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セドリック・ランベル

 セドリック・ランベルは、建国当初から続く由緒あるランベル伯爵家の嫡男であり、特別王宮薬師の一人。自ら光を放つかのごとく輝く金色の髪は絹のように柔らかく、誰もを惹きつけるはっきりとした二重の金色の瞳、白い肌は透けるようで、高く通った鼻筋に、常に笑みを浮かべている唇は甘く優しい彼の雰囲気を引き立てる。

 長い手足から生み出される動作は優雅で、特別王宮薬師を示す白のローブが風に靡くたび、その美しさで皆の視線を引き付ける。



「地位や性別に関係なく、誰に対しても優しく紳士的なセドリック様は、女性達の憧れです」

「レイヤも?」

「もっちろんです! でも、競争倍率の高い人は見てるだけで十分です」



 胸を張って言い切ったレイヤの姿にシェルリアとミリアは小さく噴き出す。



「愛だ、結婚だ、と言う割に、レイヤは現実的でサバサバしてるわよね」



 ミリアは感心したように呟く。シェルリアも確かにな、と思った。

 貴族の結婚は家と家の繋がりや利益を得るための政略結婚が多い。ミリアの婚約もそうだろう。けれど、最近では恋愛結婚も増えてきている。さすがに貴族と平民の結婚が許されることはないが、高位貴族に下位貴族が嫁ぐことも少なからずあるのだ。



「好きな人と結婚できれば最高ですけど、私が王宮に来たのは良い条件の婚約者を見つけるためです。恋愛ではなく、結婚するために来たんでーーあ、いや、恋愛はとても素敵な事だとはもちろん思って」

「あははーーいいよレイヤ、気を使わなくて」



 突然慌てだしたレイヤにシェルリアは笑いかける。シェルリアが王宮に来たのは、大好きだった彼がいたからで、侍女を選んだのは、シェルリアにできる王宮の仕事がそれだけだったからだ。

 今思うと、あの頃は恋心に舞い上がっていた。彼が原動力の中心だったと言っていいかもしれない。今でも彼のことを思い出すたびに疼く胸がその証拠である。


 セドリック・ランベルは『原動力になりえる記憶がある』と言っていた。

 恋心を舞い上がらせる原動力であった彼との記憶が、恋心を忘れ、前を向く原動力にもなりえるというのか。相談した時は、セドリックの言葉を思い出せば、彼の記憶と向き合えるかもしれないと思った気持ちも、今では薄っぺらいものになってしまった。



「レイヤの言う通り。実際、恋愛すると何かと大変なことが多いしね。もう当分、恋愛はこりごりかな」



 大切な人だからこそ、心は大きく揺さぶられ、何処かに爪痕を残していく。幸せな時は素敵な思い出に、終わってしまえば悲しい思い出に塗り替えられていく。

 心は消耗していくものだ。今、シェルリアに必要なのは休息で、これも前に進もうとしていることになるのだろうか、とシェルリアは小さく息を吐いた。



「あら? じゃあ、セドリック・ランベルは?」

「彼はこの前廊下ですれ違っただけ。すごい人数に囲まれてたからどんな人なのかなって。恋とかじゃないよ」

「そりゃ、将来有望株ですからね。ランベル伯爵家と言えば、特別王宮薬師を多く輩出したお家。言うならばエリートです。それに、何かあったら助けてもらうために、少しでもお近づきになりたいんですよ」



 王族に認められ、地位を保証された特別王宮薬師。けれど、彼らは王宮(・・)薬師と名乗っているが、王族直属でも王宮に配属されている薬師でもない。ただ国の中心にある王宮を拠点にしているだけだ。

 特別な力を権力で独り占めされないよう、彼らは患者を選ぶ権利が与えられていて、患者は病状などもしっかりと調査され、本当に特別王宮薬師の薬が必要なのか審査される。


 特別王宮薬師は孤高の存在。何か病気になった時、助けてもらいたいからと贈り物をした貴族もいたという話はあったが、その貴族は受け取ってもらえず、それどころか二度と相手にされなかったという。

 権力やお金などを欲する者には、効果の高い特別な薬を作る力は与えられない、というのは有名な話だ。ただの噂話だろうが。そんなわけで、本人に気に入られるしかないと皆が特別王宮薬師に群がる。



「でも彼、子供の頃と変わったと思うわ。皆に笑いかけて紳士的態度で接してはいるけど、決して自分の内側には入れないというか」

「それってどういうこと、ミリア?」



 ミリアはうーん、と少し考える素振りを見せてから、言葉を選ぶようにゆっくりと口を開く。



「私達、一応同じ伯爵位でしょう? 何度か小さい頃にお茶会で会った事があるのだけど、もっと明るいというか、無邪気というか」

「大人の世界でもまれただけじゃないですか?」

「……そうなのかしら? でも、あんなに壁を作るような人ではなかった気がするのよね」



 シェルリアはミリアの言葉を神妙な表情で聞いていた。


 確かに、廊下で会った時のセドリックは、ミリアの言うように紳士的で、笑顔を振りまいていた。けれど、言われてみれば、確かに周囲の人間とは距離があるようにも見えた。

 それに比べて、『忘れ屋』の時はどうだろう。人の心を無視したように優しい口調でグサグサと物を言ってきて、最後には失恋したばかりの女に勘違いの告白までしてきたのだ。


 同一人物にしてはイメージが違いやしないか、とシェルリアは思う。



「どれが本当のあの人なんだろう」



 セドリック・ランベルは摩訶不思議な男である。

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