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兄、参上!

 シェルリアはトボトボと王宮の廊下を目的もなく歩いていた。ミリア達の追求から逃げてきたはいいが、休憩が終わるギリギリまではどこかで時間を潰すしかないだろう。



「……あの二人は、すぐに恋愛と繋げるんだから」



 シェルリアの口から疲労感を帯びたため息が溢れる。



「恋なんて懲り懲りよ」



 恋愛を否定するつもりはない。シェルリアだって人を好きになることで得られる幸福を知っている。


 けれど、好きだからこそ、大切だからこそ、失った時の喪失感や絶望感は果てしなく大きくなることも知ってしまった。

 好きになる前の心の満たされ度を『0』としたら、恋をしてどんどん数値は上がっていくが、恋が終わって『0』に戻るわけではなく、マイナスになることだってある。


 現に、シェルリアは心を消耗し、耐えられず『忘れ屋』に逃げた。あんなにしんどい想いをするくらいなら、恋愛は当分遠慮したいというシェルリアの考えに賛同してくれる人もいるはずである。


 これが、今の自分の本心ーーだとシェルリアは思っている。思っているからこそ自分の気持ちが理解できず困っているのだ。



 なんでこんなにもセドリックのことで悩んでいるのか。

 セドリックと『忘れ屋』で出会った時から頭の片隅には彼のことがちらついている。もちろん、考えている内容は彼と何かあるたびに変わっているが、失恋の悲しみに浸る間もないほどにセドリックに関する出来事が次々と襲い掛かってくる。



「少し外の空気でも吸おう」



 悶々と考えていたところで考えがまとまるはずもない、とシェルリアは少し遠回りだが外を経由して王宮図書館へ行き、休憩後に取りに行こうと思っていたチェルシーが頼んでいた本を受け取りに行くことにした。


 図書館へと向かう廊下をしばらく歩いていたシェルリアの耳に、王宮の廊下では滅多に聞くことのない騒々しい足音が届く。

 何かあったのかと振り返ったシェルリアは足音の犯人を目にした瞬間、顔を引きつらせた。



「シェルリアァァアアア!!」



 王宮では、いや、貴族としてもあるまじき大声を上げ、廊下をかけてきた人物は、シェルリアの元にたどり着くと勢いそのままにシェルリアを強く抱き締めた。



「久しぶりだな。会いたかったぞ!」



 喜びが爆発しているのだろう。シェルリアの背に回された腕がその力を増していく。

 硬い胸板に顔を押し付けられ、シェルリアは消え入りそうな声を漏らした。



「……く、くる、しい」

「っ!? す、すまん」



 謝罪と同時に腕が緩み、締め付け感が一気に消える。シェルリアは止まりかけていた呼吸を取り戻すかのように肺いっぱいに空気を取り込んだ。



「大丈夫か?」

「大丈夫じゃない」



 シェルリアの肩に手をかけ、覗き込んできた人物をシェルリアは思い切り睨みつけた。



「お兄様はいつも加減がおかしいのよ。それに、王宮では抱きつかないでと何度も言ってるはずだわ」

「……すまん。シェルリアの姿を見つけて、つい」



 親に叱られた子供のように瞳を揺らし、眉尻を下げて反省した様子を見せているのは、シェルリアの五歳上の兄であるコンラッド・モンスティだ。


 父親似の栗色の短髪に涼やかな赤い瞳。高い鼻、薄く艶やか唇など、妹の目から見ても綺麗な顔立ちの男である。

 今は人脈作りのために王宮で文官として働いており、仕事はできる方だそうだ。


 ただし、コンラッドをよく知るものは皆口を揃えて言う。


『中身が残念である』と。


 モンスティ子爵家の跡取りということもあり、コンラッドは薬草などに詳しく勉強もできる。人当たりが良く、性格も明るいので友人も多い。

 これだけ見れば何ら問題のない男だが……


 コンラッドはシェルリアすら少し引いてしまうくらいのシスコンなのだ。

 基本的に妹優先で、スキンシップもかなり多め。一度妹のことに触れたら最後、永遠と妹自慢が続く。


 唯一救いなのは、そんなコンラッドの性格を理解している婚約者がいることか。

 幼馴染でシェルリアも幼い頃から知っている女性で、とても素敵な、兄には勿体無いくらいの人だ。何故うまく続いているのかは不明である。



「だが、全然屋敷に来ないシェルリアも悪いぞ。せっかく同じ王都にいるんだ。俺の顔を見たいとは思わないのか?」

「だって面倒なことになるもの」

「なっ!? 兄ちゃんは悲しいぞ」



 泣き真似を始めたコンラッドに呆れていたシェルリアはふっと思い出す。



「そう言えばお兄様にお話があったんだった」

「なんだ!!」



 ぱぁっと花が咲いたように満面の笑みを浮かべて顔を上げるコンラッド。その急な変化にもシェルリアは慣れっこで、驚く様子もなく淡々と話を続ける。



「今年のお母様の命日には実家に帰ろうと思っているの」

「そうか、わかった。父上には伝えたか?」

「これから」

「それなら俺から伝えておこう。ちょうど連絡するところだったんだ」



 まかせろ、と胸を張るコンラッドにシェルリアは任せることにした。ここで断ればまた面倒なことになるからだ。



「それじゃあ、お願いします」

「よし。休みの交渉は済んだのか?」

「滞在三日の一週間もらった」

「おお! 結構ゆっくりできるな。じゃあ、一緒に行こう」



 深く考えることなく提案してきたコンラッドにシェルリアは慌てた。



「一緒にって、私は有難いけれど一週間の休暇なんてそんな簡単に取れないでしょう。もうお休みを貰ってるの?」

「いいや、これからだ。だが、取れるかなんて問題じゃない。何が何でも、もぎ取るんだ。シェルリアと一緒に馬車で旅ができる機会をそう簡単に手放せるはずがないじゃないか!」



 シェルリアはあぁ〜っと遠い目をしつつ、兄の同僚達へ心の中で謝罪した。こうなってしまったら、兄を止められる者は誰もいない。

 自分が諸悪の根源なだけに、シェルリアは居た堪れない気持ちになるのだった。



「あぁ、今から楽しみだ」

「遊びに行くわけじゃないのよ、お兄様」

「いや、父上も、それに母上だってきっと楽しみに待ってるよ」



 そう言われてしまうとシェルリアは何も言えない。侍女の仕事に慣れるのに必死で二年ほど里帰りできていないのだ。

 シュンと申し訳なさそうに表情を暗くしたシェルリアに目ざとく気付いたコンラッドは、何か話題を変えようと必死に考えを巡らせた。



「そういえば、母上が亡くなる少し前に領地で流行病があっただろう?」

「え? あ、うん。私もかかって、特別王宮薬師様のお陰で完治したやつね」

「そう、それだ。あの時、俺はその場にいなかったが……」



 コンラッドは当時十五歳。すでに王都にある学院に進学していたため領地にはいなかった。

 すぐに駆けつけようとしたらしいが、子供の流行病だったため、戻ることを許されなかったらしい。



「流行病がおさまって俺が領地に戻った時、シェルリアが言っていた事を覚えてるか?」

「言ってたこと?」

「あれだ。『小さな薬師様』だよ」



 シェルリアは暫し考えた。あの頃のことは幼かったことと、熱などの影響で朧げなのだ。

 だけど、そう言われてみれば『小さな薬師様』と呼んでいた人物がいた気がする。



「……そういえば、言ってたね」

「名前を教えてくれなかったから、そう呼んでたって言ってただろう? その『小さな薬師様』じゃないかって人を俺、この前見つけーー」


「あれ? コンラッドじゃないか。こんなところで何してるんだい?」



 コンラッドの言葉をかき消すように声がかかる。シェルリアは驚いて声のしたコンラッドの背後を覗き込み、目を見張ったまま固まった。

 そんなシェルリアとは対照的に、コンラッドは驚いた様子もなく振り返ると、不満そうに眉間に皺を寄せ、近づいてきた人物を睨みつける。



「おいおい。俺の幸せな時間を邪魔するなよ、セドリック」

「邪魔って、そんなつもりは……え? リアさん?」



 セドリックもまた、コンラッドの身体で隠れていた話し相手がシェルリアだとわかり、動きを止めたのだった。

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