マッチ売りの生存戦略?
ぎりぎり滑り込み。
途中でなんか別の童話、混じってます。
赤茶色のレンガ道に、白い雪が映える。
黄昏時の薄闇に、街角の喧騒に、少女の声が僅かに聞こえる。
「マッチはいかがですか~? よく燃えますよ~」
少女は街角で声をあげるが、誰も立ち止まらない。ぼろぼろの靴を履き、つぎはぎしたワンピースを纏い、古いニットのショールを羽織った少女は、白い息を吐きながら尚も声をあげる。だが、やはり誰も立ち止まらない。
世間は大晦日。多くの人々が帰宅し祝祭を楽しもうとしているのだ。浮かれた街の人々は、明日の暮らしにも困る少女など気にかけられないのだろう。
(これが全てはけなかったら、また父に殴られるんだろうな)
少女は表情を曇らせ、僅かに手をこすった。皸だらけの手はしくしく痛み、少女の心もちくりと痛む。同時に、彼女の赤い目が僅かに曇った。
(しばれるなー。こんな日は、ばっちゃのごった煮が食べたい)
彼女は深いため息と共に辺りを見渡した。
彼女の記憶が始まったのは、山間の里の豊かな自然だった。猟師の祖父についていって狩りをし、祖母と木の実をあつめ、たまにふもとの村で麦の収穫や野菜の収穫を手伝っていた。
だのに、気付いたら街角でマッチを売っている。それは何故だろうか。
「あー、これ。ばっちゃが話していた『マッチ売りの少女』そっくりじゃないか」
少女は小さな声で呟き、ふう、と少し暗い路地に入って、誰も居ない事を確かめるとゆっくりと記憶を辿った。
「確か、こんな寒い日の夜に山に入って……。じっちゃと狼追い払ってたんだよね。で、じっちゃが崖におちかけて私が……」
そこまで思い出した瞬間、少女は思いっきり内心で叫んだ。
――これ、噂の輪廻転生ぢゃなかかい?
少女……現世ではマッチ売りのリンはこうして過去の記憶を思い出したのだった。
『マッチ売りの少女』の話は、祖母が良く話してくれた御伽噺だ。だから『年明けの朝に、マッチの燃え滓を抱いたまま微笑を浮かべて死んでいる』という結末も覚えている。
「だけどね。私はこんな小さなマッチに夢を見て路傍で死ぬのはまっぴらご免。……原作ファンには悪いけど、しぶとく生き残らせてもらうわ! 山間生まれはしぶといんだよ!!」
リンはそう言ってぐっと拳を握り締めると、往来へと歩いていった。目指すは、とりあえずこの大晦日を生き延びることである。
* * *
「まずは、マッチを闇雲に売り歩いても勝算は無いね。必要としている人に売らないと」
リンはそんな事を言いながら街を歩く。そうしつつもマッチを必要としている人を探していた。世間は大晦日だ。この近くの歓楽街はこの日もにぎわっているし厨房でマッチが足りなくなるかもしれない。パン屋などはしまっているだろうが、飲食店なら、マッチを買ってくれる可能性は高い。
治安はやや悪いが、この際気にしていられなかった。リンはいそいそと歓楽街へと足をすすめた。
暫く歩いていくと、歓楽街に入る。先ほどまで居た大通りより猥雑な雰囲気がし、細い少女になど目もくれず、酒に酔った人々がいい気分になって町を歩いていた。よくみれば綺麗に着飾ったサロンの女性たちが客に微笑みかけては店に誘っているし、道の隅っこでリュートを鳴らすジプシーの姿もあった。
(こっちにはあんまし行った事なかったけど、なかなか楽しそうなところだな)
リンはサロンの女性たちの後ろを通り、店の裏手へと回った。すると、どこぞの厨房から「竈の火を消すな」や「マッチがありません!」など慌てた声が聞こえる。
「おっ! お客発見?」
リンは声が聞こえた店の裏口にいくと、「マッチいりませんかね」と声をかけた。
「ななんだ? こんなトコにマッチ売りが来るとはねぇ」
「お安くしておきますよ旦那。マッチがご入用なんでしょう?」
出てきた強面の料理人に、リンが笑顔でマッチが入った籠を差し出す。と、料理人はマッチ箱を3つ手に取るとリンの手をむんずと掴んで「これでいいか?」と銅貨を数枚握らせた。そしてリンの顔を見、厨房へと声を張り上げる。
「おーい、こっちの娘さんに何か包んでやれ。みてみろ、寒さで顔が真っ白じゃねぇか。店の近くで死なれると縁起が悪い」
料理人の言葉に反応し、見習いだろう少年がサンドウィッチを紙に包んで持ってきた。料理人はリンにそれをずい、と押し付けた。
「それでも喰って力つけろよ。じゃあな」
彼はそういうと、リンが礼を言う前に扉を閉めてしまった。
(……おじさん、ありがとう。大切に食べさせていただきます)
深々と一礼してから、リンはその場を立ち去った。
その後も店の裏手に回ってマッチを欲する声を探したり、歓楽街の往来でマッチを欲する声を探した。だが、ジプシーが1個マッチを買っただけに終わった。
* * *
「売れたマッチは4つだけ、か。とりあえず食料は有るが……心もとないな。安い食堂でスープの一皿は口に出来るかもしれないが……」
寒さを凌げるところを探しつつリンが呟いていると、「もし……」と掠れた声が聞こえた。よく見ると道の端っこにボロを纏ったお爺さんが座り込んでいる。
前世は祖父母に大切に育てられたリンは、放っておけずに近づいた。
「おじいさん、どうしたんだ?」
「わしは、今日は何も食べていないんじゃ。よかったら何か食べ物を恵んでくれんかね? もし恵んでくれたらいい事を教えてやろう」
この『いい事』にはうさんくささを感じたものの、本当に腹を空かせているのだろう、と考えたリンはお爺さんにサンドウィッチを差し出した。お爺さんは夢中になってぺろり、とそれらを平らげると袖で口元を拭いながら、
「この角を曲がったところにわしの仲間がいる。そいつらに籠のものを売りなされ。そして、手に入れたものを求めている人に渡してあげなされ。そうすればこの日どころが長く生き延びる術を手に入れられるじゃろう。ありがとう、お嬢さん」
そう言うとお爺さんは街の人々の中に姿を消した。リンは不思議に思いながらもお爺さんのいう事にしたがってみることにした。
(ま、何もしないよりもマシだろうね)
そういう直感があった。
角を曲がると、浮浪者たちが焚き火を囲んで一杯ひっかけていた。
(マッチ、買ってくれるかは未知数だが……、そもそもお金が有るとは思えん)
それでもマッチをいりませんか、と声をかけると……親分格と思われる大柄な男性がリンに目を向けた。
「マッチだと? 欲しいが金はねぇなあ。そんな金が有るなら酒を買ってるような連中だからなあ」
と、男性が笑えば、周りの面々も笑う。だが、マッチが欲しいのは事実らしく、彼らは「どうする?」と目で話し合っていた。ややあって、小太りな男性が一本の立派な瓶を取り出した。
「賭けでもうけた上等の酒だぁ。こいつを売れば多分銀貨が結構手に入るんじゃないのかい? 俺が巻き上げた相手は金貨3枚とか言ってたっけ? もってけ、お嬢さん」
「そうそう、おらはコイツを。街で拾った十字架だ。銀でできているみたいだし、こいつも売ればいいんじゃないのかい?」
そう言ったのは、杖を突いたおばあさんだった。2人はリンに瓶と十字架を押し付けると、親分格の男性がマッチの入った籠を手に取った。
唖然とするリンだったが、お酒も、十字架も、なんだか売れそうな気がする。これはこれでよかったのかもしれない。
「ありがとう、おじさんたち。よい年末を」
リンはそういってお酒の瓶と十字架を持って往来に戻った。
(しっかし、このお酒……。なんか雰囲気的に高そう)
リンは街角でお酒の瓶を見て僅かに息を飲んだ。なんか高級なサロンに運ばれたのを見たような覚えがあるのだ。
道の端っこで考え込んでいると、「すいません」と何者かが声をかけてきた。振り返ると、どこかの家の使用人らしき少年が泣きそうな顔でリンを見ている。
「どうして、泣きそうな顔をしているんだい?」
「実は、あちこちの酒屋を回っているのですがそのお酒が見つからないんです。ご主人様の言いつけで探していたのですが……」
少年はそういって俯いてしまう。リンは小さくため息をつくと酒の瓶を少年に手渡した。
「泣くな、泣くな。男はそれぐらいで泣いてちゃいけないよ。私はお酒が飲める年でもないしさ、これでいいなら持ってってよ」
リンの言葉に、少年は顔をほころばせ、心から「ありがとう!」と言って銀貨の詰まった袋を手渡した。
酒一瓶にこんなに銀貨を出すとは、と袋の中身を見て内心ため息をつきながらも受け取り、少年は館へと帰っていく。そのせなかをみおくりながら、リンはポケットに入れたお金を取り出して袋に入れた。
「……うん、当分は凌げるね」
彼女は小さく頷いてその場を後にした。
* * *
夜もふけた頃。雪もより一掃降るようになった。
(これは、家に帰るよりどこかで休ませて貰ったほうがいいかもしれない)
空腹と疲労でふらふらしていたリンは、ちかくにあった教会を訪ねた。彼女が事情を話すと牧師さんは快く教会へと入れてくれた。そして、暖かいスープとパンを分けてくれただけではなく一晩泊めてくれることになった。
(これは、なにか御礼をしないといけないな)
と、懐から銀貨数枚と、銀の十字架を取り出した。
「牧師様、お布施になるかわかりませんが……」
お受け取りください、と手渡すと牧師は十字架を見て目を見開いた。不思議に思ってみていると、彼は安堵したように言った。
「この十字架は、よくお見えになる婦人のものなのです。見つかってよかった! 明日の朝にでも届けましょう!」
それはよかった、とリンも嬉しくなった。
そして翌日、リンがお礼に教会の掃除を手伝っていると……牧師が言っていた婦人と出くわした。牧師がリンのことを話すと、婦人はたいそう喜びこういった。
「これも何かの縁ね。貴方、私の家で働かない? 丁度女中が欲しかったのよ」
家事や裁縫とかはできる自信があったリンは、二つ返事で彼女の家の女中になることにした。女中ならば寒い中街中に行かなくてもよいし、そこそこ給料もいい。
(大晦日を生きぬけただけじゃなく、転職もできた。これならもうちょい生き延びられそうだ)
リンは内心で拳を握り締め、小さく微笑んだ。
婦人の屋敷に向かう前、リンが外を見ると昨晩にあった老人が笑っていた。
リンはゆっくりと一礼すると、老人はうんうん、と頷いた。
(終)
読んでくださりありがとうございます。
この少女はきっとしぶとく生き続けることでしょう。
ごめんなさい、アンデルセン……。