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CASE 02‐LINE‐(下)

 夕焼けを浴びた川が朱く輝いている。

 愁斗の顔はにこやかであった。真横でそれを見ている西岡の自然と笑みがこぼれる。

「あれ秋葉がやったんだろ?」

「ん?」

「とぼけんなよ」

「勝手に脱ぎはじめたんだよ、きっと露出狂の気があるんだよ」

 あの場所で妖糸を使えば、誰であろうと愁斗に疑いの目がいくだろう。その危険があるにも関わらずに愁斗は妖糸を使ってしまった。些細な気まぐれを動機に。

 『教育』を施されようとも、やはり愁斗の本質は『人間』であったのだ。

 ふいに愁斗の足が止まった。

「今日は楽しかったよ、ありがとう。また明日」

 愁斗は西岡に軽く手を振って別れの挨拶をした。挨拶をされた当の本人である西岡は、きょとんと目を丸くして辺りを見回している。

 右手にある土手を下った先にあるのは川であり、左手には野原や農地が広がっていた。道はまだまだ先まで続いている。ここは別れ道ではないのだ。それなのに愁斗は別れを告げた。

 不思議な顔をしながらも西岡は愁斗に手を振った。

「明日もどっか遊びに行こうぜ、俺のダチも紹介すんから。んじゃ、また明日な」

「またね」

 走り去る西岡を見ながら愁斗はゆっくりと指先を動かしはじめた。

 愁斗の視線が注がれる。

 川辺に腰を下ろし、近くの小石を拾っては川に投げ込む少年の影。その影はふぅっと立ち上がる。

「この道を通る確立が一番高かったから、ここで待ち伏せさせてもらったよ」

 背格好は愁斗と同じで、歳も同じくらいだろう。どこか大人びた雰囲気を纏うところも愁斗に似ている。この気は魔導を帯びたモノが放つ気だ。

 傾斜になっている土手を滑り降りた愁斗は少年の前に立ち、剃刀のような瞳で相手を見据えた。

「僕になんのようだい?」

「僕が追ってる相手と同じ技を使うみたいなんでね。もしかしたらあいつの知り合いかなって」

「技?」

「そうそう、操る技。とぼけてもダメだよ、君が他校の生徒で遊んでるのちゃんと見ちゃったんだから」

 これは完全に愁斗自身の失態であった。やはり人のいるところで妖糸を使うべきではなかったのだ。しかも、嫌な相手に見つかってしまった。そう、愁斗はこの少年を知っていた。

 数時間前、愁斗――いや、紫苑はこの少年に敗北した。

 不幸中の幸いか、少年はまだ愁斗が紫苑の操り主であることを知らないらしい。

 表情を完全に消している愁斗が訊ねる。

「仮に僕が君の探している人物の知り合いだとしたら、僕にどうしろというんだい?」

「住所氏名年齢、連絡先もかな。とにかく奴のことを知りたいんだよ」

「なにも知らない。君に提供できる情報はなにもない」

「襤褸布着てたし、顔は仮面で隠れてたから、まったくどこの誰だかわからないんだよね。えっとね、そうそう、背は君より高くて、声はもっと透き通った中性的な声だったような気がする」

「知らない」

 と言い張る愁斗に少年は一度目を合わせて、視線を下げた。そして、もう一度、愁斗を見た瞳は狂気を浮かべていた。

「君ってヤナ奴だね。僕、君みたいな奴嫌いだよ。ホントむかつくね。さっさと、くたばれって感じ」

 少年は肩から紐で提げていた筒から、素早く武器を取り出した。

 長く細い刃が夕日を浴びて赤く輝く。それはレイピアと呼ばれる片手持ちの剣であった。フェンシングと呼ばれる剣術に用いられる剣だ。

 先に仕掛けたのは少年であった。

 疾風のごとく突きが紫苑を捕らえる。剣先を紙一重で交わしたはずだった。だが、愁斗の頬に紅い筋が走った。

 すぐに次の突きが繰り出される。

 しゅっと風を切り、愁斗の上着の袖が少し切り裂かれた。

 後ろに飛び跳ねる愁斗の手から煌きが放たれる。

 だが、妖糸は見事に切断され、大地にはらりと散った。

「――やはり攻撃が読まれているか」

「僕は確立の糸が見えるのさ!」

 意気揚々と声をあげた少年はにやりと下卑た笑いを浮かべた。

 確立の糸が見えるとは、どのようなことなのだろうか?

 全ての事象を事前に知ることのできる予知能力のようなものだろうか?

 ならば、誰もこの少年に勝ち目がないではないか。

「僕が見える糸は全てのものから伸びているんだ。少し目を凝らしてやれば、糸はおのずと見えてくる。でも糸っていうのは例えさ、感じるだけで糸のようなものが見えてるわけじゃないよ」

「確立と言ったな? なら、普段と違う行動をすれば読まれないということか?」

「普段と違う行動をするのも確立に含まれてるよ。君がそれをしようとすれば、その糸は太くなる。つまり、君の行動は全てお見通しさ!」

 それは自身に満ち溢れた勝利宣言であった。

 やはり、また逃げなくてはならないのか。いや、相手が逃げ切れぬほどの、高確率でヒットする攻撃を繰り出せばいい。と、愁斗は紫苑でこの少年と戦ったときに考えた。それが浅はかな考えであったと知ったから、逃げるしかなかったのだ。

 ――だが、やるしかない。

 同時に放たれた二本の妖糸が地面の上を翔ける。

 だが、やはり少年に軽く避けられた。

 三本目が放たれる前に少年は逃げていた。それも遥か後方へ。

 愁斗は三本目の糸を放つことはなかった。だから、次の攻撃もなくなってしまった。

 最初に放った二本の糸から力が抜ける。三本目を放とうとしたとき、まだ最初の二本は愁斗と繋がっていた。攻撃を外したと思わせ、最初の二本を罠として使う気だったのだ。しかし、三本目を放つことができなかったために、二本の糸は罠としての効果を失った。

 少年は遠く離れた場所で笑っていた。

「確立が見えるってことは、相手のしようとしていることの妨害もできるんだ。僕にだって避けられない確立になることもあるさ。でもね、避けれない状況に追い込まれる前に先手は打てる」

 紫苑で戦ったときもそうだった。少年は必ずヒットする攻撃をさせないのだ。そして、全ての攻撃は、いつしか少年が望む場所に繰り出されていた。こちらの意思で放ったはずの攻撃が、相手の意思になっているのだ。

 傀儡師が相手に操られている。これほど愁斗にとって屈辱的なことはなかった。

 妖糸を放とうとした愁斗の手が不意に止まり、少年は悪戯に嗤った。

「やっぱり来たね――君の友達」

 二人しかいなかったこの場に三人目の気配が現れた。

「なんだかおまえの様子が気になって、戻って来ちまったよ」

 この場に現れたのは、愁斗の態度が気がかりで戻ってきた西岡大吾だった。

 背中にかけられた声に反応して、愁斗が振り向こうとしたときだった。

「秋葉危ねぇ!!」

「――!?」

 愁斗が背を向けた一瞬の隙をついての突き[エペ]が繰り出された。

 レイピアの切っ先は愁斗の肩の付け根を貫きすぐ抜かれ、少年は素早く後退り間合いを取る。

 すでに自分に背を向けている愁斗の肩から流れる血を見て、西岡は上ずった声をあげた。

「どういうことだよ?」

 ここに来て間もない西岡には、愁斗と少年、そして自分の置かれてしまった状況が理解できなかった。

 殴り合いの『喧嘩』ならよくある話だが、これは『殺し合い』だった。

 レイピアを構えなおした少年が地面を駆けた。

 放たれる細い煌きを避けながら疾走する少年を見ながら、西岡は呆然と立ち尽くしてしまっていた。その少年が徐々に自分に近づいてきているのに気づきながら、西岡はなにをしていいのかわからなかった。

「西岡逃げろ!」

 友人の叫びを浴びせられ、やっと西岡は走った。必死に逃げる西岡の足は早い。しかし、徐々に縮まる二人の距離。比べるまでもなく、少年の足の速さは西岡を遥かに凌いでいたのだ。

「うあっ!」

 西岡は急激な痛みを背中に感じ、地面に膝をついてしまった。背中は学生服ごと切り裂かれている。少年の放った斬り[サーブル]が決まったのだ。

「確立は僕にいいようになって来たみたいだ」

 蹲る西岡の首元に細い刃が突きつけられた。

「さあ、蹲ってないで立て! 僕の盾になってもらうよ」

 首元に刃を突きつけられている西岡に拒否権はなかった。相手の言うがままに立つしかない。

 ゆっくりと立ち上がる西岡の首元に刃は突きつけられたままだった。少しでも動けば、殺される。少年の姿をしているが、中身は悪魔だ。西岡もそれをひしひしと肌で感じ取っていた。

 愁斗と少年は対峙した。その間に挟まれる西岡は、人懐っこい笑顔を浮かべていた。

「すまねぇな秋葉。おまえが俺のことさっさと帰したわけ、これだったんだな。ホントすまねぇ、足引っ張ってさ」

 西岡の影で少年は顔を醜悪に染めていた。

「どうする秋葉くん? 僕はいつでもこの人質を殺せるよ」

 愁斗はなにも答えなかった。ただ無言で立ち尽くし、西岡を見つめた。二人の視線が合う。そして、西岡が笑顔を崩したのだ。

「なあ愁斗助けてくれよ」

 西岡の顔に悲愴が浮かび、彼は大粒の涙を流していた。

「俺死にたくないんだよ、助けてくれよ。なんでこんなことに……おまえと出会わなければ……」

 くしゃくしゃの顔をして泣きじゃくる西岡を見て、愁斗はひどく哀しい表情をした。

 ――そして。

 紅い飛沫が地面を彩った。

「ま、まさか……その確立は……見えなかった……」

 両脚を消失させた少年は、自らが流す血の海に体を埋めた。そして、その横では少年と同じ目に遭わされた西岡が腹ばいになって呻いていた。

「……なんでだよ……俺ま」

 西岡の首が落とされた――愁斗の妖糸によって。表情のない愁斗は非情なまでに、自ら友人に止めをしたのだ。

「君は鬼だ悪魔だ、あははははっ!」

 蒼白くなっていく少年は血の海で笑っていた。

「あはは、君と出会わなければよかった」

「…………」

 愁斗はなにも言わず、冷たい視線を少年に送り続けていた。

「僕は高い確率のものしか見えないんだ。でもね、例外がある。自分の死の確立さ。僕は常に自分の死……の確立に怯えて……いたんだ……」

 少年の声は徐々にか細く弱々しくなっていく。それでも少年は話し続けた。死の恐怖から逃げるように。

「道端を……歩いてい……て死ぬことなんて……滅多にない……けどね……死ぬ確立はゼロじゃ……ない……君……と出会ったとき……僕が……君に殺される……確立が……でていた…………とても少ない確立さ……その場で逃げて……いれば……僕は……死ななかった……かもしれない……けど……僕は……君を殺さずには……いられなかった」

 少年は固唾を呑み込んで、囁くように投げかけた。

「……なぜだか……わかるかい?」

 問いかけを残して、少年は事切れた。

 世界が朱色に染まる中、愁斗は歩きはじめた。

 二人の亡骸を残して……。

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