40 戦略的撤退
「巫女姫様! 敵、四天王艦が突撃してきます!」
オペレータの焦った声と比較して、巫女姫は余裕のありそうな表情で前を見ていた。
どちらかと言えば、してやったりという顔だ。
「まぁ、えずか事でございますね」
「は、はぁ……」
巫女姫の方言が聞き取れなかったのか、オペレーターが曖昧な返事をする。
それでは駄目なのだが、ここ最近の戦いで、急激に熟練の兵士を失った連合では、新参の若い兵士が多く投入されていた。
「大変なことやて言うたんばい、もちろん冗談で」
「それにしても、皆、同じ事を考えるものですね」
こちらは、巫女艦に長く乗っている副官が、そう返事をしていた。
守りの要である巫女艦の副官ともなれば、そう簡単に変えることはできない。
「空母やとわかると、そぎゃんしとうなるんやろうね」
戦艦と比べて、空母は殴打戦に弱い。
単純な殴り合いをするならば、装甲が弱い分、空母の方が分が悪かった。
でも、この艦は防御に自信のある巫女艦だ。
相手は、早くも手詰まりになったと考えてもいいと思っていた。
「ギミックを用意しろ!」
副官が、そう声を上げる。
「了解しました」
返事をしたのは、空母にはあまり搭載されていない副砲の砲撃手だ。
「グリュックエンデ……幸運ん終わりちゅう意味らしいけど……幸運が尽きたんな、そちらみたいやなあ」
「巫女艦、撤退しません」
四天王艦は勢いよく突撃しているのだけど、巫女艦はその場所に留まっているようだった。
指揮に混乱が生じているとか、そういう問題ではないだろう。
「やはりか」
「そうですね」
まぁ、そんなに上手くいくとは思っていなかったので、どうということは無いけれども、秘密は探っておきたい。
その余裕の正体を。
「ユーナ少尉、どうだ?」
「巫女艦の艦上に変化がある」
相手の変化に一番敏感なのが、操舵士であるユーナだ。
あらかじめ、異変を見ておいて欲しいと言ってあった。
「やっぱり、なんか仕掛けがあるんだ」
「どうしますか?」
どうしようか……誘いに乗るのは嫌だけど、秘密は知りたい。
とはいえ、致命傷になる恐れがあるので、ここは安全に行くべきかな……。
「突撃中止! 艦を回頭しつつタグボートを回収しろ!」
「逃げるのですね?」
「まぁ、予定通りだな、巫女艦の秘密はわからなかったけど、ヒントは得た」
相手は、接近戦を誘っている。
しかし、遠距離からの攻撃では埒があかない……これは、突破するのが難しそうな相手だった。
まぁ、歴代の魔族帝国軍も、巫女艦を倒せていないのだから、僕が恥じる必要はない。
攻めるなら、ハードではなくて、中身の方かも知れないなぁ。
巫女艦に乗り込んで、倒しきれるだろうか?
この、若い女の子だらけの陸上艦で。
「タグボートの回収急げ!」
「艦を回頭する」
減速していた四天王艦が、ゆっくりと回頭していった。
巫女艦からの砲撃も、要塞タグボートの攻撃も激しくはない。
回頭する瞬間はピンチなんだけど、そこを突いてきたりはできないようだった。
「戦艦と位置を変わることもなく、要塞に戻ることもしない」
「自信があるのでしょうね」
単艦でやり合おうというのは、つまりそういうことだ。
でも、まぁ、連合は十分に肝が冷えただろう、効果はあったと思う。
僕たちは、そのまま戦域から離脱していった。
「グリュックエンデ、戦域から離れていきます!」
「試されたんやろうか?」
思わせぶりな突撃だったが、何もせずに撤退していった。
この戦いは、巫女艦の勝ちなのだが……ちょっと腑に落ちない。
「逃げていったのです、威嚇ということでしょう」
「なんとも、探られとーんごたー気持ち悪さやなあ」
ただ勝つだけで浮かれては居られない。
次の戦いへの布石だと思うのが、常識的な判断だった。
「ギミック解除だ」
「ギミック解除します!」
「幸運は、まだあるごたーばってん、ウチが仕留めてみしぇるばい!」
巫女姫はグリュックエンデの背中を見送りながら、再戦を誓っていた。
「ふぅ……」
中立国のプライベートドックに引き返してきた四天王艦は、軽い損傷を修理するために、ドック入りしていた。
ルイーゼロッテ様に巫女艦について報告をして、今後の方針などもやりとりしていく。
「これで、アルビナフォン要塞を攻めている連合は、疑心暗鬼になるだろう」
「疑心暗鬼ですかー?」
照準の細かいチェックをしているマルリースが、相づちを打ってきた。
独り言だと寂しいから、コミュ力の高いソフィアとマルリースが話し相手になることは多い。
「そうだ、西の要塞を攻められたという報告を聞いた連合が思う事は、挟み撃ちにされるという意識だ」
その戦力が、もしもアルビナフォン要塞方面に向けられたら。
攻めている自分たちが、背後から挟み撃ちにされてしまう。
「そーいうもんですかねー」
「そして、そこまで読んでいるならば、あわ良くば、グリュックエンデを挟み撃ちにしてやろうという欲も出るだろう」
挟み撃ちにされた、更にその背後から戦力を出して、挟撃するということだ。
ただ、それを狙うには、要塞攻撃の戦力を減らして、中立国に待機させておかねばならないということだった。
「結果、否が応でも要塞への攻撃の手は緩む」
「お見事です、艦長」
「まーまーじゃないですかぁ?」
「でも、本当に挟まれないようにしないと危険」
「そうですね、連合は、妄想ではなくて本当に狙っているでしょうから、しばらく出撃は控えるんですか?」
妄想なんて酷い。
意思統一をするために、話しをしているのに。
「出撃はする、次はアルビナフォン要塞側だ」
僕は、みんなにそう告げていた。




