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一人目の依頼者

 彼女の第一印象は、可憐でお人形のように整った顔立ちの女性、だった。ストロベリーブランドの長い髪は細く艶やかで、ぷっくりとした唇や桃色に染まる頬が肌の白さを際立たせる。

 身に纏っているドレスも、職業柄か一目で高級な生地で作られているとわかる。きっと伯爵位以上の令嬢に違いない。


 シェルリアよりも二、三歳年下に見受けられる彼女こそ、シェルリアにとって初めての依頼人である。


 最初、セドリックとシェルリアを見た彼女は、はっきりと驚きを見せた。

 それもそうだろう。黒い仮面とマントを羽織った二人組が登場したのだ。叫ばなかっただけでも素晴らしい冷静さと言える。


 ちなみに、シェルリアの身に纏った仮面とマントはセドリックが準備してくれたものだ。よもや自分がこのような格好をする日がくるとは、とシェルリアが少しショックを受けたのは余談である。


 その後、すぐさま小屋へと移動したのだが、その間シェルリアは一言も言葉を発しなかった。女性相手なのだからシェルリアが対応した方が警戒されにくいかと思ったが、セドリックの纏う雰囲気と話術で彼女はすんなりとついて来たのだ。

 シェルリア自身も簡単について行った身なので強くは言えないが、こんなにも胡散臭い相手にほいほいついて行く彼女が少しだけ心配である。


 小屋に着くと、セドリックは彼女に椅子にかけるよう声をかけ、奥の部屋へと消えていった。飲み物を準備するのだろうと思い、手伝いに行くべきかとシェルリアは考えたが、勝手に入っていいのかわからなかったため、諦めて部屋の隅に待機する。これもある意味、職業病だ。


 彼女は物珍しそうに小屋の中をきょろきょろと見回す。そして、オブジェと化しているシェルリアと視線がぶつかった。



「お噂では『忘れ屋』はお一人と伺っていたのですが、お二人だったんですね?」



 彼女は緊張しているのか、若干声が弱々しい。それでも話しかけてきたのは、この気まずい空気に耐えられなかったのかもしれない。

 彼女の気持ちが理解できるので、シェルリアは意識して安心させるようゆっくりと声をかけた。



「最近、助手になったばかりなんです。だから、緊張してしまって……」

「わたくしと同じですね」



 出会ってから初めて小さく笑みをこぼした彼女に、シェルリアはホッと息を吐いた。

 その時、ちょうど奥の部屋のドアが開かれ、セドリックが紅茶の入ったカップを三つ持って出てくる。

 彼女の前にカップを置いたセドリックは、テーブルを挟んだ反対側の椅子に座り、カップを二つ並べた。チラリと視線を送ってきたセドリックの意思をシェルリアは正確に理解する。つまり隣に座れということだ。シェルリアは一瞬身を固めるも、素直に従った。


 そして、セドリックはいつもと同じ穏やかな空気を纏い、彼女に視線を向ける。



「早速ですが、お話を伺ってもよろしいですか?」

「……はい」



 そうして彼女、ラフィネ・スチークが語ってくれた話を簡単にまとめると、婚約者がいるのに別の男性を好きになってしまったから、その男性との思い出を消してほしいというものだった。

 スチーク家といえば、伯爵の位を賜わり、領地もそれなりに大きな家だ。幼い頃からの婚約者がいるのも不思議ではない。


 そんな彼女が恋した相手は、同じ伯爵位のデイビット・カイレイム。あまり社交界では名前の上がらない、言ってしまえば地味な立ち位置の男である。



「わたくしが成人して初めて親の同伴なしに夜会に参加した日、婚約者がわたくしを置いて友人達と盛り上がってしまい一人心細くしていたわたくしに優しく声をかけてくださったんです。とても楽しい時間でした。彼は博識で、いろんな話をしてくださいました」



 彼のことを話すラフィネは、きらきらと瞳を輝かせ、まさしく恋する乙女だった。

 けれど、それも一瞬のことで、次第に表情が陰っていく。



「きっと、これがわたくしにとって初恋だったのでしょう。彼は全く気づいていないようですが、わたくしは夜会のたびに彼を探していました。凄く楽しくて、幸せだった。婚約者は昔からの知り合いですが、わたくしには興味がなく、わたくしも人を愛する機会など訪れないと思っていたのです。だけど、出会ってしまった……彼を愛してしまった」



 それは、幸せであり、地獄でもある。

 幼い頃から婚約者がいる者のほとんどは、なんらかの利益を得るために婚約関係を結んでいる。つまり、家同士の契約であり、本人達の意思だけではどうすることもできないのだ。



「……もうすぐわたしくは婚約者と正式に結婚します。でも、簡単に彼への想いを忘れることはできそうもありません。もしかしたら、結ばれないからこそ一生消えないかもしれない。だからーー彼との思い出を消してほしいのです」



 シェルリアは目を伏せる。今にも崩れ落ちそうなラフィネを見ていられなかった。


 シェルリアとラフィネは似ているようで違う。

 シェルリアは浮気した男への怒りに任せ、なかったことにしようとした。けれど、ラフィネは現実を受け入れた上で、彼との決別を選んだのだ。



「本当にいいのですか? 確かに、彼の記憶は消せます。しかし、心の想いは消せません。誰のことを想っていたかはわからないまま、燻った気持ちは残ります」

「それでもいいです。いいえ、彼を好きだった気持ちだけでも残るなら、嬉しいくらいです。それなら、彼に迷惑をかけることなく、誰かを愛したという記憶は心が覚えていてくれるでしょう?」



 そう言って微笑んだラフィネは、実年齢よりもひどく大人っぽく見えた。

 ラフィネは初めから覚悟を決めてきたのだ。ただの世間知らずでフラフラとついて来たわけではない。明確な意思を持って、忘れ屋に会いにきた。



「わかりました。お引き受けしましょう」



 セドリックの落ち着き払った声が、異様なほど小屋の中で響く。


 シェルリアは急に己が恥ずかしい人間に思えた。全てが思いつきで、ただ投げ出したくて忘れ屋を訪ねた自分の考えのなさに、情けなくすらなる。

 セドリックはそんなシェルリアの内情もわかった上で、記憶を消すことを渋ったのだろうか。



「では、目を閉じてください」



 セドリックはそう言うと、音もなく立ち上がり、ラフィネに近づく。ゆっくりと瞳を閉じたラフィネの頭に手を置いたセドリックもまた瞳を閉じた。


 シェルリアは息を止め、その光景を眺める。はたから見れば、ただ目を閉じているだけにしか見えないセドリックが、何をしているのか、シェルリアには全くわからなかった。

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