46 要塞司令官の判断
「勇者砲、外しました!」
「気にしないでつづけてください」
「了解しました!」
本当は勇者砲ではないのだが、便宜上そう呼称している。
今まで、砲手は勇者のリューが行っていたので、同じブリッジのスタッフでも、あまり練度がなかった。
「上手く挟み撃ちに出来たね」
「そうです、四天王艦は手強いですが、背後に巫女艦を抱えているので、撃破するチャンスです」
今は、差し合いがつづいているが、クリーンヒットで機能に障害が出始めると、差が出てくる。
エリンは、勇者のスキルの使いどころを考えながらも、優位に戦闘を進めていると実感していた。
「巫女艦は、防御特化とはいえ、この状況が推移すれば相手は心が折れるでしょう」
「心を折る戦いか、心理戦って事なのかな」
「今回は、そういう側面が強いです」
挟撃された敵は脆い。
まず、兵の心が乱れる。
その心の乱れが、作業の精度を狂わせて、ジリ貧となるのだ。
「でも、敵には余裕が感じられるよね? どうしてだろう?」
「どうしてと言われても……」
まだ、それ程に追い詰められていないからだろうか?
あまり悲観的な人間が、軍人に向いていないということもある。
四天王艦に乗っている兵達は、それなりに鍛えられているのだろう。
「逆境に慣れているとか?」
「もちろん、相手は四天王艦ですからね」
確かに、相手は一糸乱れぬ統率を見せている。
一度死線をくぐると、兵は変わると言うけれど……。
練度の面でも、十分に手強い相手ということだ。
「それに、相手は主砲を使ってこないね?」
「それは……使いどころを探っているんでしょう」
どうして主砲を使ってこないのか、それはわからない。
エリンには、それくらいしか言えなかった。
「背後に敵影確認! 重巡洋艦です!」
「え? 逆にこちらが挟まれたの?」
「うっ……」
エリンの動揺は、そのままブリッジの動揺となった。
「巫女姫様、勇者艦の背後に、更に敵が現れました」
「こりゃ、困ったね」
手をこまねいているわけではないのだが、巫女艦は火力が弱い。
空母タイプとはいえ、タグボートもそれ程には積めなかった。
「要塞の戦艦と位置を変えますか?」
相手はそれを狙っているのだろうか?
その戦艦を撃破して、巫女艦が出てくる前に要塞に雪崩れ込む……。
巫女姫は軍属ではあるが、軍人ではない。
そういった、戦術的な観点に自信はなかった。
「ウチには判断できなかねぇ、要塞司令官に聞いてくれん?」
「了解しました、要塞司令に至急判断を仰ぎます!」
「司令、巫女艦より通信です。要塞内の戦艦と位置を変えた方が良いかと聞かれていますが……」
要塞司令官は、思わず眉を上げる。
ここまでの戦いに、ケチを付ける点はない。
このまま状況が推移すれば、要塞が落ちることはないだろう。
「馬鹿な、ビルクランド要塞は巫女艦がいるから戦力が少ないのだぞ、一隻しかない戦艦を撃破されたらどうする?」
ビルクランド要塞の司令官は、職務に忠実な男だった。
要塞を守ることを真剣に考え、ときには寝る間も惜しんで仕事をする。
彼からすれば、ここで戦艦を出す意味がわからなかった。
「しかし、新たな勇者艦が挟撃を受けているようですが……」
「いや、私の任務は、要塞を死守することだ」
少し狭量な考え方かと、司令官は考える。
しかし、勇者艦を助けるために要塞を危険にさらすというのは、本末転倒にも程があるという結論しか出なかった。
「援軍も要請はしている。敵の援軍の更に後方に味方が現れるのも、時間の問題だ」
今、中立国にどれほどの待機艦がいるのかはわからない。
しかし、アルビナフォン要塞の攻撃の手を休めて、待機戦力を作っているという話は司令官も聞いていた。
「では、巫女艦には、現状維持に徹するという返答をします」
「うむ」
現状で考えれば、これがベストな考えだと司令官は確信していた。
「勇者様! 背後から現れた重巡洋艦から攻撃を受けています!」
ズーンズーンという、独特の衝撃が艦に伝わっている。
後部の砲塔も応戦をしているが、やはり挟撃されると艦の軸がぶれて、砲撃も当たりにくくなっていた。
「エリン、大丈夫?」
それは戦況のことだろうか、それとも私個人のことだろうかと考えるが、どちらだとしても返答は決まっていた。
「大丈夫です、ミリア様」
こちらも挟撃しているのだから、敵も苦しいはずだ。
しかし、巫女艦は、タグボートを発進させるばかりで、決め手が無さそうに見えた。
防御に特化した艦と挟撃しても、効果は薄いか……。
今は、要塞が攻められることはないのだから、巫女艦を下げても大丈夫だろう。
「ビルクランド要塞に連絡、巫女艦を下げて、戦艦か巡洋艦と位置を変えて欲しいと伝えて!」




