鷹と狼
「・・・何だこれは・・・?」
ネオ汐留の本社、緑川吉雄の視線はPC画面に釘付けになり思わず呟いていた
WEBでアクセス殺到!「スネーク・マン」限定配信!
その外国コミックを基にした映画の名前は見覚えがあったーーー緑川にもそのプロモート依頼はあったが、余りにお粗末なCGを多用した映像と内容の無さに成果は殆ど期待出来ないと判断し、他舞台のプロモートに集中していた緑川は酷く驚いたのだった
(新機種プルーレイ機能を駆使しての限定配信・・・?アナログでの配信を全くしていないのか?フュギュア等関連限定商品・・・一部マニア・・・既存コミックマニアからの口コミ・・・)
緑川の明晰な頭脳はHPのミーハーな記事からのプロモート概要を次々と読み取った。全体が消費者の独占欲を煽っていた。「自分しか知らない」「自分がこの作品を有名にしてやろう」という意識を煽っていた。トラックバック・リンクーーー個人世界観と混沌世界を結びつけるWEB媒体を駆使したプロモートーーーそして
(このPV・・・!)
ーーーどうだ?この作品の迫力は?ストーリーだのなんだの細かいことを言うな!さあ楽しめ!
そう、最大限の意志を持って見る者全てに熱を伝えていた
プロモートは 白鳳堂
緑川の人脈と情報網は、そのプロモート企画の中心である担当者名を突き止めた
可児 聡
「いらっしゃいませ緑川様。本日はご来店ありがとうございます!」
扉の前に立つ、非常に華奢な美少年はーーー淡い色の髪を肩まで垂らし、深い海底を思わせるような大きな蒼い瞳が非常に印象的な人物だった。非常に若い。未だ十代ではないだろうか?少女にも見えまた少年にも見える不思議な魅力を持ったホストだった。その溌剌とした澄んだ声は耳通りがよく、立ち姿も首を傾げるような仕草も育ちのよさを感じさせるーーーなるほどと緑川は一度瞬きをした。これは広告塔としては申し分ない
「光ちゃーーーん!お元気ーーー!?」
「え・・・?豪さん?いらしてたんですか?」
いきなり豪は立ち上がり光に抱きつくようにその腕に抱えた。驚くNO.2−−−光は困ったように笑いながらもゆっくりと腕を外させ笑うーーー豪のような傍若無人な人物のあしらいに余裕すら感じさせる
「うん!今日来る予定なかったしー・・・だったんだけどー・・・あのイジワルなオジサンがね来るって聞いちゃったから急いで来たの。この間豪ちゃんあのオジサンに苛められちゃってさあ、仕返ししてあげようって思ったんだ!」
豪はふざけた言葉とは裏腹の視線を緑川に送る
「でね、この子可児くん。豪ちゃんの最終兵器!ねえーーー光ちゃん。可児くんすっごくアタマいいからさあ、光ちゃんのPV作って貰おうよ!ね?」
豪は可児に来い来いと手招きするーーーだがその言葉に静かに反応したのは緑川だった。なるほど、豪がこの場に可児を連れて来たのはそういうことかと。自店のプロモートを断わった緑川に対し一種制裁を加える気だったのだ。可児という、広告業界の天才を使って。緑川のプライドを粉々にする事が目的だったのだ
「・・・あ、あの・・・僕は・・・可児・・・です・・・」
「可児様?ですか?私は光と申します。初めまして!」
無理矢理光の前に立たされた可児は俯き両手を前で組んでしまったーーーアルコールでは無く目の前のホストに対して非常に顔を紅潮させていた
「どちたの可児くーん?他のホストさん達見てもすごい〜の連発でびっくりしてただけの君が何でそんなになってるのかちらー?」
豪は笑いながら可児の背中を叩くーーー可児は非常に衝撃を受けていた。以前から「Poke−danz」の舞台衣装商品化のプロモートなどを幾つか引き受けていたとはいえ、本日夕方一時間程前に豪からいきなり連絡を受けーーーネオ赤坂本社受付に呼び出されーーー半ば強引に彼のセルシオに放り込まれここ「Yamato−nadshiko」に連れてこられたのだ。初めて見る最高級の社交場。美しく着飾った女性客、その辺の芸能人などよりも余程洗練されたホスト達、優雅な音楽、調度品、雰囲気ーーー仕事上の付き合いでネオ銀座などの高級店などにも何度かは行ったがここまでのものは無かった。基本的に本社か自宅でパソコンを打ち込んでいる可児にとっては全く見るもの全てが初体験であり衝撃であった。可児は営業というよりもプログラマーに近い部分がある職人肌の男であった。その意味で一種人付き合いが苦手な可児にとって社交場とは苦手なものという認識があった。どれほど美しく世俗に手馴れた社交ホステスであってもやはり苦手だった。こ慣れたあしらいをされる度に、画面上の人物を見ているような錯覚を彼は感じた。接客業というものは得てしてそういうものなのかもしれないがーーー物の本質を見極めるーーー天才である彼にとって表面上のテクニックを駆使する接客業の専門家はーーーしかし現在目の前に立つ人物はどうだ?このような最高級クラブのNO.2というイメージではない。素人っぽいという意味ではなく人間の種類が違うような。造形が美しいというだけではなくーーー非常に無防備で穏やかで、親しみやすさの中に崇高な雰囲気が内在する、接客業の一種わざとらしさが全く無いーーー稀有な存在。希少な宝石の原石
「お酒回っちゃったんですか?顔赤いですね?豪さんまたムリに飲ませたんじゃないですか?」
「んふふふー可児くんはお子ちゃまだからオトナのお遊び教えてあげようと思ってさー。可児くんアタマはイイんだけど人付き合い苦手なんだもんー豪ちゃんはね、そんなダメダメ営業マンの可児くんを成長させてあげようと思ってさ!やっさしいでしょーもっと好きになっちゃったあ?豪ちゃんのコト!」
小千が光に静かに視線を送るーーーこの場の主役は緑川であると
「豪さん、皆で呑みましょう。可児さんも」
穏やかなーーー反論しようなどと思わせないーーー笑顔を豪と緑川に向けて光はテーブルに向かう
「緑川様、お隣よろしいですか?」
また首を小さく傾げてーーーああ、確かにオーナー好みではないなーーーと緑川は認識する。しかし今の社会に合った、不特定多数への広告には最適だ。現在のNO.1であるホストはプロフェッショナルとしての雰囲気が完璧すぎるから
「どうぞ、こんばんは・・・光さん」
緑川もまたにっこりと笑い隣に座るよう促す。豪も可児もまたソファに座りグラスを持った
「聞いてるかな?私は君のプロモートをするようにオーナーにお願いされてね、今日来たんだよ」
緑川は酒を飲み干し光に話題を振るーーー直にーーーどのような反応を返すか?既に緑川の見極めは始まっているのだ
「いえ、私はそのようなお話は伺っていませんが・・・緑川様は広告業界の素晴らしいビジネスマンとお聞きしています。お店がもっと栄えるようにして頂ければとっても嬉しいです」
小千は勿論分かっているーーー豪も。可児は何故か黒鞄からゴソゴソとノートパソコンを取り出していた
「そう・・・オーナーはね、君をNO.1にしてメディアへの広告塔にしたいらしいんだね。君はそれをどう思う?やってみたいかな?皆に注目されて、ちやほやされてーーーでも反面危険もあるよ。この店は今までメディア露出を殆どしていなかったから、その方向を変える象徴となる君に対して他のホスト達やお客様方々からの負の感情も向けられるだろうね。相応の覚悟が必要だよ?」
光は驚いたような表情をしているーーーウソを付けない性格なのか。それとも完璧な接客業としての仮面で演技をしているのか
「私は・・・接客業も一つの営業だと思います。お客様とお話して自分という商品を売り込み、そしてご連絡等をさせて頂きまたお店に来て頂く。そうして頂ければ私の収入も増えます。営業の方のインセンティブと同じ概念だと思います」
何ともしっかりとした受け答えをすると思ったーーーその年若い年齢とは裏腹に
「でもーーーそれは危険なことでもあると思います。お客様ーーー人の感情を操ることでもあるのですから。ですから私はその面での危険は覚悟しています。そして自分という商品を誠心誠意信用して頂き、決してお客様のお気持ちを裏切らないようにすることが一番大切なことだと思っています。売り上げを上げることがホストとしてのアイデンティティーですが、その為に誰かを傷つけたり辛い思いをさせるようなことがあれば私は自分を嫌いになります」
その場にいる男達は皆ーーー澄んだ声で発せられる、強い意志を象徴する美しい言葉に耳を奪われる。乾ききった筈のココロに清水が潤うように
「私は自分を嫌いになりたくありません」
ふと、小千がインカムを抑えた
「ですから、広告塔になったとしてもどんな感情を向けられたとしてもーーー私は今の私を変えるようなことは絶対にありません」
カタカタカタ・・・・不意にVIPルーム内にキーボードを打ち込む音が響き渡った
「−−−可児くんナニしてんの?」
豪が隣に座る可児を嗜めた。可児は膝の上に乗せたノートパソコンのキーボードをもの凄い速さのブラインド・タッチでーーーそのような行動が許される場ではない
「・・・webバイラルでの宣伝効果を狙って・・・エッジの効いたPV作成して・・・シーディングはYou loveとネコネコにUPと同時に関連各社にメール・ブログ紹介依頼を300件程度でいいかな・・・サーチエンジンへはもれなく登録して・・・トラックバックが簡単に使えるようにしておいて・・・」
可児は嗜める豪の声など聞こえないかのように体を丸めて画面に見入っている。その場の人間の注目が集まるが全く意に介していない
「・・・名前は・・・PVでは名前を出すのは控えよう・・・これなら名前を知っているだけで自慢になるし・・・閲覧者が無名を発掘している気分になるよな・・・口コミ効果がかなり期待できるし・・・」
「可児君ーーーその手法では・・・TVCMと違い、基本閲覧者に対しワンチャンスしか与えられないね。毎日アップロードされる何万という動画コンテンツの中に埋没して一度も大勢の人に見られないまま終わる可能性のほうがずっと高くなってしまうんじゃないかな?」
可児の呟きに強烈に反応していたのは緑川だった。その呟きは同じ広告営業マンとして余りにも的確な---
時代に合わせたプロモートだったのだからーーー
「僕はそんなPVは作りません!」
バッと顔を上げ可児は緑川をーーー睨み付けた。先程までの気弱な少年の面影は消え失せーーー
「この方なら・・そんなPVはありえません!僕がこの方の魅力を最大限に伝えるPVを作ってみせます!」
緑川の鷹の視線に全く怯まない可児のーーーギラギラした狼の如き視線が真正面からぶつかる。若さという勢いを加えられた天才が、カリスマである緑川に真っ向から自らの意志を伝えていた
僕の手法を否定することは誰であろうと許さない
僕は仕事に誇りを持っている
僕はこの魅力的な宝石の原石をもっと光り輝かせる為に仕事をしたいんだ、とーーー
「−−−NO.2、お話の途中ではありますが少々ホールにお戻り頂けますか?」
一触即発ーーー豪すらも無言であるその場に、全く動揺の無い小千の穏やかな声が響き渡ったーーー可児はその言葉に我に返ったのかハッ・・・というように息をつき手を顔にあてて頭を下げるーーー混乱しているように。大先輩である緑川に若輩の身で生意気な態度を取ってしまったことに慌て申し訳なく思い
「・・・何かありましたか?」
光は静かに立ち上がり小千に近づくーーー小さく一つ頷く
「申し訳ありません緑川様。私少しだけホールに戻らせて頂きます。お客様がお帰りなのでお見送りだけして参りますね」
その場の緊張感を振り払うかのような澄んだ声。ふっと肩の力が抜けるような光の笑顔
「ああ・・・構わないよ。お客様は神様だからね」
口調を穏やかに、少々のふざけた声色を含ませて緑川は承諾した
「光ちゃん、豪ちゃんもう自分のテーブルに戻るから後で来てね〜」
豪もまたにっこりと笑って手を振る
「−−−豪、さん・・・あの・・僕・・・ひ・・・光さんと・・・僕、お話・・・したいん、ですけど・・・」
可児は豪の袖を掴むように、しかし視線は光をちらちらと見ている
「後でお邪魔させて頂きますから!可児さんもお帰りにならないで下さいね!」
にっこりと満面の笑顔でーーー光は小千に伴われてVIPルームを出て行った
「緑川さんごめんね。可児くん若いからさ〜ごめんしてあげてね」
豪は俯いている可児の髪をわしわしと掴み頭を深く下げさせた
「いや・・・構わないよ。若い内はそれでいい。私も昔はそうだったからね・・マニュアルに縛られた去勢された犬より、ギラギラした狼の瞳の方が時代を的確に掴み取れるだろうしね・・・」
緑川は勿論一流大学出身であったがーーー広告業界はその見た目や認識度と反比例して地味な仕事が多い。新人はどこの出身であろうがまず雑務だ。薄給でもあり基本労働時間などあってないものという認識もある。実際の求人の多さと転職する人間は常に変動し入れ替わりーーーその中から本当に仕事に対して真摯に、また獣のような執着を持って遂行しようとする人間だけがキャリアを積む。派手なイメージとはかけ離れた業界なのだ。緑川もまたそのような辛酸を嫌というほど舐めてきた。歯を食いしばり屈辱に耐え、自らの冴えた外見を覆い隠すように髪を乱しーーーやっと今の地位を築いた。長いキャリアから叩き込んだノウハウを駆使して。しかしーーー可児は違う。世代間の違いもあるが彼はキャリア・ノウハウを叩き込む前からその先進たる手法を自らのセンスから発するーーー天才
「・・・す、すみま、せんーーーでした・・・緑川さん・・・」
ほらほらと豪に促され、殆ど聞こえない程の小さな声で可児は謝罪する
努力と根性ーーー冴えた外見と正反対のノウハウで造形された緑川とは正反対の、その気弱な殻を被った天才の狼
「可児くん。NO.2のプロモートは私の仕事だ」
弾かれたように可児が顔を上げーーー気弱な表情が悔しそうな表情にーーーそして挑むような表情に
「君には譲らない」
本性を現せーーーあどけなき好敵手よ
「悔しかったらーーー私よりも素晴らしいプロモートを企画してごらん」
参考 WEB配信手法 匿名の方よりご指導頂きました