変わりたい。
お待たせいたしました。
新学期、桜がまだ半分も咲いていないような時期。私の中には、期待より、不安のほうが、ずっと大きい。あったかい殻を破って、知らない外の世界に出ていく鳥のような勇敢さは、私にはない。みんながキラキラと目を輝かせているけれど、この時期が、私には一番憂鬱になる。起きるのも億劫で、寮の食堂が閉まるギリギリでなんとか間に合わせて、身支度を整える。
とぼとぼと新しいクラスの張られた掲示板に向かうけど、やっぱり、ざわざわとした賑わいに包まれて、何にも見えないや。もやもやするけど、なんか落ち着くような。
「おはよ、文花ちゃん」
「あ、有里紗ちゃん、おはよ……」
有里紗ちゃんの明るい声に気づいて顔を向ける。一年のときクラスメイトで、編み物のことよく教えてあげたんだっけ。仲のいいルームメイトの先輩に手袋をあげたいって、休み時間にずっと編み物教えてたんだっけ。……好きな人のために、そんなに頑張れるって、羨ましいな。
「どうしたんすか、そんなにへこんで、もしかして友達みんな別のクラスになってたんすか?」
「ううん、ていうか、まだ見れてなくて……」
「そんな事っすか、あたし見るから待っててね?」
「う、うん、ありがと……」
有里紗ちゃん、ただ仲がいいだけって散々言い訳してたけど、本当はそれ以上の関係だっていうのはわかる。……幸せなんだろうな、そんなに大事に思える人がいて。私は、その機会すら、自分で逃してしまったのに。もうすぐ一年も前になる胸の中についた傷をなぞって、まだ心が痛くなる。
「文花ちゃんも二組なんすね、今年もクラスメイトみたいっすよっ!」
「よかったぁ……、仲のいい人いなくなったらどうしようかって思ったもん、有里紗ちゃんがいれば安心だね」
ふっと、肩の力が抜ける。でも、胸に引っかかった棘は抜けるどころか、心を揺すぶってしまう。二年二組は、確か、……江川先輩が、去年までいたところ。
その名前を思い出して、胸がズキズキするくらい痛い。もう、忘れたはずの恋心。もう叶わないとわかってるのに、なんでまた思い出しちゃうんだろう。
「体調悪いの?一緒に保健室行こっか?」
「ううん、大丈夫。……起きたてでめまいがしただけだから」
「そ、そうなんだ、駄目なら我慢しないで言ってね」
「う、うん、……ありがと、有里紗ちゃん」
半分連れられるみたいに、教室に入る。始まりの季節だっていうのに、私はまだ、もう過ぎ去ってしまった恋を掘り返して、勝手に傷ついて。
まっさらな、新しい私になれたらいいのに。いろいろなものに怯えて、結局なにもできない私じゃなくって、怖くて震えてて、それでも一歩踏み出せる私に。
そんなことを言ってるから、きっとまだ変われないんだろうなって、また勝手にへこむ。
「あ、おっはよー!」
「お、おはよう……」
明るくてよく通る有里紗ちゃんの声、自分にないものを見てしまうと羨ましくて、でも私は何も進めない。
「おはよう、有里紗、文花、今年も同じクラスなのね」
「乃愛ちゃん!?今年も同じクラスなんだねぇー!」
「あ、今年も、よろしく……ね?」
「うん、よろしく」
廊下側の端っこの席から、乃愛ちゃんの優しい声がする。聞き上手であったかくて、私も、相談を聞いたことが何回もある。ちらりと、憧れだった先輩のことが頭に浮かんで、それから頭の中で首を思いっきり振って考えを止める。
優しくて透明で誰とでも交われるのに、誰にも染まらない不思議な人。江川先輩とは似ているけど違うってわかってるのに、どうして。
心の中に、もやもやした何かが溢れてくる。あの時、恋が叶わないと気づきかけたときみたいに。