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王女の提案

 窓を除く壁一面に備え付けられた本棚。そこには、大小様々な本が所狭しと並んでいる。中にはシェルリアが読めない程古い字体のものもあり、未知なる空間と言ってもいい。


 王宮にあるこの部屋は、チェルシーの研究部屋の一つだ。集めた本や資料を保管する場所として使われているため、チェルシーが部屋で作業をしている時には、シェルリアも侍女として入室したことがあるのだが、お茶を出すくらいの時間しかいたことはない。

 研究の邪魔をしないようにと、必要最小限の世話を済ませれば、あとはずっと隣の部屋で待機である。


 というわけで、部屋をまじまじと観察することができて、大変興味深いのだが……



「私は何故ここに呼ばれたのでしょうか?」



 シェルリアは大した説明もなく、自分を部屋に連れてきた張本人、チェルシーに問いかけた。この部屋にいる際はいつも使っている椅子に腰かけ、近くに置いてある本に手を伸ばしていたチェルシーは、シェルリアにニコリと笑いかける。



「すぐにわかりますわ。あぁ、そうでした。これから、わたくしが良いと言うまで、彼の前では『リア』でいてくださいね?」

「え? ……彼?」



 チェルシーの言葉にシェルリアが首を傾げていると、部屋の扉がノックされた。シェルリアは突然のことでビクリと身体を揺らす。

 誰かが来るなどと教えられていなかったため、シェルリアは咄嗟に身構えた。主人を不測の事態からお守りするのも侍女の務めだ。



「どなたでしょうか?」



 シェルリアの固い声が部屋に響く。

 扉の前に騎士がいるとしても、油断してはならない。騎士が通すのは主が許した相手のみ。主が何も言ってきていない以上、騎士を押さえられる輩の可能性も捨てきれないのだ。


 扉を見つめるシェルリアの表情は険しい。けれど、扉の向こう側の人物が誰かわかった瞬間、その険しさはより増すことになった。



「セドリック・ランベルです」

「……なんですって?」



 予想外の人物にシェルリアは混乱する。



「彼ってもしや……」



 思わず確認のためチェルシーへと振り返ったシェルリアは、チェルシーの変わらぬ微笑みに脱力した。



「……どうして言ってくれなかったんですか」

「あら。だって、言ったら付いてくるのを渋ったでしょう?」



 恨み言のように呟かれたシェルリアの言葉にも、チェルシーは悪びれた様子を見せることなく返答する。おっしゃる通りだったので、シェルリアはぐうの音も出なかった。



「どうぞお入りになって」



 チェルシーの招き入れる声に反応し、シェルリアは慌ててチェルシーの斜め後ろに控える。

 出入り口は扉一つのみで逃亡は不可能。それどころか、暗に逃げるな、とチェルシーから釘を刺されてしまっては、どうすることもできなかった。



「失礼いたします」



 ゆっくりと開かれた扉の向こうの彼は、中を見た瞬間、僅かに目を見開いた。セドリックの視線は完全にシェルリアに向かっている。


 これが一般的の女性だったなら、頬を染めて喜んだだろう。以前のシェルリアもそうだったに違いない。

 しかし、現在のシェルリアは若干血の気が引いていた。一言で表すのなら『生きた心地がしない』である。



「突然呼んでしまってごめんなさいね、セドリック」

「とんでもございません。お呼びいただき光栄でございます。殿下におかれましてはーー」

「あぁ、いいのです。わたくし達の仲なのですから、堅苦しい挨拶はなしにしましょう」



 膝をおり、敬意を表そうとしていたセドリックをチェルシーは片手を上げて止める。セドリックもすぐに姿勢を戻し、いつもの優しい笑みを浮かべた。



「では、お言葉に甘えて。早速ですが、本日はどのようなご用件でしょうか? 研究のお手伝いですか?」

「違うのです。本日はお願いがありまして、この子、()()を貴方の仕事に同伴させてもらいたいの」

「へっ!?」



 素っ頓狂な声をあげたのはシェルリアだ。セドリックも驚きを隠せないのか、普段ならば到底見られないだろう、あんぐりと口を開けた状態で固まっている。



「チェルシー様!? 何を仰っているのですか? 大体、私に薬師様のお手伝いが務まるはずありません!」



 侍女が口を開いていい場面ではないのだが、シェルリアは居ても立っても居られず、大きな身振りでチェルシーに訴える。

 だが、チェルシーはどこか楽しんでいるようにも見える笑顔で「違うわよ」と言った。



「薬師の仕事なわけがないでしょう? リアが同伴するのは『忘れ屋』よ」

「っ!?」



 今度こそ絶句である。確かに、シェルリアはチェルシーに、セドリックとの間に起こった事を洗いざらい話した。その中にはもちろん『忘れ屋』でのこともあったのだ。

 チェルシーの様子からすると、セドリックが『忘れ屋』であることは知っていたようであったが、だからって一番相手に思い出してほしくない所の手伝いをしろというのは酷すぎる。



「ちょっと待ってください。私はーー」

「彼女は俺が『忘れ屋』である事を知っていると?」



 シェルリアの抗議の声を遮ったのは、笑顔の抜け落ちた怖い表情のセドリックだった。一人称が『私』から『俺』に変わるくらい動揺しているようだ。

 その余裕のないセドリックの様子にシェルリアは僅かながら驚いた。けれど同時に、漠然とだが、こちらが彼の本来の姿なのかもしれないとも思う。


 その証拠に、普段と様子の違うセドリックを前にしても、チェルシーは驚くどころか、さらに笑みを深めた。



「ええ、そうです。貴方が()()()()()()だけ」

「……覚えて、いない」



 一瞬、シェルリアには部屋の空気が止まったように思えた。睨むように見つめ合ったまま動きを止めたセドリックとチェルシーから、シェルリアは目が離せない。


 先に動き出したのはセドリックだった。身体から力を抜くように重々しい息を長く吐き出したセドリックは、さっと視線をシェルリアに向け、ふわりと笑う。

 まるで先ほどまでのことが嘘だったかのような甘く優しい笑みに、シェルリアは息を呑んだ。



「それじゃあ、これからよろしくお願いします」

「え!? や、でも……」



 簡単に受け入れてしまったセドリックに困惑しつつも、この状況を何とか回避したいと、シェルリアはチェルシーに救いを求める眼差しを送る。だが、それは神々しい笑顔に呆気なく跳ね返された。

 チェルシーのあの笑顔は命令と変わりはしない、とシェルリアは思う。



「……よ、よろしくお願いいたします、ランベル様」

「ランベル様はよしてください。これからは仕事のパートナー。セドリックで構いませんよ、リアさん」

「な!? いえ、そういうわけには……」



 諦めて渋々ながら受け入れたはいいものの、新たな試練にシェルリアは狼狽える。

 ついこの前まで腹を立てていた相手だというのに、見た目の良さとは恐ろしい。本人には自覚がない(あったら余計に恐ろしい)だろうが、あんなにも爽やかスマイルで言われてしまうと嫌でも顔が熱くなる。



「で、では、セドリック様と……」

「はい。ありがとうございます」



 シェルリアは早速心の中で白旗を振りつつ、何故こんなことになってしまったのかと肩を落とすのであった。

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