41 ララ伍長の写真
「モーリス様! 背後に四天王艦が現れました! グリュックエンデと思われます!」
「来ましたか、どうせすぐに撤退するでしょうけれども」
アルビナフォン要塞を攻めている賢者艦のモーリスは、賢者と呼ばれるようになってからかなりの時が過ぎていた。
御年九十二歳という高齢で、とっくに引退しているはずの年齢だ。
だが、その容貌は二十代の後半辺りから変わっていなかった。
賢者と呼ばれる者は、連合側にだけ、たまに登場する英雄である。
勇者や巫女と同じで、軍属でありながらも階級のない人間だ。
賢者艦は、賢者が乗らないと動かせないので、どうしても必要なのだが……深刻な人材不足に陥っていた。
後任の賢者が、難しい思想的な理由でどこかに旅立ってしまうのだ。
モーリスは、実に二代前の賢者である。
それを呼び戻されて、こき使われていることに、嫌気が差していた。
だが、これは、脈々と受け継がれる、賢者艦の一つのパターンではある。
「最後尾に重巡洋艦を配置してあります、回頭させて相手をさせなさい」
「最後尾の重巡洋艦を回頭させます!」
「ふぅ……」
もう、何もかもが嫌なのだが、モーリスの研究には多額の資金がいる。
それがどこから出ているかというと……国からの援助だった。
つまり、賢者艦に乗ってくれと言われたら断れないのだ。
「中立国の連合基地に連絡、四天王艦が現れたので、その背後を突いてくださいと伝えなさい」
これで、二重の挟み撃ちの完成だ。
こうなることは、お互いにわかっていたことなのだが……。
でも、やらなければならないことに、面倒さを感じる。
正直、連合が無くなるということでもない限り、戦争でどっちが勝とうが負けようが、あまり興味を引かれないモーリスだった。
「初撃に四天王砲を使ってくるのでしょう、それを防げば相手は撤退します」
「ど、どのように防ぐのですか?」
「それはもちろん、私の魔法です」
モーリスが、杖をふるって呪文を唱える。
そうして、重巡洋艦の前にオーロラのような光が現れた。
「艦長、敵重巡洋艦の前に防御魔法がかけられました」
そうか、魔法はかけると言うんだなと、エリオットは変なことに気を引かれていた。
「帝国では見たことがない魔法。多分、賢者が使っている」
ユーナ少尉の指摘通りなのだろう。
今、賢者艦にはモーリス様が乗っているはずだ。
攻撃も防御も、ハイレベルな使い手で、右に並ぶ者の居ない魔法使いであると同時に、戦略家でもあった。
これは、ルイン提督もリーゼロッテ様も苦戦していることだろう。
「まぁ、でも、それを使わせたことに意味がある」
「どうして?」
ユーナ少尉と会話が弾むことは珍しい。
「だって、それだけ、前方での戦いが楽になったはずじゃないか」
「こちらが大変になった」
それだけで、また前を向いてしまう。
ユーナ少尉の興味を引くには、どうすればいいのか、ちょっと楽しみになってきていた。
でも、これは……大変なことになるんだろう。
「このままでは、挟み撃ちにされます」
「そうだな、戦艦が背後から出てくると厄介だけど……」
アルビナフォン要塞の攻略で、戦力の出し惜しみはしていないはずだ。
余剰戦力が、背後の中立国にあるとは思えない。
修理中の戦艦とか、そういうのが出てくるんだと思うけど……。
「もしもそうなら、鹵獲できるチャンスだ」
でも、万が一のことを考えるとちょっと怖い。
僕は、チラッとトリシアを見ると、ウジ虫を見るような目で睨み付けられてしまった。
すごく嫌そうな顔だ。
でも、必要なことだとわかっているんだろう、トリシアはポケットから三枚の写真を取り出した。
「えっ……ええっ」
何かと思ったら……ララ伍長の自慰盗撮画像だった。
ぐっ! こんなの有りか!?
僕はもう、貞操帯をされていないんだぞ!
三枚とも違う角度から撮った写真だ。
どんだけカメラを仕掛けているのか……トリシアは敵に回すと恐ろしいことが良くわかった。
「…………!」
そこで、イメージが数回浮かび上がる。
これは……。
「上手くできたら、ご褒美に差し上げてもいいのですよ」
欲しいけど……もしも、こんなものを所持していることがバレたら私刑だろうなぁ。
今後の指揮統制にも関わる。
僕は、写真をトリシアに返すと命令を出した。
「このまま距離を保って、背後から敵重巡洋艦が出てくるのを待て」
「挟み撃ちにされますが?」
「大丈夫だ、相手は一隻で、しかも修理中に緊急発進してきたものだ」
前方の、防御魔法がかかっている艦を相手にするよりも、後ろを相手にする方が余程楽だった。
「上手くいけば、鹵獲できますね」
「そうだ、回頭した後、前方の重巡洋艦から攻撃を受けるから、背面の人員を移動させておけ」
「了解しました」
そして、僕は艦の回頭を命令した。




