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CASE 04‐怨霊呪弾‐(下)

 桂木は見事に逃げたのだ。こうやって何度も危険を潜り抜けてきた。

 ダミーのコインロッカーの鍵を渡し、逃げるチャンスを作るためにバンの外に出て、コインロッカーまで行くのも桂木が話を誘導したのだ。あとは靴紐を直すふりをして、靴の中に隠してあった鍵を取り出した。

 駅内を走り、愁斗たちと距離が開いたところで早足に代えた。人ごみに紛れてしまえば勝ちだ。そう桂木は高をくくっていた。

 だが、恐怖は後ろから迫っていた。

 数多くの危険を掻い潜る才能を持つ桂木は、その手の雰囲気を感知する能力に長けていたのだ。

 後ろから迫り来るプレッシャー。

 自分を追ってくる者がいることを感じた桂木は後ろを振り返った。

 人ごみの中にいても、その自分物だけが浮いたように見える。他の人から見ればただの学生だ。どこにでもいうそうな学生にしか見えない。しかし、桂木の目には鬼気迫るモノが見えたのだ。

 どうやって自分を追ってきた?

 可能性はあった。

 あの不思議な術だ。

 身体を拘束していた謎の力。あの力がまだ身体についているのかもしれない。それを追ってきたに違い。

 身体のどこを見回しても、その力がどこについているのかわからない。不可視の力がついている。それを取り払わなければ、どこまでも追われてしまう。だが、桂木にはどうする術もなかった。

 逃げ回っていても捕まるのは時間の問題だ。

 桂木は足を止めた。

 すぐに桂木の方に手が乗せられた。

「逃げても無駄ですよ」

「わかってる。だから足を止めたんだ」

 一切の震えも含んでいない声音。

 桂木は振り返って愁斗に顔を向けるが、やはりその顔は怯えを含んでいなかった。

「逃げ切れる計算だったのだが、どうやら君の方が私より上手だったらしい」

「そんなことはありません。すっかり僕はあなたの演技に騙されてしまいましたから。しかし、もうあなたのことは決して逃がしませんよ」

「……くっ」

「その紙袋を渡していただきたい」

 桂木がロッカーから取り出した紙袋、この中に設計図があると愁斗は踏んでいた。

 だが、渡された紙袋の中を覗いた愁斗は訝しげ眼差しだった。

 リボルバーと換えのマガジン、他にも謎の装置があるが、設計図らしく物や、それを記録する記憶媒体も見つからなかった。

「設計図はどこだ?」

「ずっと私が持っている」

「身体検査ではなにも見つからなかったはずだ」

「簡単なことだ、設計図はここに詰まっているのだから」

 桂木は脳を指差して笑った。

 精密機器の設計図お頭に叩き込むなんてできるはずがない。

「まさか、信じられない」

「本当だ。他のデータは全て廃棄してしまった。設計図はもう私の脳の中にしかない」

 愁斗は桂木の腕を掴んで、近藤と合流しようと歩き出した。

 もう逃がすわけにはいかない。

 辺りの人ごみがどっとどよめいた。

 すぐに愁斗も気づき、辺りを見回す。

 なにが起きた?

 叫び声が聞こえる。

 いや、泣き声が聞こえる。

 違う、笑い声だ。

 怨霊呪弾だ!

 愁斗が桂木の身体を地面に押し倒す。その真上を抜けていく怨念。

 呪弾は愁斗たちを掠めて、通行人を蒼い炎で包み込んだ。

 本物の叫び声があがり、逃げ惑う人々。

 押し倒し合い、我先へと逃げていく。その醜さが呪弾の力となる。

 2発目の呪弾が発砲された。

 愁斗は桂木の腕を引き、階段の物陰に隠れた。

 狂気を孕んだ呪弾は壁に当たり、闇色の渦を巻く穴を作った。

 こんな場所で騒ぎを起こすわけにはいかない。

 騒ぎはすでに起きてしまっているが、愁斗はその渦に自ら飛び込めない事情がある。あくまで愁斗は一般の学生であり続けなければならない。

 物陰に隠れていた愁斗たちの傍に、近藤が駆け寄ってきた。

「ここは俺に任せて行け!」

 愁斗が頷く。

「わかりました」

 駅前に止めてあるバンまで逃げるのが得策と考えたが、その出口がある道にヴァージニアが立っていた。

 遠回りするか、無理やりヴァージニアの横を抜けるか。

 近藤が銃を構え物陰から飛び出した。

 物陰から飛び出してきた大柄の男にヴァージニアの目が向けられた。

 その隙を突いて、愁斗は遠回りの道を選んで逃げる。

 銃声が響く。しかし、それは狂気を孕んでいた。

 しまった!

 蒼白く燃え上がる桂木の片腕。

 愁斗の手が煌きを放ち、蒼い炎に包まれた腕が飛んだ。

 再び愁斗の手が妖糸を放ち、斬られた桂木の腕をきつく縛り止血する。

 痛みに耐えかね桂木は呻きながら地面に膝をついてしまった。

「腕が腕がぁぁぁっ!!」

「斬らなければ全身が灰になっていた。立て、逃げるぞ!」

 すでに切り落とされた腕は黒焦げの灰と化していた。

 銃声が響く。

 今度は近藤の銃が火を噴いた。

 ヴァージニアの太ももが血を吹き、痛みで身体のバランスが崩れる。それでもヴァージニアは呪弾を放っていた。

「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!」

 蒼い炎が巨体を呑み込む。

 一部始終を見ていた愁斗が叫ぶ。

「近藤さん!」

 業火に焼かれ床で転げまわる近藤の姿は無残としか言いようがなかった。生きたまま焼かれる苦しみを誰が理解できようか?

 冷静な愁斗にも焦りがよぎり、床にうずくまる桂木を必死に立たせようとする。

「立て!」

「腕が……私の腕が……」

 こうなったら仕方あるまい。妖糸で無理やりにでも歩かせるしかない。

 リボルバーを構えるヴァージニアが走り寄って来る。

 だが、愁斗はすでに別のモノを操っていたために桂木を動かすことができなかった。

 桂木に銃口を向けようとしたヴァージニアだが、危険を掻い潜ってきた勘が働いて後ろを振り返った。

 サングラスと帽子を被った長身の人物。顔は見え長いが、タイトスカート姿と胸の膨らみから女性ということがわかった。しかし、そこにいる気配はするが、人間のような気配がしないのだ。

 ヴァージニアは動けなかった。

 とても恐ろしい存在が目の前にいる。

 その隙を衝いて愁斗は桂木を抱きかかえて無理やり走らせ逃げた。


 ヴァージニアの前に立つ女性は言う。

「おまえと会うのは2度目だな」

 中性的で男性とも女性とも取れる声だった。

 さっきの中学生が『こいつ』じゃなかったのか?

 二人の存在は同じ気配を持っている。だが、こちらの方が強い。はじめて〈切り裂き街道〉で出会ったのは『こいつ』だ。

 女性――紫苑が動く。

 愁斗よりも優れた運動能力。その手が放つ妖糸も愁斗の腕を逸脱していた。

 身体が動かない。ヴァージニアの四肢はすでに妖糸によって動きを封じられたのだ。

 早すぎる。ヴァージニアの目のには、紫苑は手を一振りしかしていない。それで四肢を全て封じられてしまったのだ。

 圧倒的な実力の差を前にヴァージニアはなす術がない。

「あたしの負けだよ、殺すなら殺せ!」

「女性は殺したくない。手を引け」

「それはできないね!」

「強がるのもいい加減にしろ。おまえの震えはすべて私に伝わっている」

 妖糸はヴァージニアの動揺すらも紫苑の手に伝えていたのだ。

 力の入らない手で、ヴァージニアは辛うじてリボルバーを握っていた。

 弾の数はあと一発。

 身体が動かなければ弾を撃つチャンスもない。

 異変が起こった。

 紫苑の身体から力が抜け、ヴァージニアの身体を縛っていた妖糸も緩んだのだ。

 その隙を自分の物にしたヴァ−ジニアが、至近距離から紫苑に向けて銃を放った。

 怨霊呪弾は紫苑の胸に大きな穴を開けて、遠くの壁に当たって四散した。

 胸に穴から紅い液体が滝のように流れるが、辺りを満たした匂いはオイルのような臭いだった。

 人間じゃない!

 ヴァージアニがそう悟ったときにはすでに異変ははじまっていた。

 紫苑の身体から流れ出ていた紅い液体はやがて黒く変わり、液体とも気体ともつかぬ物資が流れ出した。

 その黒いモノを吸い込んでしまったヴァージニアは、胸が焼けるような痛みに襲われ、咳き込みながら地面に倒れこんでしまった。

 身体が痺れ動けないヴァージニアの耳に、苦痛に満ちた悲鳴が聴こえた。

 〈闇〉が宙を飛び交っている。

 視界の先に2人組の警察官の姿が見えた。

 ヴァージニアはわかったいた。来てはいけない。

 宙を飛び交っていた〈闇〉が警察官に襲い掛かる。

 骨が砕ける音と共に肉がミンチのようになって弾け飛んだ。

 相棒の警察官の顔にも肉がへばりつき、放心状態になったまま〈闇〉に呑まれた。

 ヴァージニアにはなにが起こったのかよくわからなかった。わかることは紫苑の身体に開いた穴から〈闇〉が噴出しているということだ。

 気力を振り絞りヴァージニアはこの場から逃げ出した。

 背中の後ろで泣き声が聞こえる。振り返ってはいけない。逃げなくてはさっきの警察官と同じ目に遭う。

 駅の外まで逃げたヴァージニアは辺りを見回した。まだ身体が重く、視界が少しぼやけている。

 多くの人々が集まりざわめき立っている。

 その先を走る男の姿をヴァージニアは捉えた。片腕の無い男――桂木だ。

 愁斗いたはずの桂木が一人で走っている。もしかして逃げ出したのかもしれない。

 ヴァージニアはすぐに桂木のあとを追った。

 人ごみを掻き分け、ヴァージニアの手が桂木の肩に掛かった。

「逃がさないよ!」

 ぎょっとした桂木が後ろを振り向いた。

「今度はおまえかっ!」

「あんたはあたしが殺すんだ!」

「クソッ!」

 桂木は全身の力を込めてヴァージニアにタックルした。

 後ろに飛ばされたヴァージニアには目もくれず、桂木が車道に飛び出して逃げる。

 ヴァージニアの目が見開かれた。

「お父さん危ない!」

 自分を呼ばれた桂木に耳にその言葉は届かなかった。

 恐怖に顔を歪ませた桂木の身体を大型トラックが跳ね飛ばした。

 激しい衝突音に歩行者たちの目がいっせいに向けられた。

 人が宙を飛ばされている。

 地面に叩きつけられた桂木にヴァージニアと愁斗が駆け寄った。

 桂木の脈を取った愁斗が静かに告げる。

「即死だったらしいな」

「いいざまだよ」

 吐き捨てたヴァージニアは愁斗に目を向けようとしなかった。

 誰も呼んでいない救急車が事故から30秒も立たないうちから到着し、桂木の屍体を搬送していく。この救急車は桂木の腕の怪我で呼ばれた救急車だった。しかし、この救急車は本物ではなく、亜季菜の手が回った偽者の救急車だった。

 愁斗の横に来た黒服の男が小さな声で告げる。

「桂木の脳が損傷を受けていないことを祈るのみです」

「僕は紫苑の回収をしてきます。手回しのほうをよろしくお願いします」

 事件は呆気なく幕を下ろした。

 ヴァージニアも戦う理由をなくし、人ごみの中に消えていった。

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