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CASE 06‐渦潮の唄‐(3)

 鴉のようなロングコートを着た肩には、鋭い眼つきをした本物の鴉が停まっていた。

 丸いサングラスの下で唇が嗤っている。

「あなたはいつ『組織』を裏切るかわかりませんから、そのための監視です」

 影山彪彦は撫子に顔を向けていた。

「にゃ、アタシが裏切るわけにゃいじゃん。そんにゃことしたらコワイコワイ」

「過去に嘘の報告をしたことをお忘れではありませんよね?」

「げっ、あ……あれは本当に愁斗クンが死んだように……思えたかも?」

 かなり動揺する撫子。

 過去に撫子は愁斗を追ってから巻くために、死んだと虚偽の報告をしたことがあったのだ。けれど、その報告もすぐに嘘とバレてしまった。

 彪彦はソファに腰掛け、撫子に注文を頼む。

「わたくしにも飲み物を。そうですね……外は寒かったですから、この中国茶なんて良さそうです」

 メニュー表の写真を指差して撫子に見せた。

「はいはい、そのお茶1つね」

 カウンターに注文を入れる撫子を置いて、彪彦は『さて』と前置いて愁斗に顔を向けた。

「茅ヶ崎に現れた龍について知りたいのでしたっけ?」

「そうだ、あれは本当に『組織』の仕業なのか?」

「そうとも言えますが、違うとも言えますね」

 どっちつかずの言い方に愁斗は眉をひそめた。

「どういうことだ?」

「うちの『組織』の組員がしたことには変わりないようですが、この頃うちの『組織』は内部で多く問題をかけておりまして、いわゆる内部分裂と言うものですね」

「それはつまり今回の件は本体の意向ではないと?」

「そういうことになりますかね」

 ならばもしかしたらという気持ちが愁斗に過ぎる。

「僕が今回の件に首を突っ込んでも問題はあるか?」

「どのように突っ込むかによりますが?」

「今回の計画を阻止する」

「なるほど……本部としては大喜びでしょうが、今回の件に関わる過激派に目を付けられるかもしれませんね」

 50:50と言うところだろうか。

 今の愁斗が『組織』に牙を向けば周りにも被害が及ぶ。けれど、今回の件に関しては、手を出しても『組織』本体からの制裁はない。それでも、本体以外からの制裁はあるかもしれない。

 彪彦は言葉を付け加えた。

「愁斗さんのことを知る者は『組織』でもごく一部です。そもそも施設から逃げ出した子供を知る者も少ないですから。過激派に狙われるとしても、我々が愁斗さんを探していた理由ではなく、今回の件を邪魔された件についてだけでしょう」

 当たり前の話として組織などの構成員が、組織の活動や事情を全て知っているはずがない。愁斗のことを知る者もいれば、知らない者もいる。彪彦は今回の過激派は知らないと判断していた。

 ここで愁斗は推理を働かせていた。

「もしかして今回の事件に関わっている者を知っているのか?」

「大よその検討はついていますよ。実は、わたくしは今回の件の収集を命じられている1人でして、多くの情報を握らせていただいております」

「教えて欲しい」

「無理をなさならいと約束であれば」

 愁斗が無言で頷き、彪彦も静かに頷いた。

「ではお教えしましょう。情報によりますと、鎌倉に潜伏しているとのことです。現地にはすでに『組織』の構成員が忍び込んでいます」

「鎌倉のどこに?」

「さて、そこまではわかりません。わかっていれば、わたくしがここでのんびり話しているはずもありませんから」

「相手のメンバーは?」

「おそらく3人。それはあくまで実行部隊の数ですが。名前はゾーラ、シュバイツ、キラ。能力まではお教えできませんが宜しいですか?」

 親切に答える彪彦。

 それにたいして愁斗に疑心がないわけではない。

「あと1つだけいいか?」

「1つと言わず、わたくしが答えられる範囲ならばなんなりと」

「なぜ僕にそこまで情報を流す?」

「あなたが望んだ情報ではありませんか?」

「僕は今でもお前たちを恨んでいる。機会があればいつでも復讐する覚悟だ。なのになぜお前らは僕に手を出さない、そればかりか情報まで教えるなんて……」

「不満ですか?」

「…………」

 愁斗は押し黙った。

 不満などではない。理解ができないのだ。彪彦の態度も信用できない。相手の掌で躍らされているようで、気に食わないのだ。

 沈黙する部屋に店員が飲み物を運んできた。

 明らかに気まずい雰囲気に、店員は早々に仕事を済ませて出て行く。

 彪彦の肩に乗っていた鴉がテーブルに降り、湯気と香りの立つティーカップに口をつけた。

 そして『彪彦』が口を開く。

「安っぽい味ですね」

 半分以上残ったカップを置いたまま彪彦は立ち上がった。

「では、わたくしは仕事がありますので、失礼いたしますよ」

 黒いコートを靡かせてドアに手を掛ける彪彦は、そこで急に振り返って撫子に顔を向けた。

「来月の振込みは10パーセントカットです」

 その言葉を残して彪彦は消えた。

「今でも生活厳しいのに!」

 撫子が叫んだ。

 難しい顔をして愁斗が立ち上がった。

「僕も先を急ぐから」

 そう言って財布から5000円札を出してテーブルに置いた。

 撫子が手を伸ばした先で部屋を出て行く愁斗の後姿。

 独り部屋に残されてしまった撫子はリモコンを手に取った。

「もぉ、独りで歌いまくってやるんだから!」

 マイクを握る手はいつも以上に力が入っていた。


 その頃、亜季菜たちは愁斗よりも早く鎌倉に向かっていた。

 愁斗のように情報を得たわけではなく、瑠璃の胸騒ぎがするという言葉を信じた。

 今度は伊瀬が運転手を務めている。その助手席に瑠璃が座り、後部座席に亜季菜が座っていた。

 瑠璃の勘とも言える言葉を信じたわけだが、それでも確証のないことに亜季菜は不満を漏らした。

「本当にこっちの方向でいいわけ?」

 瑠璃は小さく頷く。

「はい、感じるのです、禍々しい怨念とも言うべき力を」

「禍々しい怨念って龍封玉が発してるわけ?」

「違います、私を呪っている者の力です」

「誰それ?」

「まだわかりません。もしかしたら罠かもしれません」

 信号で車を止めた伊瀬が口を挿む。

「罠なのでしたら危険でありませんか?」

「罠だとしても、なにか手がかりがつかめると思います」

「そうよねー、情報が不足してるのだから、こっちから罠に飛び込んでやるっていうのよ」

 と、亜季菜は後部座席にそっくり返っていた。

 鎌倉市内に入りしばらく経ったところで、急な震えが瑠璃の身体を襲った。

「今、なにか嫌な『死念』を感じました」

 後部座席から亜季菜が乗り出した。

「『思念』?」

「はい、向こうも私に気付いているようです。確実に私を呼んでいるのを感じました」

 その後、車は鎌倉駅を外れて住宅街の方向へと走った。

 瑠璃は自らの体を抱き、不安と戦っていた。

 自分を呼ぶ者の輪郭が現れ、正体が浮き彫りになっていく。

 そして、それは確信へと変わっていった。

 待ち受けている敵は亡霊だ。そこまでわかっていて、瑠璃は自分の考えを否定した。黄泉がえってはいけない存在。

 悲鳴とも叫びともつかぬ過去の幻聴が瑠璃の耳に響いた。

 醜く恐ろしく、凄惨な死を遂げた姫の名。

 あの戦い以降、その姫の名を呼ぶことは禁忌とされた。一族では名を喚ぶと死者が来ると恐れられているからだ。

 心の臓を抉られるような激しい痛みが瑠璃を襲った。

「止めてください!」

 玉の汗を掻きながら瑠璃は叫んだ。

 急ブレーキが踏まれ車が止った場所は、平凡なマンションの前だった。

 車から降りてマンションに入ろうとしたが、入り口はオートロックでロビーにすら入れない。

 亜季菜は少し考え、

「宅配便でも装おうかしら」

 と、適当な部屋の住人を呼び出そうとしていたところで、中から住人が出てきた。

 すれ違う住人に軽い会釈をしながら、何食わぬ顔で3人は開いた自動ドアに身体を滑り込ませた。

 先を歩くのは瑠璃だ。

「こちらの方向です」

 なにかの力を感じながら歩いているためか、エレベーターには乗らずに階段を使い、もっともなにかを感じるフロアを選んで出た。

 ある部屋の前で瑠璃の足が止まった。

「おそらくこの部屋だと思います」

 ドアノブを回したが、カギが掛っていて開きそうもない。

 亜季菜は伊瀬に目で合図をした。

「適当な理由をつけて管理人を呼んできて」

「はい、すぐに」

 身体の向きを変えた伊瀬の瞳に、コンビニ袋を持った少年の姿が映った。

 ひと目でただの少年でないと感じた。

 外観のわりに大人びていて、眼の奥に狂気が宿っている。

 少年はコンビニ袋を地面に置いた。

「あんたらなにやってんの?」

 最初から喧嘩腰の声音だった。

 伊瀬はすぐに瑠璃と亜季菜を背中に隠した。

「あなたはこの部屋の住人ですか?」

「だったらなに?」

「少々お話したいことがあります」

「ヤダね、オレには話すことなんてねぇーよ」

 少年はパーカーの腰ポケットに両手を突っ込んだ。

 伊瀬は来ると感じて瑠璃に尋ねる。

「瑠璃様は戦えますか?」

「はい」

「では、亜季菜様のことは任せました」

 伊瀬が背広の内ポケットに手を入れた瞬間、少年はパーカーから手を抜いた。同時に拳より一回り小さい丸い物体が飛んだ。それも2つ同時だ。

 軽いフットワークで伊瀬はそれを躱し、優れた動体視力でそれがヨーヨーだと知った。

 少年はすぐに背を向けて廊下を駆けた。

 逃げたというより誘っている。その誘いに伊瀬は乗った。狭い廊下でいつ人が来るとも限らない。伊瀬としても場所を替えたかった。

 少年は俊足で階段を駆け上がり、屋上を目指しているようだった。

 格子状の扉を乗り越えて少年は屋上へ出た。そのすぐあとを伊瀬が追いつく。どちらもまったく息を切らせていない。

 伊瀬は両手を背の後ろに隠していた。

 再び少年の手から2個のヨーヨーが放たれる。

 1つ目のヨーヨーを伊瀬は身を低くしながら避け、2つのヨーヨーは体勢を変えるよりも早く隠していた手を出した。

 手には合金のグローブが嵌められ、逆手に握っていたナイフがヨーヨーを弾く。

 身を低くした体勢のまま、伊瀬は勢いをつけて地面を蹴り上げた。

 2個のヨーヨーを引き戻すスピードと伊瀬のスピードはほぼ互角。ただ、ヨーヨーは引き戻してから攻撃に移る。

 輝くナイフの刃が少年の眼前を薙ぎ、刹那にして伊瀬の背中からもう1本のナイフが姿を見せた。

 ナイフが少年の生首を裂く寸前、ヨーヨーが伊瀬の腹を殴った。

 とてもヨーヨーとは思えぬ衝撃に伊瀬は後方に吹き飛ばされ、苦しそうな顔をしながらナイフを握ったままの手で眼鏡を直した。

「ただのヨーヨーには思えませんね」

「ただのヨーヨーじゃねーもん。オレの魔力を込めてあるんだぜ」

「少年だと思って甘く見れませんね。敬意を称して自己紹介をさせていただきます。わたくし伊瀬俊也と申します」

「オレにもしろってこと? オレはキラ、魔導結社D∴C∴の構成員。彼女募集ちゅー」

 D∴C∴の名前は愁斗から何度も聞かされている。

 伊瀬は逆手に握るナイフを握り直した。

「では、参ります」

「おう、かかっておいで兄ちゃん」

 キラは余裕の笑みで伊瀬を迎えた。

 魔導結社D∴C∴の構成員が常人であるはずがない。方や伊瀬は亜季菜の専属秘書である。

 2人の力の差は?

 キラに比べて伊瀬の腕はリーチが長い。だが、ヨーヨーの長さを入れれば優劣は変わってくる。尚且つ、ヨーヨーは通常のヨーヨーに比べて変則的に動いてくるのだ。

 ヨーヨーを躱しながら伊瀬はチャンスを窺う。

 キラはまるで遊んでいるように、軽いステップを踏みながらヨーヨーを繰り出していた。

「あんたなかなかやるじゃん。そこらのクズどもに比べたら大したもんだよ」

「それはありがとうございます」

 ナイフがヨーヨーの糸を切ろうとした。

 伊瀬の眼つきが変わる。

 糸は切れずにナイフに巻きつき持って行こうとしたのだ。

 すぐさま伊瀬は絡みついた糸からナイフを抜いて死守する。

 やはり狙われ易い糸は一筋縄では切れないようだ。

「糸を切ろうとしてもムダムダ。この糸は人肉と特別に調合された薬を与えて育てた蚕が出す糸で作ってんだ、ただのナイフじゃ切れないぜ」

「生憎ただのナイフではないんですけどね、切れませんね」

「ただのナイフじゃないのに切れないんだダッセーな。そのナイフなにでできてんの?」

「隕鉄を鍛え、特別な術法を施し、呪文を刃に刻んでいます」

 隕鉄とは隕石に含まれる金属のことである。

「マジか、魔術使用かよ。あんた何者なんだよ」

「ただの会社員です」

「ウソつくんじゃねーよ」

「ただ、昔お世話になっておりましたお屋敷で、この世のモノではないモノと戦う術を仕込まれました」

 相手が自分たちに近いと知って少年は心を奮い立たせた。

「おもしろいじゃん。でもオレには勝てないぜ」

「私もまだ負けられません」

 亜季菜を残して死ぬわけにはいかない。

 それは遠い日の約束だった――。

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