05 挫折する勇者
「陸上艦を三隻も失うとは、見損なったぞ勇者よ」
ニュートラルテリトリー、賢人会議中立国にある自由連合軍の基地に、勇者と連合艦隊司令長官がいた。
勇者は、片膝を着いて屈辱に耐えている。
「この汚名は、必ず返上して見せます」
「…………」
勇者艦を扱えるということでちやほやされている勇者だが、それも勝利がつづけばこそだ。
司令長官としては、勇者の力量が本物なのか疑問を抱いている。
「報告によれば、敵はたったの四隻でこちらは七隻。しかも、敵にはあの次期魔王との呼び声も高い。帝国第三皇女がいたというではないか」
「くっ……」
もしも、数で押し切れていれば……もっと、慎重に立ち回れていたら、今頃は大殊勲だった。
第三皇女を仕留められれば、魔族帝国のダメージは計り知れない。
現在の帝国を仕切っている、前魔王の弟と長男は暗愚であるという噂が流れていた。
それを、第三皇女の才能で、何とか乗り切っているという体なのだ。
「もう下がれ、しばらくお前の顔など見たくもないわ。余剰戦力はないからな、勇者艦のみで行動するのだ」
「はっ……」
勇者はそれ以上のことを言えずに、その場から下がった。
「リボルハード! どうしてあそこでアイツの言葉を聞かなかったっ!」
勇者艦に戻ってきた勇者は、ブリッジに上がるなり、参謀に怒声を放った。
参謀は、肩をすくめてみせると、眼鏡の位置を調節する。
「エリオットの言う通り動いていたら、今頃は勲章ものだったのに!」
「お言葉ですが、勇者様。エリオットの言葉に耳を貸さなかったのは、私ではなく貴方です」
「なにっ!? お前も反対していただろうが!」
「私は、合理的な説明をして欲しいと言ったまでです」
「減らず口を!」
見かねた副官のエリンが、その間に割って入る。
「こんなときに、味方同士で揉めていてどうするんですか! 二人とも落ち着いて下さい!」
「これが落ち着いていられるか!」
「しかも、耳を貸さないばかりではなく、艦から下ろして見殺しにするなど……勇者としても人間としても、あり得ませんね」
「なんだと……!」
「いい加減にしてください! 艦長と参謀がいがみ合っているなんて、他の兵士に聞かれたら士気が落ちます!」
ブリッジにいる他の兵士達の視線を気にしたのか、勇者が口をつぐむ。
その視線には、少し批難の色が混じっているように思われた。
「くっ、もういい、エリン、勇者艦の発進準備は整っているか?」
「前の戦いのダメージが大きく、修理は完了していません」
「どいつもこいつも、ちんたらしやがって!」
うっぷんを晴らすためか、勇者が壁を蹴り上げる。
今まで、ずっと栄光の道を歩いてきた勇者にとって、今回の失敗は精神的なダメージが大きかった。
もしかしたら、この戦いの決定打になる瞬間に居合わせたかも知れないのに、それをあろうことか、自分が逃したのだ。
全ての人類にとって、どれほどの損失だったのか計り知れない。
だが、勇者も、さすが勇者と呼ばれる存在だ。
頭を切り換えて、次のことを考え始める。
「修理の状況は」
「稼働率は74%ほどです」
修理は徐々に行っていけばいい。
出撃すれば、いくらかは被害が出るだろうが、修理するスピードの方が早いはずだと考えた。
「それだけあれば十分だ、勇者艦発進するぞ」
「待って下さい、せめて稼働率は90%超えないと危険です」
「うるさいっ! 俺は一刻も早く、汚名を返上せねばならんのだ!」
勇者の目に、少し異常なものを感じてエリンが気圧される。
しかし、感情的になっている艦長を止めるのも副官の役目だと、自らを奮い立たせた。
「長い戦いの全てに勝つことは不可能です。負けたときは、より慎重になりましょう」
「士気が下がっているときは、戦いに勝つことが最善だ。出撃するぞ」
「リボルハード参謀長! 貴方からも進言して下さい!」
しかし、リボルハードは肩をすくめただけで何も言わなかった。
「リボルハードも賛成している、発進だ」
これ以上は止められないと悟ったエリンは、諦めて肩を落とす。
「了解しました、勇者艦、発進準備急げ」
無力感にさいなまれるが、この気持ちのままでは戦えない。
エリンは、両手で頬を叩いて気合いを入れ直した。
しかし、リボルハードは更に勇者を煽るように言葉を発する。
「私とエリンは、出撃を止めたことをお忘れ無く」
「参謀長!」
最悪の空気が流れている。
しかし、エリンは勇者のことをよく見ていなかった。
挫折という言葉を知らなかった人間の、逆境という狂気を……。
「…………」
この前は、味方が無能すぎた、一騎打ちならば勇者艦が負けるはずがない。
独特な、自分なりの精神の立て直し方で、勇者は夢想する。
勝利する自分を。
「艦長、どこへ向かいますか?」
「西の街に、陸上艦が集まっているらしい、そこを襲撃する」
行き当たりばったりではなく、一応考えてはいたようだが、エリンは不安に駆られた。
陸上艦が集まっているという場所に、単艦で向かうのかと。
「複数を相手にすることになりますよ?」
「一騎打ちで全て倒せばいい、陸上艦の常識だ」
陸上艦の通れる竜脈は基本的に狭く、二隻並べるところは少ない。
必然的に、陸上艦同士は一騎打ちの形になることが多かった。
多数対多数でも、一騎打ちの連続になってしまうのだ。
勇者は、それを利用する戦いで名を上げてきた。
一騎打ちに、絶対の自信がある。
しかし、先日のような戦いも存在することは確かだった。
二隻並べる場所に布陣して敵を迎え撃つ、竜脈が枝分かれしている地帯で挟撃するなど様々だ。
逆に、そういう地形を意識して、狭い場所で戦えば良いとも言えるが……。
「面倒なら、施設を破壊するだけでも良い、十分な手柄だ」
「敢えて言います、反対です、危険が大き過ぎます」
その言葉に、勇者が雄叫びを上げるように天を向いた。
「手柄だ! 手柄を上げるんだよ! どうして前みたいに俺の言うことを聞かないんだ!」
「エリオットが居れば……あの直感は見事なものでした……惜しい人材を亡くしましたね」
「まだ死んだと決まったわけじゃありません!」
「ダークテリトリーで捕虜になっていればいいですが、それでも、まともには扱ってもらえないでしょうね」
「…………」
考えないようにしていたことだが、エリンは最悪の連想をしてしまう。
エリオットが、死……。
そこまで考えて、頭を振る。
今は、目の前の事態に集中しようと。
「勇者艦、発進準備整いました」
「よし、勇者艦発進だ! 行き先は西の街、エクレガル!」
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