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再会?

 シェルリアはお仕えしている第三王女チェルシー・ウィレイア・アルリオのおやつを貰いに行くため、厨房へと続く王宮の廊下を歩いていた。


 アルリオ王国は、他国に囲まれている小国ながら、侵略を許したことのない国である。それは、人類が初めて建国した国とされているからだ。というのも、アルリオ王国を建国した民族には魔力があったとされていて、武力はもちろん生活水準も他の民族より優れていたそうだ。

 その優位性は、長い年月を経て魔力持ちが生まれなくなるまで続いた。


 今では、長い歴史の中で作られた遺跡の観光と農業。そして、他国よりも発展している薬学で、国は成り立っている。侵略されないのは、偏に歴史的に見ても貴重な国で、他国に害がないからだ。


 そんなアルリオ王国の国王夫婦には、四人の子供がいる。第一王女はすでに同盟国へと嫁いでいるため、王宮にいるのは王太子であるアスベルト・フィンド・アルリオと、第二王女、クリスティーナ・リリアル・アルリオ、そしてシェルリアの主の三人である。



 シェルリアがチェルシーの侍女になったのは、チェルシーの気まぐれだと聞いている。他にも侍女候補がいた中で、シェルリアは選ばれた。

 特に飛び抜けて優秀なわけでも、特技があるわけでもない。あるとするなら、シェルリアの実家、モンスティ子爵の領地は薬草が多く育つ気候なため、小さい頃から薬草について教えられていて、他の令嬢よりは詳しいかな、というくらいだ。


 けれど、シェルリアは侍女に選ばれてよかったと思っている。チェルシーは少し不思議な性格だが、威張り散らすような人ではないし、歳が近いこともあり、とても仕事がしやすいのだ。

 なかなか領地に帰れないことは残念だが、兄が宰相の補佐の補佐として王宮にいるので寂しくはない。領地にいる父が若干心配なくらいである。



 そういえば今朝、領地にいる父から手紙が届いていたなぁ、とシェルリアが思っていると、廊下の先の方から数人の声が聞こえてきた。

 王宮には当然王族がおり、地位の高い貴族の出入りも多い。シェルリアは子爵令嬢であり、侍女なので、廊下では注意を払わなければならない。


 シェルリアは注意深く、廊下の先へと視線を向ける。そして、その人物を目に入れた瞬間、石のように固まった。



 風に靡くたび太陽の光を反射してキラキラと輝きを増す金色の柔らかな髪、長い睫毛に、くっきりとした二重の金色の瞳。鼻も高く、常に優しい笑みをたたえる唇が彼の柔らかな雰囲気をより引き立たせる。


 廊下をただ歩いているだけなのに、皆の視線を集めてしまうのは、その甘く整った顔立ちや洗練された立ち振る舞いのせいだけではない。他の者達は絶対に身につけることができない、特別王宮薬師の証である白地に浅緑色の刺繍が細かく施されたローブ。それが、彼、セドリック・ランベルをより目立たせる。



 薬学が発展したアルリオ王国には、多くの薬師がいる。他国から留学してくる者もいるくらいだ。そんな彼らとは一線を画す存在なのが、アルリオ王国にしかいない四人の『特別王宮薬師』である。

 薬師としての仕事はなんら変わらない。病人の症状を正確に把握し、病を治す薬を調合するのだ。けれど、特別王宮薬師が調合する薬の効果は桁違いと言われている。


 薬とは、基本的に長年の研究の末にできるものである。アルリオ王国には数え切れないほどの調合リストがあるそうだ。

 だが、特別王宮薬師は、普通の薬では治せないと言われるような病に効く薬を作り上げたりするのだ。そのため、王族によって彼らの地位は認められ、守られている。



「うわぁ、会いたくない人と会ってしまった……」



 シェルリアは昨夜の出来事を思い出し、顔を歪める。『忘れ屋』がセドリック・ランベルだった事は、この際仕方がないと腹を括ろう。


 しかし、そんな彼に「付き合ってほしい」と言われてしまった。セドリック・ランベルとシェルリアに接点などない。

 いつ自分に好意を持ってくれたのか? とシェルリアはベッドの中で悶々と考えていたのだが、太陽が昇り始めた頃、シェルリアはある事に気がついた。


 もしや、恋人関係になろうと言っているのではなく、どこかに出かけるのに付き合えと言っていたのではないか、と。

 ただの早とちりで、無礼にも返事をすることなく小屋を飛び出してきてしまったのかもしれない。


 そのことに気づいた時のシェルリアの絶望と羞恥といったらない。できることなら、このままなかったことに、いや、記憶を消してくれたらいいのにと思った程だ。


 セドリックを先頭に、何人かの集団が近づいてくる。ここで背を向けて逃げたとしても、シェルリアとセドリックのリーチ差では、すぐに追いつかれるだろう。



 シェルリアは、意を決して足を踏み出した。

 彼らは何か難しい顔で言葉を交わしている。このまま軽くスルーしてくれればいいのに、とすら思えるのだが、シェルリアもセドリックに名乗っている。顔も隠していなかったので、正体はバレているはずだ。


 ここで昨日の事をなかったことにしていいのだろうか。逃げるという失礼なことをしたのに? それも、ランベルといえば、建国当初からあるとされる歴史ある伯爵家だ。このままにしていて、何かあったらどうするのか。子爵家なんて簡単に潰されてしまうかもしれない。

 シェルリアの頭の中で自問自答が繰り返される。



「おい、君」

「っ! はい!」

「そんな真ん中を歩くんじゃない」

「申し訳ございません」



 考え込んでいたせいで、シェルリアは気づかぬ間にセドリック達の目の前まで来てしまっていた。

 セドリックの周りにいる男の一人が、シェルリアに注意する。シェルリアは慌てて頭を下げ、廊下の端に寄った。


 やらかしてしまった、とシェルリアは内心、泣き出したいほど悔やんだ。これでは、彼に気づいてと言っているようなものだ。

 シェルリアは恐る恐る顔を上げ、セドリックの反応を伺った。


 セドリックの金色の瞳と視線が絡む。シェルリアは無意識に息を止めた。



「失礼ですが……」



 昨日と変わらぬ穏やかな口調のテノールボイスがセドリックの口から溢れ出る。

 やはり気づかれたか、とシェルリアは身構えた。けれど、彼が発した言葉は、シェルリアの想像を遥かに超える、予想外なものだった。



「どこかでお会いした事、ありましたか?」

「……え?」



 まさか覚えていないとは思わず、シェルリアは呆気にとられる。

 固まったままのシェルリアにセドリックは「勘違いのようです。失礼しました」と誰もが見惚れる甘い笑みを浮かべて告げると、仲間とともに去っていった。


 残されたシェルリアに向かって、冷たい視線がいくつも飛んでくる。遠巻きに見ていた者達の笑いの含んだ声には、「身の程知らずね」「なにか勘違いしてるのかしら」「道を塞ぐなんてね」と心無い言葉がいくつもあった。


 シェルリアはカッと顔を赤く染めると、顔を伏せて、急いでその場を後にする。



「なんなのよ……」



 勘違いって何が? 何処からが?

 意味が全くわからなくて、シェルリアはぐっと唇を噛み締めた。


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