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一息つきましょう

「はい。これで終了です」



 それは時間にして十五分程。手をかざしたまま身動きを取ることもなかったセドリックは瞼を持ち上げ、そっとラフィネから身を引いた。



「……え?」



 困惑に近い言葉を漏らしたのはシェルリアか、ラフィネか。

 記憶を消すという大掛かりなことをしているはずなのに、あまりにも呆気ない。シェルリアはポカンと間抜けな表情を、ラフィネは不安そうな顔をセドリックに向けている。


 そんな二人を安心させるようにセドリックは目元を緩めた。



「大丈夫です。今は変化がないでしょうが、このまま家に戻って眠ってください。太陽が昇る頃には、全てが終わっています。さぁ、あまり長居をしていては気づかれてしまいますよ?」



 セドリックの言葉にラフィネはコクリと頷く。若干半信半疑といった顔をしているが、相談内容から考えて、きっと家族には内緒で来ているに違いない。何処かに使用人を待機させているにしろ、あまり遅くなってはまずいだろう。


 ラフィネは深々と頭を下げ礼の言葉を述べると、小屋を後にしていった。シェルリアはその背を静かに見送る。

 ラフィネの反応とセドリックの言葉から、まだラフィネの記憶は消えていないはずだ。シェルリア自身、忘れ屋を頼りはしたが、結局記憶を消しはしなかったので、正直本当に消えるのか判断できない。


 悶々と忘れ屋の仕事について考えていたシェルリアを現実に引き戻したのは、意識の外へと弾き出していたセドリックの声だった。



「紅茶のおかわりはいかがですか?」

「っ!? は、はい。あ、いや、私がやります!」

「そうですか? それじゃあ、お願いします。奥にいけばほとんど揃ってますので」

「はい」



 突然声をかけられたことにビクリと小さく跳ねたシェルリアだったが、セドリックに許可を貰えた事で奥の部屋へと向かう。

 そこは料理こそできなさそうだが、お湯を沸かす程度はできる小さな台所があり、人が三人入ればいっぱいになるくらいの広さの部屋だった。


 すぐさまお湯を沸かし始めたシェルリアは、一番減りが目立つ茶葉の入った瓶を手に取る。少し蓋を開け顔を近づければ、以前忘れ屋を訪ねた時に出された紅茶の香りがした。

 あの時セドリックは自分で調合したと言っていた。周りをぐるりと見て回っても余計な物はない。きっと使っていたとしても軽い休憩程度でしか小屋を使っていないのだろうことは容易に想像できた。


 初めて扱う茶葉のため蒸らし時間などは長年の感覚に頼る。持って行く前に味見をし、シェルリアはカップをトレーに乗せて運んだ。


 ドアを開け部屋の中を覗けば、セドリックは仮面を外してテーブルに頬杖をつき、ぼーっと窓の外を眺めている。どこか憂いを帯びた表情にシェルリアは思わず息を飲んだ。


 シェルリアに気づいたセドリックが窓へと向けていた視線をシェルリアに移す。すぐにいつもと同じ微笑みを浮かべたが、シェルリアにはそれがひどく胡散臭いものに見えた。



「お待たせしました」

「ありがとうごさいます」



 目の前に置かれたカップをセドリックは優雅に口元へと運ぶ。ドキドキとその様子を眺めていたシェルリアに、セドリックは「美味しいです」と笑いかけた。

 味見をして確認しているとはいえ、本当だろうかと不安になる。シェルリアはそんな心情を流し込むように仮面を外し、カップを傾けた。



「どうでした? 初めての仕事は」

「……私、なにもしていないのですが」



 シェルリアの身も蓋もない言葉にセドリックの表情が崩れる。「たしかに」と漏らしたセドリックの声に笑いが混じっているのを、シェルリアはしっかりと感じ取った。



「ラフィネさんの記憶は本当に消えるのですか?」

「……疑うんですか?」

「あ、いえ。なんかあまり実感が湧かないというか。でも、これでラフィネさんが一歩踏み出せるのなら、よかったですよね」



 話題を変えるために口にした言葉だが、これはシェルリアの素直な感想でもある。これでラフィネは叶わぬ恋に苦しむことも、婚約者に対する罪悪感もなくなる。

 少し悲しいことに思えるけれど、ラフィネの置かれている立場を考えれば、よかったことと言えるのではないか。


 しかし、セドリックの表情はシェルリアの感想とは反対のことを思っているようだった。



「ーー本当にそうなのでしょうか」



 長い睫毛が金色の瞳を覆い隠す。



「私は記憶を消して救われるとしても、消えていい記憶なんてないと思っています」

「……それならどうして『忘れ屋』を?」



 記憶を消すことが忘れ屋の仕事と言っていい。その仕事をしている張本人の言葉とは到底思えなかった。

 セドリックはそこで初めて笑みを消す。



「自分のため、ただそれだけですよ」



 シェルリアは動きを止め、セドリックを見つめる。ゆっくりとカップを口に運ぶセドリックの本心はわからない。

 それでも、シェルリアには確信していることが一つあった。



「それでもきっと、セドリックさんは冷たい人間ではないんでしょうね」



 セドリックは言っていた。シェルリアとの間にあった出来事の記憶は消えて無くなっていると。

 何故消えてしまったのかはわからない。それでも、セドリックが嘘をついているとシェルリアは思えなかった。


 それに、自分のために依頼人の記憶を消しているとセドリックは言っているが、セドリックはちゃんと確認を取り、本人の意思を尊重している。シェルリアの時など、説得までしてきたのだ。

 そんな人がただ自分の得のためにやっていると思えるか。


 シェルリアは決してセドリックの全てを信用できているわけじゃない。それでも、セドリックと幾度か言葉を交わして、少なくとも人の心に寄り添う人なのだろうと、シェルリアは感じたのだ。



「……リアさんは不思議な人ですね」



 セドリックはふっと力なく笑う。彼らしくない肩から力が抜け落ちたような笑みだったが、何故かシェルリアには、その笑みの方がセドリックらしく見えた。


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