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侍女仲間

 侍女の仕事は多岐にわたる。主の身の回りの世話はもちろん、衣服類や宝石等の管理、届いた手紙の仕分けをしてりなど、暇ではないのだ。

 とりわけ、シェルリアの主である第三王女のチェルシーは、遥か昔を生きた先祖の持っていた魔力に大変興味を持っており、王宮図書館にある埃を被っていそうな古い文献を漁るのが趣味なのである。そのため、チェルシーの侍女達は、図書館へと向かうのも日課になっていた。


 ただ、今日は面白い文献を見つけたとかで、チェルシーは部屋から出るつもりがないらしい。王族がそんなことで良いのかとも思うが、チェルシーは王女とはいえ第三王女。アルリオ王国には立派な王太子もおり、公的行事への出席や王族の仕事をこなしてさえいれば、意外と自由なのだ。


 というわけで、本日は侍女達も滞っていた仕事を片付けることになった。シェルリアは衣装部屋の中で、同僚の侍女二人と共に衣装のほつれなどを点検して回る。小さいものであれば、侍女達でも簡単に修繕できるが、そうではないものに関しては専門家に頼まなければならない。


 王族なのだから新しいものに買い換えれば? とも思うが、チェルシーはあまり衣服に関心がなく、下手すれば着れればいいぐらいに思っているふしがある。

 王族それぞれには決まった額が渡されているけれど、チェルシーはドレスを買うぐらいなら本を買え、と本気で言う王女であった。



「ねぇ、これ、もう着るのやめたほうがいいと思うの。チェルシー様は動きやすいからと好んで着るけど、さすがに着すぎというか……」



 そう言って一つのドレスを指した美女の名は、ミリア・ソフェスリー。ソフェスリー伯爵家の令嬢で、シェルリアにとっては先輩にあたる。サバサバとした性格で皆の姉御的存在だ。



「確かにそうですね。チェルシー様といえばその青いドレスってかんじになってますし。いや、とてもお似合いなんですけどね。どう思います、シェルリア先輩?」



 愛らしい笑顔を浮かべるレイヤ・ケイシーナは、一歳下の後輩で、ケイシーナ子爵家の令嬢である。要領がよく、仕事ができて、守ってあげたくなるような可愛らしい顔立ちをしているが、内面はかなりの肉食系だ。



「うーん。確かにとってもお似合いではあるのよね」

「チェルシー様の銀色の髪が、より神秘的に見えますしね」

「初めて会った人なら騙せるわよね」



 一瞬の間の後、三人は乾いた笑みを零す。

 銀色の細く美しい髪に紫の瞳、目元にある黒子、華奢ながら出るところの出た身体。触れれば消えてしまいそうなほど儚げで、月の妖精のように美しいチェルシーは、中身さえ知らなければ理想的な王女である。



「はぁ……本当に残念でならないわ」



 ミリアの呟きにシェルリアとレイヤは頷いた。

 見た目はとても大切だ。特に品位などを重視する貴族となれば、見目が良いだけでかなり得をするだろう。それに能力が備わっていれば、誰からも一目置かれる存在となれる。

 そう、あの男のように。



「……セドリック・ランベル」



 思い出しただけでも、シェルリアは腹が立って仕方がない。仮にも失恋相手を忘れたいと相談してきた女性に、告白紛いの言葉を伝え、次の日会ったら忘れているのか、惚けているのか、前日のことなどなかったかのように振舞ってくる。

 それも、『勘違い』とセドリックは言ったのだ。もはや告白相手を間違えたのか、告白ではないと案に伝えてきたのか、シェルリアを忘れたのか、なんなのかさっぱりわからない。


 男達は揃いも揃って自分を馬鹿にしてくるのか、とシェルリアは憤りを覚えた。作業する手に余計な力が入る。



「シェルリア先輩、そんなに力を入れたら破れますよ」

「あっ、ごめん」



 シェルリアは慌ててドレスから手を離す。そんなシェルリアにミリアは心配げな眼差しを向けた。



「シェルリア。貴女、まだ彼のこと引きずってるの?」

「え?」



 ミリアはシェルリアと共に彼の浮気現場を見た人物だ。怒りで彼の元へ駆け寄ろうとしたシェルリアを止めてくれた人でもある。



「あんな男のことは忘れなさいって言ったはずよ。もちろんすぐには無理でしょうけど、ああいう男は同じ事を繰り返す」

「わかってる。大丈夫。もう彼の元に戻りたいとは思わない」



 戻ったところで、一度失ってしまった信頼は元どおりになんて戻せはしない、とシェルリアは思っている。

 自分ではない人を彼は愛していた。その事実は大きすぎる。大好きだったからこそ、だ。また自分を愛してくれるなんて思えないし、疑いながら生きていくなんて心が消耗して消えてしまう気がした。



「男なんてこの世にはゴロゴロいますよ。出会うチャンスが増えたと思えばいいんです。あっ! もしよかったら、私の手帳にある情報を教えますよ!」

「優良物件の男の情報がいっぱい書いてあるやつ?」

「はい! 私達みたいな子爵令嬢は、地位も高くないし、貴族とはいえ裕福なわけでもない。私の家なんて、兄弟が多いから成人した途端、働きに出なきゃいけないんですよ! 婚約者だって自分で見つけなくちゃいけない」



 鼻息荒く語るレイヤの勢いに、シェルリアとミリアは若干身を引く。レイヤは家族想いの素敵な子なのだが、熱くなると止めるのが難しいのだ。

 ちなみに、ミリアには王太子の側近をしている婚約者がいる。



「私もシェルリア先輩も、もう婚約者がいてもおかしくない年齢なんですから、待っているだけじゃ駄目なんです! というわけで、セドリック・ランベル様ですね?」

「は? え、や、ちょっとレイヤ。何言ってるの?」


 シェルリアは思いもよらぬ場面で登場したセドリックの名に、わかりやすいほど動揺した。しかし、レイヤに気にする様子はない。



「だって、さっき名前を口にしていたじゃないですか。まぁ、この方はかなりライバルが多そうですが」

「セドリック様かぁ。また凄い人を選んだわね」



 ミリアまでもが興味を示し始めたので、シェルリアは全力で首を横に振った。けれど、二人は止めるどころか、なんだか楽しそうである。



「恋を忘れるには新しい恋よね!」

「その通りです。では早速!」



 そう言って手帳を取り出したレイヤの姿を見て、シェルリアは諦めたように肩を落とす。もはや否定する気にもなれない。シェルリアのためを思っての事だと尚更に。

 だけど、シェルリアは苦し紛れに声をかけた。



「あのさ、今仕事中だよ?」

「大丈夫。手を止めるなんてヘマはしないから」

「そうそう。手帳なんて開いておけば見れますからね」



 これはどうすることもできなさそうである。シェルリアは小さくため息を零した。

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