19 ハニートラップ
賢人会議中立国。
選挙によって代表が選ばれる国で、魔法と科学が発展している国家だ。
陸上艦が発掘される遺跡を持たないため、小規模な軍事力しか保有せず、基本的に中立の立場を守っている。
だが、裏では陰の実力者達が国の行く末を決めていることを、国民の誰もが知っているという、歪みも合わせ持っている国だ。
「エリオット、こっちじゃぞ!」
魔王艦の隣にドック入りした四天王艦を下船すると、遠くから子供の声で名前を呼ばれた。
これは、ルイーゼロッテ様だろう。
どこから呼んでいるのか声の主を捜すと、ドックの出入り口の辺りに護衛と一緒に歩いているのを見つけた。
これから、街に繰り出すのだろうか。
僕は、忠犬のようにそこまで走って行く。
「ルイーゼロッテ様、お出かけですか?」
今日も、小さい頭にツインテールがよく似合う。
自信満々の笑顔も、キュートさに溢れていた。
……あれ? なんで僕はそんなに皇女殿下のことを慕っているんだ?
どっちかというと、恨んでいてもおかしくはないはずなのに……。
「これから野暮用じゃ、中立国のジジババを相手にするのは疲れるから嫌なんじゃがな」
どうも、政治的なお仕事らしい。
軍人でありながら、そっちもこなさなければならないのは大変だろう。
というか、帝国にはシビリアンコントロールなんて無いんだな。
「大丈夫なんですか? 狙われたりするんじゃ……」
「そりゃ、連合国もお人好しではないからの、こちらの動きを掴んでいれば、狙われんこともないじゃろう」
「スパイが……いるんですかね?」
さすが、プライベートドックと言うだけあって、働いているのは全員魔族帝国の人間だ。
ここに入り込むのは難しそうだけど……それをするのが、スパイというものなんだろう。
「整備員にも、スパイのひとりやふたりいるじゃろう、肝心な部分は信用できる者にしか触らせんから、安心せい」
「スパイがいるんですか!?」
僕は驚くが、皇女殿下は当たり前という顔をしていた。
「いるじゃろ、いないわけがない」
「あ……」
「まぁ、そういうことじゃ」
そうか、スパイと言っても、敵は連合だけではない。
中立国もあるし、魔族帝国内部の権力争いもある。
なんというか……こんな辛い環境なのに、僕よりも小さな女の子がその指揮を執っているというのが、なんとも不憫だった。
……あれ? どうして僕はそんなに、皇女殿下に肩入れしているんだ?
「でも、いいんですか? 放っておいて」
「肝心なところを掴ませなければそれでよいのじゃ」
「そういうものですか……」
スパイを全て疑っていたら、やってられないのだろう。
信頼できる人間も、遠ざける結果になるだろうし、次から次に沸いてくるスパイには対応しきれない。
「それよりも気をつけるのじゃぞ、お前は間違いなく狙われる」
「狙われる? 僕がですか?」
将官になったとはいえ、狙われるほどではないと思う。
「四天王艦の艦長なのじゃ、当たり前じゃろう」
「僕のそういう情報も、出回っているんですか?」
「生き馬の目を抜くというやつじゃな、貴様、参謀などしておった割にはのんきじゃのぅ」
呆れたような声でそう言われる。
狙われるような重要人物になったことがないから、わからない。
「ちなみに、何をされるんですか? やっぱり暗殺?」
「そりゃお前、男なんじゃから、ハニートラップじゃろう」
「ハニートラップなんて、僕にはあり得ませんよ」
「チョロそうじゃからのぅ、心配じゃなぁ」
そんなことを言われても、どうしようもない。
そこで、お付きの下士官が皇女殿下に耳打ちした。
なんだろう、僕の方をチラッと見たけど……。
「早速来たぞ、中立国からエリオットにプレゼントだそうじゃ」
「ぷ、プレゼント!?」
「まぁ、このくらい自分で上手く切り抜けるのじゃ、ワシは忙しいから行くぞ、女には、せいぜい気をつけるのじゃぞ」
僕は、呆然としながら、その背中を見送った。
「あっ、エリオット様ですね、私は賢人会議中立国の中央官庁に勤めているアリーナと申します」
「はい、どうも……」
僕を訪ねてきたのは、アイドルかと思うようなすごい美少女だった。
勤め先も、結構アバウトで、いかにもハニートラップな感じがする。
というか、若すぎるだろう、みんな僕のことをロリコンだと思っているの!?
ハニトラと言えば、もっと妖艶な美女とかじゃないの?
「ちなみに、どんなご用件でしょうか?」
「エリオット様のご活躍を聞き及びまして、魔族帝国の方が中立国内で安心して生活できるマンションをご用意させて頂きました」
「マンション? 僕にですか?」
「そうです、将来有望な人物に、中立国の住居を提供させて頂くのは、慣例になっているんですよ」
「そ、そうなんですか……」
別に、命を狙われるとは思っていないけど……安全な住居をくれるというのなら、貰っておいた方が良いのかも知れない。
僕は、勇者のリューのように強くはないし、皇女殿下のように警護の兵が付いているわけでもないのだから。
下船したときに、住める家があるのは悪い話ではなかった。
「あ、じゃあ、もらいます」
「はい、ありがとうございます、これからご案内しますね」
ホイホイ着いて行っていいものなのか、ちょっと不安だけど、いきなり殺されはしないだろう。
僕はその案内に、着いていった。




