27 スパイの暗躍
「ん……?」
真夜中の就寝時間、誰かに身体を揺すられて、僕は目を覚ました。
なんだろう、緊急事態じゃないよな?
「艦長」
「トリシアか……どうしたんだ?」
「目は覚めましたか?」
「あ、ああ……大丈夫だ、何かあったのか?」
トリシアは大まじめな顔をしている。
まぁ、大体、こういう顔をしている子なんだけど。
「艦長にお話ししておきたいことがあります」
「なんだろう、僕で良ければ聞くけど」
「いえ、悩み相談ではありません。プライベートドックの情報を外部に漏らしていたのは私だと言いに来ました」
「へぇ……?」
え? 聞き間違いか?
つまり、スパイはトリシアで、僕にそれを教えに来たと?
「どうして僕にそれを教えるんだろう? スパイの意味が無いじゃないか」
「艦長は、皇女殿下に首輪を着けられて困っているのですよね」
「まぁ、そうだけど、質問に答えてくれないと困るかな」
眠気がいっぺんに覚めた。
こんな冗談を言う子ではない。
これはあれか? 共犯になれということか?
トリシアが、細い棒のような物を僕の首に押し当てると、何か呪文を呟いた。
魔法か?
「あれ……?」
首を締め付けていた感触がない。
ふと、膝の辺りを見ると、破れた首輪の残骸が落ちていた。
「え? じゃあ……」
ということは……これで自由になれたのか?
いや、貞操帯があるけど、どこかで切ってもらえば切れるのか。
「結構高いアイテムなんですよ」
「どうして、僕の首輪を外してくれたんだ?」
「これは、報酬の前払いのようなものです」
つまり、何かをしろということか。
トリシアが連合国のスパイだというなら、僕を助けてくれるのもわかるけど……。
「私は、前魔王の長男であるリュデイガー元帥の手の者です」
なんか、無能だと噂の長男か。
トリシアが、そんな男と手を結んでいるのは意外だ。
「そうだったのか……でも、それで僕にどうしろと?」
「艦長を、リュデイガー元帥にお引き合わせしますので、着いてきてください」
「え? 今から……?」
というか、皇女殿下を裏切れって事か……?
そりゃあ、首輪をされていないんだから、従う理由はないんだけど……。
「このまま、ここで一生飼い殺しにされたいのですか?」
「いや、もちろん嫌だけど……そう簡単に裏切れないよ」
トリシアは、仕方がないなという顔をしている。
勇者が僕を追放しなければ、元々は連合にいたんだし、更に鞍替えするというのは、どうにも不実に思えた。
「では、強制的に連れて行きます。制服を着て下さい」
トリシアが僕に剣を向ける。
無理矢理って事か……仕方がないのかな。
僕は、元から虜囚の身だし。
取りあえず制服を着ると、小型のタグボートに乗って中立国を出た。
「トリシアもリュデイガー元帥のところで働くのか?」
「私は、皇女殿下の元でスパイ活動を続けます」
小型艇に乗ってから、僕は自由だった。
剣を向けられることもなく、トリシアは運転をしている。
「ユーナ少尉はこのことを知っているのか?」
「あの子は何も知りません」
そうだろうな。
あまり嘘が得意そうには見えない。
「しかし、驚いたよ。まさか、トリシアがスパイだったとは」
皇女殿下は、ブリッジ要員の四人は信じていいと言っていたから、まんまと騙されているということだ。
僕も、すっかり騙されていたわけだけど。
それから、半日ほどかけて、小型艇は艦隊の元にたどり着いた。
「リュデイガー元帥、こちらがエリオット准将です」
「やあ、アルビナフォン要塞を奪ったのは、チミの手腕らしいねぇ」
僕よりも年上だろうか、魔族の年齢は良くわからないが、人間で言うと、二十四~二十五歳くらいの男だった。
これが、次期魔王の椅子を争っている長男か。
ちょっとキザな感じで、魔王っぽくはない。
どっちかというと小物な感じで、ヒョロかった。
軍服を勲章やマントで着飾っていて、重そうに見える。
「んー、前魔王の弟であるアッシャー元老院議長は、ミーの配下になることを拒みました、よって死刑と致します」
「はぁ……」
それを僕に言ってどうするつもりなんだろうか。
まさか、僕に殺れって事なのか?
「さあ、その手腕をいかんなく発揮して見せなさい!」
「え?」
手腕? 何を言っているのかわからない。
「艦長、いえ、エリオット准将、この艦隊を率いて、アッシャー元老院議長の艦隊を破れと言っているのです」
「え、だって……え?」
もう、僕は首輪をされていないんだから、このまま逃げることだってできるかも知れない。
なんとかかんとか理由を付けて、中立国にまで行けば……それから連合に帰ってもいい。
「…………」
でも、今更、僕を受け入れてくれるだろうか?
勇者に、魔王軍で働いていることは伝えてあるし……皇女殿下のことも気になる。
いつの間にか、忠誠心のようなものが芽生えていたらしい。
ずっと首輪をされていたから、精神が毒されたのかな?
まぁ、陸上艦の艦長になるなら、一隻だけでも盗んで、皇女殿下のところに帰るのも良かった。
「チミには、我が四天王艦、エヴァンゲーリウムの参謀になって貰います」
あれ? 参謀じゃ動けないじゃないか。
じゃあ、ここで働かなくちゃいけないって事か。
「チミに、新しく首輪を着けてもいいのだけれどねぇ、ミーはそれほど悪趣味ではないのだよ」
「……ありがとうございます」
「それでは、私は皇女殿下の元に戻ります」
「うん、エリソン家のご息女も、引き続き頼むよ」
エリソンは、トリシアのファミリーネームだ。
どうやら、それなりの家柄らしい。
「失礼いたします」
トリシアは、僕をチラッと見ただけで、そのまま部屋を出て行ってしまった。
なんか、心細い。
「さあ、チミには新しい副官を付けよう、ミーの妹でフィリエルの大神官であるジュディスだ」
リュデイガーの近くにいた女の子が、僕に礼をする。
お祈りを捧げるような礼の仕方だ。
「あの……ジュディスと申します……よろしくお願いいたします……」
皇女殿下の姉なんだろうか?
トリシアと同年代に見えるけど、軍人では無さそうだ。
優しげで、儚げで、幸薄そうな感じだ。
基本的に、おどおどとしていて、育ち方が違ったんだろうなと思う。
「ジュディスは、帝国の第二皇女なのですよ」
「そ、そんな方が僕の副官なのですか?」
「スキルだけは立派ですから、存分に役に立ててくれたまえ」
僕に拒否権などあるはずもなく、艦隊の参謀としての仕事が始まった。




