38 次の一手
「…………」
僕は手持ちぶさたにしながら、壁に貼ってある表を見ていた。
新たに、ユーナとソフィアのところにも赤いシールが貼ってある。
トリシアのところにふたつ張ってあるけど、これで全員、一度は僕にナニをしてくれたわけだ。
「…………」
そういえば、みんなでしてくれるという約束はどうなってしまったんだろう?
べ、別に期待しているわけじゃないけれど……。
貞操帯が無くなった今、そんなことを気にしてしまう。
「いやいや……」
まさか、それを言い出すことはできない。
さすがにそれは最低だろう。
「艦長」
「ひゃ、ひゃい!」
「は……?」
僕の返事の声が裏返っていたからだろう、トリシアが不審な目を向けてきた。
取り繕うように咳払いをすると、つづけてくれとばかりに話をうながす。
「侍艦と賢者艦が、アルビナフォン要塞に押しかけてきているそうです」
侍艦と賢者艦は、既に性能もよく知られている上級艦だ。
侍艦は火力特化の戦艦で、賢者艦は空母だけど、艦長の賢者様の魔法を増幅する力があるらしく、臨機応変に戦える陸上艦だった。
「じゃあ、君主艦と巫女艦がライトテリトリーにいるわけだな」
ライトテリトリーでは魔法が弱くなり、スキルが強くなる。
イマイチ、連合で魔法が活用されないのはそれが原因だとされていた。
もちろん、帝国にもスキルはあるし、連合にも魔法使いは居る。
でも、中立国からもたらされる科学の産物の方が、連合には受け入れられ易かった。
「君主艦は、連合首都にいるでしょうから、巫女艦は東西どちらかの要塞を守護していると思われます」
中立国を出て、ライトテリトリーに入ると東西に要塞がひとつずつある。
そのうちの、どちらかに巫女艦が居る公算が高い。
「巫女艦を避けますか?」
巫女艦は防御特化した艦だ、避けた方がいいだろうけど……叩けるなら叩いておきたい。
でも、帝国で言うと、ルイン提督のようなもので、正面からの突破は難しいだろう。
「僕らの役目は、陽動だ。戦わなくてもいいかな……」
一騎打ちで倒せるほど、巫女艦も甘くはないだろう。
僕らの役目は、連合の背後を突くこと。
背後を突かれるとわかれば、アルビナフォン要塞への攻撃の手も鈍るだろう。
相手に疑念を与えればいいんだ。
後ろからやられるという疑念だ。
「連合に、予備の戦力はあるでしょうか?」
「そんな余裕はないと思うけど、あったら挟み撃ちになるね」
僕らが出撃している間に、東西の要塞から救援の要請が出る。
すると、一本の竜脈上で、四天王艦が挟み打ちにされるということだ。
アルビナフォン要塞では、激戦がつづいているという。
そちらに戦力がかかりきりで、遊撃である僕らを撃つ余力なんてないと信じたい。
「しかし、いずれは対策されるでしょう」
「そうだね、そのときは、それで考えよう」
背後を突く行動をつづけていたら、それに対応してくるのは当たり前だ。
もちろん、挟み撃ちにしてこようとするだろう。
でも、それはチャンスでもあるはずだ。
「では、手始めに東西どちらから攻めますか?」
「うーん……」
僕が見た予知は、それとは関係のないものだ。
もっと決定的な場面を見た。
どうしたら、そうなるのか難しいけれど……。
気が付くと、トリシアが嫌そうな顔をしている。
「ち、違う、これは悩んでいる振りじゃない!」
僕が、まるでぱんつを見せろと言っているように見えたんだろう。
そりゃあ、その方が勝つ確率も高まるけど……。
ブリッジのみんなが、思い思いの顔で僕を見ている。
マルリースはジト目、ソフィアは赤い顔、ユーナは身体を手で隠していた。
僕は、淫獣か何かなのか。
「んんっ……」
取りあえず、僕は咳払いをする。
「グリュックエンデの足を生かして、要塞に攻撃、すぐに反転して逃げよう、それでどちらの要塞に巫女艦がいるか、調べればいい」
「了解しましたが、どちらから攻めますか?」
どちらからでも同じだけど……。
「じゃあ、西からやってみるか」
「了解です、早速、出撃の準備を始めます」
「また、要塞が相手ですかー、腕が鳴りますね」
にわかに、ブリッジが慌ただしくなる。
トリシアは、マイクで出撃の準備を始めるように艦内放送を始めた。
ソフィアは、中立国に出航の手続きを求めている。
ユーナは、機関室と連絡を取って、エンジンの始動を確認していた。
さあ、ここからは命のやりとりだ。
何もかも、そう簡単にはいかないぞ。
僕は自分を激励するように、冷たくなった紅茶を煽ると、紙コップをごみ箱に捨てた。




