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CASE 06‐渦潮の唄‐(2)

 魔法陣の上に浮かぶ亡霊に魔導士ゾーラは悪態をついた。

「ふんっ、龍封玉を盗んで来てやっというのに、海龍を操れんとは口ほどにもない」

「おのれぇ言わせて置けば」

 亡霊の影は赤く揺れる炎のように憤怒していた。

 揺れる影に時おり映る女の顔。

 妖艶な邪悪さを持った美を誇っている。

「肉体さえ、肉体さえ完璧ならば海龍など妾の思うが侭じゃ!」

「お前の肉体は死んだ。魂も私が召喚せねば久遠の闇を彷徨っていたのだぞ、少しは役に立ってもらわねば困る」

「貴様などに使われる妾ではないわ。己が復讐のため、お主と利害が一致しておるだけじゃ」

「それでもいい、とにかく海龍を操ってもらおう」

「言われなくともわかっておるわ!」

「ならばいいのだ、頼んだぞ」

 ゾーラはマントを翻し、小さな部屋を後にした。

 フローリングの廊下はリビングに続いていた。

 キッチンの横を抜けてリビングまで行くと、新聞を読むのをやめたタキシードの男が尋ねてきた。

「どうでしたか?」

「まだまだ時間がかかりそうだ」

「なら気長にやりましょう」

 タキシードの男――シュバイツは再び新聞を読み始め、コーヒーカップに手を伸ばした。

 しかし、そんな態度が気に食わない者がいた。ヨーヨーで遊んでいるキラという少年だ。

「なにまったりしてんだよ、早くドーンとガーンって派手にいこうぜ」

 ゾーラは首を横に振った。

「若いと気が短くてかなわん。もう少し悠長に構えたらどうだ?」

「なに言ってんだよアニキ、早く怪獣を操って町をぶっ壊そうぜ」

「こんな若造がいるとは、我らの組織も相当な人手不足と見える」

「んだと、オレより先輩だからってデカイ面すんなよ。なんならやっか? 相手になってやるぜ」

 2人が殺し合いをはじめる前に、シュバイツは新聞を置いて口を挿む。

「ゾーラさん、彼の実力は僕が保障しますよ。上の命令で何度かチームを組まされましたが、戦闘に関してのセンスはなかなかのものです」

「平気な顔をして嘘をつくお前の言葉だが、その言葉は信じよう」

 そのままゾーラはキラに顔を向けた。

「活躍を期待する」

「大活躍するぜ」

 自信に満ち溢れたキラの顔を見ることなく、ゾーラはマント翻して部屋を後にした。


 せっかく遠い漁村まで来たというのに、またすぐに移動する方向で話が進んでいた。

「ちょっとなによ、また何時間も運転しなきゃいけないわけ?」

 怒り出す亜季菜に愁斗は首を振った。

「いえ、もうすぐヘリの迎えが来ます」

「ヘリが来るってどういうことよ?」

「伊瀬さんを呼びました」

「愁斗クーン! 裏切ったわね!!」

「別にそういうわけじゃありません」

 怒る亜季菜と受け流す愁斗。

 それを横で見ていた瑠璃は申し訳なさそうな顔をしていた。

「私のせいでごめんなさい。本来は私の方から愁斗様の元へ出向かねばならなかったのですが、広い世界のどこに愁斗様がいるのかわからなくて、結果的に愁斗様の方に私を探させてしまいました」

 愁斗がする質問を代わりに亜季菜がする。

「どうして愁斗クンの力が必要なのよ?」

「それは――」

 瑠璃が答える前に愁斗が口を挿んだ。

「ヘリが来ました。続きは移動しながら話しましょう」

 波を立て、砂を巻き上げ、大型ヘリが上空から降下してくる。

 砂煙を浴びて亜季菜は咳き込んでいた。今日はなんだかツイてない日だ。

 砂浜に降りたヘリからスーツを着た伊瀬が降りてくる。

「皆様、お待たせいたしました。どうぞ足元にお気をつけてお乗りください」

 伊瀬の横を抜けるとき亜季菜はアッカンベーをした。

 3人を新たに乗せてヘリは上昇をはじめ、機内で先ほどの話が続けられた。

「私が愁斗様の力を必用とした理由ですが、それは地上人で他に頼れる方がいなかったからです」

 その言葉が意味するところは、海ではなく地上で問題が起きたということだ。

 亜季菜が口を挿む。

「ところで茅ヶ崎の海岸に現れた怪物なんだけど、あれあなたと関係あるわけ?」

「はい、あのような事態が起きぬように私たちはある秘法を守っていました」

 それには愁斗も心当たりあがった。

「たしか龍封玉でしたか?」

「そうです、その龍封玉が盗まれてしまったのです」

 以前、幼い愁斗が巻き込まれた龍封玉を巡る戦い。真珠姫の死と、瑠璃の子である海男の死によって、戦いは幕を閉じたはずだった。あれ以降の出来事は愁斗の知るところではない。

 あの戦いのときも、龍封玉の在り処が愁斗に教えられることはなかった。

「抜け殻となった海男の身体は海へ還り、龍封玉だけが私の手元に残りました。龍封玉は海男の体内に隠されていたのです」

 と、瑠璃は目を伏せて語った。

 その事実を知らなかった真珠姫の手によって、海男は刹那に止めを刺された。そして、死んだ海男は母と共に海に帰ったのだった。

 事情を知る愁斗には大よそが伝わったが、亜季菜にはまだわからない部分が多い。

「その龍封玉について詳しく教えてくれないかしら?」

 尋ねる亜季菜に瑠璃は深く頷いた。

「はい、龍封玉とは私たちの先祖が凶悪な龍神を封じ込めていたものです」

 亜季菜はこの言葉ですべてが理解できたような気がした。

「茅ヶ崎に現れた怪物はその龍封玉とかいうのに封印されていたわね。ならまた封印して一軒略着ね」

 口で言うならそれだけだが、実際は簡単にいかないのが世の常だ。

 先にも述べたが龍封玉が盗まれたらしい。まずは犯人を見つけることが先決かもしれない。

 愁斗が尋ねる。

「龍封玉を盗んだ相手の心当たりは?」

「確か魔導士の男がダークネス・クライと名乗ったと思います」

 それを聴いた愁斗は眼を見開き、辺りの空気が一瞬にして氷結した。

 D∴C∴(ダークネス・クライ)とは、愁斗が復讐すべき最大の敵。社会の闇に潜む魔導結社の名前だ。

 しかし、現状ではD∴C∴との戦いは休戦状態であった。

 今の愁斗には失いたくないものがたくさんある。いざ、D∴C∴との全面戦争になれば、大切なものを失うことは目に見えていた。

 ――もうなにも失いたくない。

「僕は協力できないかもしれません」

 愁斗の言葉を聴いた瑠璃は哀しそうな顔をしていた。

「なぜですか?」

「僕はD∴C∴に目を付けられています。僕がD∴C∴に手を出せば、多くの人の命が危険にさらされます」

「だからと言って龍神を野放しにするのですか、そうなれば多くの人の命が失われるのですよ」

「……僕には関係のない人たちですから」

 塞ぎこんだ愁斗は遠くの景色を眺めた。

 愁斗は自分が正義だと思ったことはない。どちらかというのならば悪だろう。恐ろしい〈闇〉の力を操り、多くの人を殺してきた。

 それが、なぜか最近、正しい道について考えてしまうことが多くなった。

 昔の愁斗とは変わってしまった。

 愁斗は自分の心が弱くなってしまったと感じていた。

 守るべきものができて弱くなってしまった。〈闇〉を操ることにすら不安を覚えるようになってしまった。そのうち戦うことすらできなくなるのではと、恐怖にも似た想いを抱いていた。

 ヘリは都内に入り亜季菜が所有する会社の屋上に降りた。

 そこについても愁斗は塞ぎ込んだままだった。

 自分が今何をするべきなのか、未だに迷ってしまっている。

 関係ないという決断ができれば、この場で瑠璃たちと別れただろう。

 しかし、その決断のできなかった愁斗は、瑠璃や亜季菜と共に社長室へと足を運んだ。

 社長室に集まったのは4人だけ。外部の者には話を聞かれたくない。

 愁斗、瑠璃、亜季菜、伊瀬。4人はテーブルの周りにソファを囲み座った。

 未だに愁斗は塞ぎ込んだまま、伊瀬は必要となければ無闇に口を挿まない。話し合いは大よそ亜季菜と瑠璃で勧められていくだろう。

 まずは亜季菜が口を開く。

「今回の件に関して、アタシは瑠璃さんに全面的に協力するわよ」

「本当ですか、ありがとうございます」

 純粋な気持ちでお礼をいう瑠璃の気持ちとは裏腹に、やはり亜季菜にはビジネスの思惑がある。

「龍封玉のことなのだけれど、取り戻せば再び怪物を封印できるわけなの?」

「そうです、龍封玉を盗み出したのは地上人ですから、きっと地上のどこかにいるはずなのです」

「検討はないわけなの?」

「本来ならば大よその位置がわかるはずなのですが、なにか特殊な措置をしたらしく、まったくどこかわかりません。このままでは龍神を操り、地上の人々だけではなく、私たち海の民にも甚大な被害がでるでしょう」

 亜季菜の眼つきが変わった。

「ちょっと待って、操るって言った?」

 これはチャンスかもしれなかった。

「はい、龍封玉に封じられた龍神は、完全に解き放たれない限り操ることができます。ただし、それには力のある海の民が必要ですが」

 誰にでも操れるわけではないらしいが、操れるとわかればビジネス利用の可能性が高くなる。

 急に愁斗が席を立った。

「急用ができました、失礼します」

 背を向けて立ち去る愁斗。

 瑠璃は哀しそうな顔をして呼び止めた。

「愁斗様……」

 それでも愁斗は振り向かずに部屋を後にした。


 愁斗はケータイである人物を呼び出した。

 カラオケ店の前で待ち合わせの相手を待つ。

 待ち合わせの場所に現れたのは、同じ学校に通う同級生の撫子だった。

「愁斗クンお待たせ〜!」

「中に入ろう大事な話がある」

「大事にゃ話って……ま、まさかアタシに告白!?」

 カラオケ店に入ろうとしていた愁斗の足が急に止まり、無表情ながらも怖い顔をして愁斗は振り返った。

「誤解だ」

「そうだよねー、愁斗クンには翔子って大切なひとがいるもんねー」

「…………」

 これに関して愁斗は無言だった。足早にカラオケ店へ消えていく。

 撫子もすぐに後を追った。

 2人はカウンターで受付を済ませ、個室へと足を運んだ。

 個室に着いた撫子はすぐにリモコンを手にして曲を入れようとした。その撫子の手を愁斗が掴んで止める。

「歌わなくていいから」

「えぇ〜っ、カラオケ来て歌わにゃいってありえにゃーい」

「『組織』のことで大事な話があるってメール送っただろう」

「まあまあ、そんにゃ話は置いといて、まずは飲み物でも注文して歌でも歌おうよ」

 撫子は壁に備え付けてある受話器を取った。

「飲み物お願いしまーす、ミルクティと……愁斗クンにゃにする?」

「なんでもいいから」

「じゃ、ミルクティ2つお願いしまーす」

 受話器を置いて撫子は振り向いた。

「そんじゃ歌っちゃおうかにゃー!」

「だから……歌わなくていいから」

「大事にゃ話してるとき店員が来たらイヤでしょ〜、それまでアタシのオンステージです!」

 さっそく曲のイントロが流れ、撫子が振りつきで歌いだす。

 隅に座っている愁斗はヤル気なさそうだ。

「愁斗クンも次歌うんだよぉ」

「……さっきお前のオンステージって言ったじゃないか」

「翔子カラオケ好きにゃんだよ、ちゃんとデートで連れて行ってあげにゃきゃダメだよん」

「…………」

 愁斗がこっそり曲の検索をしようとしているところで、店員がドアを開けて飲み物を運んできた。

 今までなにもしてなかったように、飲み物を受け取ってやり過ごした。

 歌い終わって新たな曲を入れようとしている撫子。愁斗は軽い咳払いをした。

「もういいだろ、急用なんだ」

「えぇ〜っ、あと1曲だけ、ねっねっねっ?」

「ダメだ。多くの人の命が関わっていることなんだ」

「はーい。で、話ってにゃに?」

 やっと本題の話に入れた。

「『組織』が関わっていると思われることを調べて欲しい」

「それって逆スパイしろということですか?」

 元々、撫子は魔導結社D∴C∴の施設〈白い家〉から脱走した子供、秋葉蘭魔の息子であるということを調べるために、愁斗と同じ学校に派遣されて来たのだ。

 今や愁斗がその子供であることは明白で、D∴C∴と愁斗が停戦している今も、撫子は愁斗の傍で監視を続けていた。

 もちろん、愁斗は撫子に監視されていることは承知である。

「無理なら誰でもいいから『組織』がやってる活動に詳しい奴を教えて欲しい」

「ムリムリ。ところでにゃに知りたいの?」

「茅ヶ崎に現れたドラゴンに関して」

「にゃ!? あれってウチがやったの! ……知らにゃかった」

「やっぱりお前じゃ話にならない、あの事件に詳しそうな奴を紹介してくれ」

「ムリムリ、アタシにそんにゃ権限にゃいもん。アタシはただの使いっパシリ」

 そのとき、撫子のケータイが鳴った。ナンバーディスプレイを見て撫子が嫌な顔をする。しかし、出ないわけにはいかなかった。

「もしもーし撫子ちゃんでーす」

 相手の言葉を聴いてさらに撫子は嫌な顔をした。

「はーい、わかりましたー」

 通話を切って撫子は愁斗と顔を見合わせた。

「来るって」

「誰が?」

「今のアタシの上司」

「……彼か?」

「愁斗クンの想像でたぶん当たり。実はあの人、ちょー変態にゃの。四六時中アタシのこと盗聴して、可憐な乙女のトイレの音も聴いてるんだよ」

「その愚痴も聴いてるんじゃないか?」

「はっ、しまった!!」

 ヤバイと撫子が表情に出したとほぼ同時、部屋のドアが開けられ黒尽くめの男が入って来た。

「わたくしを変態扱いするとは許せませんね」

 微笑む男を見て撫子は凍りついた。

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