次が僕と言われると……不安しかない。
「要塞をふたつも落としたのじゃ、それを削いで丁度良いくらいに思っておるじゃろう」
「そういうものですか」
「…………」
皇女殿下が、珍しく不快な顔をしている。
いつも、余裕たっぷりな顔をしているのが特徴なのに……。
「よし、中立国に行くぞ」
「今からですか?」
「賢人会議に、エリオットが有益だと思わせなければな」
それはつまり、中立国の利益になるように働けということか?
僕は二日間、寝ていない頭を巡らせながら、皇女殿下に引っ張られていった。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます!
ストックが尽きそうなので、十日間くらいお休みします。
次のエピソードで、一区切りという感じになると思います。
お楽しみにお待ちください!




