10 操舵士と射撃手
「アルビナフォン要塞より、多数のタグボートの出撃を確認しました」
「うん」
ソフィアの軽やかな声がブリッジに響き渡る。
Mの人だと、こういう逆境に燃えるのかな?
レーダーに捕らえているということは、それだけ要塞に近づいているということだ。
「さて……どうしようか」
大きな要塞は、もう視認できるところまで迫っている。
シャレや冗談では済まない状況だ。
「…………」
本当に要塞まで来ちゃったけど……もう、やるしかないよなぁ。
いざとなったら撤退できるようにしておかないと、ここで命が果てることになってしまう。
「艦長、こちらも、タグボートを出して応戦しますか?」
反応の悪い艦長に痺れを切らしたのか、トリシア中尉が命令を催促してくる。
キビキビしているのが好みなんだろう。
「いや、こちらのタグボートは、敵の陸上艦が出てくるまで待機だ」
「待機ですか?」
「そうだ、要塞砲塔とタグボートの撃破に努めつつ、接近する」
要塞攻略の第一歩は、取り付くことだ。
要塞からの攻撃を受けなくなり、内部での白兵戦が主となる。
外側から完膚無きまでにたたき壊すという、直接的な要塞攻略には戦力が足らな過ぎた。
「くっふっふっ、こういう細かいのも四天王艦なら楽勝なんですよー!」
マルリース少尉が、火器管制用の座席から画面の照準にターゲットを合わせていく。
旧型なんだろう、酷い駆逐艦の場合、全部素手で照準を合わせるタイプもあったが、今乗っているのは四天王艦だ。
レーダーに映っている敵のタグボートをロックオンして、迎撃用の魚雷を発射した。
「いいいっけーいっ! 全弾発射だぁっ!」
全弾は一度に発射できないので、勢いだろう。
でも、話半分くらいには密度の濃い弾幕だった。
アルビナフォン要塞から出撃してきたタグボートの、前衛集団を一掃する。
やってみるとわかるが、魚雷を敵に当てるのは割と難しい。
もちろん、敵は動くし、微妙な角度調整なんかでも結果が変わってくるからだ。
普通の砲塔も当てるのは難しいが、魚雷が一番難しいはずだった。
「その調子です、遠慮無く当ててください」
「もちろんですともー! つづいて砲撃開始だぁっ!」
揺れる船に固定されている砲台も、当てるのは難しいはずなのだが……結構当てている。
マルリースは本当に優秀かも知れなかった。
絶頂しなければだが……。
「三十分もすれば、敵の陸上艦が現れるでしょう」
「要塞の主砲はどうなっている?」
「要塞主砲はニュートラルエリアに向けて固定されたままです。こちらには撃てません」
連合にいた頃に要塞に立ち寄ったことがあるけれど、そのときのままだ。
改修作業が行われているはずだが、間に合った。
「…………」
僕の直感というか予知によれば、要塞は副司令が指揮していて、陸上艦の艦長とは齟齬が出ている。
その辺りも、期待したいところだ。
「よし! 敵艦が現れる前に制陸権を取るぞ!」
「副司令、要塞守備隊の被害が甚大です……」
それは、出撃する前からわかっていたことだ。
陸上艦の支援もないままタグボートだけが突撃して、ただで済むはずがない。
「仕方がない、今は彼らに粘って貰う他はないんだ」
そうやって足止めしている内に、陸上艦の発進準備が整う。
そうなれば、戦力は一時的に拮抗するはずだ。
それをあと四時間つづければいい。
勝てなくても良いんだ、拮抗すればそれで……。
要塞副司令の頭は、その考えでいっぱいになっていた。
「陸上艦、二番艦の出撃準備が整いました」
「よし、出撃だ! 敵艦を要塞に取り付かせるな!」
要塞に取り付かれてしまうと、攻撃手段が限られてしまう。
要塞内での白兵戦ともなれば、もうどうなるかわからない。
いや、外から攻撃できる分、守備隊の方が圧倒的に不利だった。
「敵、陸上艦を確認。戦艦が一隻です」
ようやく出て来たか……二対一になるかと思ったが、相手はスピードを優先させて、取りあえず準備が整った艦を出撃させてきたようだ。
相手は焦っている。
もしくは、僕が何か見落としているか……?
いや、もうやろう、プラン通りにやってしまおう。
「四天王砲を使う、上手く戦艦に当てられたら、次の陸上艦が出てくる前にタグボートで要塞内に入り込め」
「四天王砲は、次のチャージまで一時間かかります。よろしいのですね?」
「かまわない、押せ押せでいけ」
「マルリース少尉、撃ちなさい!」
「待ってましたよーっ! 大人しくしてて下さいねーっ!」
上下に揺れている艦の砲塔、それも前進しながらの射撃。
操舵士のユーナ少尉は、速度をゆるめることなく、なるべく艦を水平に保ってくれているようだった。
マルリースの砲撃は、ユーナの操舵の上に成り立っている。
これは、この上ない組み合わせのようだった。
第三皇女様は、こういうシナジーも考えていたんだろうか?
「ふああああぁぁっ! 行きますよぉぉぉっ! 四天王砲……ファイヤぁぁあぁぁーっ!」
慎重に照準を絞っていたマルリースが叫び声を上げる。
それは、雄叫びというよりも、オーガズムのような叫び声だった。
実弾ではない四天王砲のエネルギー源は定かではない。
でも、その虹色の光は直線を描きながら、敵の戦艦に吸い込まれていった。
「ンヒイイィィィィィィットぉぉぉっ!」
マルリースがぐったりとしている。
相手に直撃したスクリーンを見て、満足そうに息を荒げていた。
重厚な装甲を持つ戦艦なのに、一撃で半壊させている。
「さすがマルリース少尉です、反動の大きい四天王砲を、まだ一度も外していません」
「でも、これでもう一隻の陸上艦が出てくるはずだ、敵が後退するタイミングで、タグボートを突撃させろ!」




