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CASE 04‐怨霊呪弾‐(中)

 ヴァージニアはベッドの中で震えていた。

 怨霊呪弾は人の怨念を封じ込め作られた邪道の呪弾。それを扱うものは強い精神力を持っていなければならない。さもなくば、自らの呪弾に呑まれてしまうのだ。

 今まで使っていた怨霊呪弾が怖い。怨霊呪弾が恐ろしいとヴァージニアははじめて思った。いや、自分の使っている怨霊呪弾が子供の玩具だと思い知られされたのだ。

 あの仮面の男は何者なのか?

 違う、そんなことじゃない。

 あの男が扱った〈闇〉が問題なのだ。

 〈闇〉とそれが這い出てきた〈向こう側〉の異界。あんなおぞましい狂気を孕んだモノがこの世のモノのはずがない。だから異界なのだ。

 ヴァージニアは怨霊呪弾の技を日に日に磨いていた。呪弾の孕む怨念が増し、強力な力となる。それを扱うためには精神力も鍛えなければならなかった。

 いつか自分の扱う怨霊呪弾もあの〈闇〉のようになるのだろうか?

 ――無理だ。

 いくら自分が精神力を鍛えても、あんな異常なモノは扱えない。

 きっとあの仮面の男も人間じゃないんだ。

 仮面の奥には悪魔か魔物が棲んでいるに違いなんだ。

 ヴァージニアは必死に震えを止めようとした。このままでは自分自身が怨念に呑み込まれてしまう。それは死よりも苦しい。

 ベッドから起きたヴァージニアは、脇に置いてあったリボルバーを見た。

 幾何学模様の刻まれたリボルバーと怨念を封じ込めてある呪弾。これを捨ててしまえば、恐怖から開放される。

 ――強がるのは疲れるだろうに。疲れたときは、その銃を捨てればいい。

 あの男の声がヴァージニアの脳裏に響いた。

「大丈夫、アタシは大丈夫さ。アタシにはこれが必要なんだ。アタシが頼れるものはこれしかないんだ」

 自分に言い聞かせ、ヴァージニアはリボルバーを手に取り、そっと胸に押し当てた。

 二つの鼓動が共鳴する。

 ヴァージニアはリボルバーを台の上に置き、再びベッドに入った。

 そして、意識は安らかな闇の中に落ちていくのだった。


 いつもと変わらぬ授業風景。

 学生服を着た生徒たちが黒板に机を向けて授業を受けている。

 教師の話を聞かずにおしゃべりをする者、机の下でこっそりマンガを読んでいる者、堂々とケータイをいじっている者。

 そして、真摯な眼差しで黒板を見つめ、ノートを取っている者。だが、その者の片手は机の下で忙しなく動かされていた。――愁斗である。

 愁斗は遥か遠くにいる『傀儡』を遠隔操作しているのだ。

 学校を休むこと自体は問題ではないが、中学生である愁斗が真昼間から堂々と町中を歩くのは問題がある。補導される可能性は低いが、人目について印象に残るのはまずい。

 愁斗が操っているのは以前、傀儡に造り変えた若いOLだった。普段はどこにでもいるOLとして生活している彼女だが、愁斗との契約により、時として愁斗の傀儡として活動する。操られている最中の記憶はない。事が終われば彼女は普通の生活に戻っていくのだ。

 今は個人ではなく、ただの傀儡だ。

 愁斗の操る傀儡は町中を歩いていた。

 どこにでも有り触れた住宅街。まばらだが、たまに車の通る。

 平凡の中にこそ、非凡が身を潜めているのだ。

 傀儡はアパートの前に立っていた。築20年以上の安アパートだ。

 かつんかつんとヒールを鳴らしながら傀儡は鉄製の階段を上る。そのまま向かう先は203号室だ。

 インターフォンが鳴った。

 203号室の奥からは物音ひとつしない。

 もう一度インターフォンが鳴った。

 やはり、物音ひとつしなかった。

 再度インターフォンが鳴ると、部屋の奥で微かに物音が鳴った。このとき、生身の体であれば、ドアのすぐ側に立つ人間の気配を感じられただろう。住人がドアスコープで外の様子を伺っていたのだ。

 しつこくもう一度インターフォンを鳴らした。

 すると今度は明らかな物音がして、ドアが微かに開かれた。

 チェーンロック越しに、眼鏡をかけた男の眼が覗く。

「どなた?」

 男の声は微かに怯えていた。

「保険会社の者です」

 これは嘘ではない。普段この傀儡は保険会社で訪問セールスをしているのだ。

「そういうのは結構だから」

 男はそういうとドアを素早く閉めてしまった。

 愁斗は傀儡の眼を通して男の姿を確認していた。間違いない探している男だ。

 目の前の現実で鐘がなった。

 教師が教室を出て行き、教室が一気にざわめき立つ。

 愁斗も何気ない仕草で席を立ち、ポケットからケータイを出すと窓辺に寄りかかり、伊勢に電話をかけた。

「もしもし」

《ご用件は?》

「探し物を見つけました――」

 その後、愁斗は住所だけを言って通話を切った。

 愁斗の仕事はここまでだ。後は誰かが引き継いで男を確保するだろう。

 日常の景色に溶け込んでいく愁斗。

 授業の開始を知らせるチャイムが鳴る。


 学生だけに与えられた時間――放課後。

 夕焼け空の下、愁斗はひとりで帰路についていた。

 学校での友達はいない。転校して来たばかりということもあるが、愁斗自身が意図的に友達を作らないようにしていたのだ。

 愁斗のケータイが鳴った。

「もしもし」

《伊瀬です。男に逃げられてしまいました》

「それで僕になにをしろと?」

 自分に電話をかけてきた以上、なにか頼み事があるに違いなかった。

 とても簡潔でスムーズに話が運ぶ。

《どこで嗅ぎ付けたのか、あの女ガンマン――ヴァージニアとも遭遇してしまいました。愁斗君には女ガンマンの処理をお願いします》

「場所は?」

《愁斗君がいる駅から1つ前の駅から、愁斗君のいる駅方向へ走っている電車です》

 足を止めて通話をしていた愁斗だが、伊勢の言葉を聞いてすぐに階段を上がり駅内へと急いだ。

「桂木もその電車にいるんですか?」

 桂木とは亜季菜たちが探している設計図を盗み出した研究者の名前だ。

《はい、ですから、すでに桂木とヴァージニアが遭遇した可能性は大いにあります》

「電車の中で殺されると思いますか?」

《では、よろしくお願いします》

 答えは返されず通話を切られた。

 愁斗は急いで改札口を通り抜け、ホームに目をやった。電車は来ていないが、すぐに電車が到着するとアナウンスで放送されている。

 下り線のホームに電車が到着する。愁斗はすぐに乗り込むことをしない。辺りの様子を伺いながら、降りてくる乗客の確認をしていた。

 ――いた。

 眼鏡の男にぴったり寄り添うブロンドヘアーの女性。二人には見覚えがある。ひとりは桂木、もうひとりは前に会ったとき違いラフな格好をしているが、テンガロンハットだけは前と変わっていない。

 カップルとは思えない。援助交際にも見えない不釣合いな男女の前に愁斗が立ちはだかった。

「お二人にお話があります」

 桂木は額にも鼻の頭にも脂汗をじっとり滲ませていた。後ろにいるヴァージニアは不信の目で愁斗を見つめて黙っている。

 学生服に身を包んでいるが、中身はただの学生ではない。ヴァージニアはそれを瞬時に悟っていた。自分と同じ、血の香りがする。

 ヴァージニアは桂木の腕を掴んで走り出そうとした。しかし、桂木の身体は石のように硬くびくともしない。愁斗が桂木の身体を妖糸で固定していたのだ。

 だが、愁斗はこのとき致命的なミスに気づいていた。

 ヴァージニアがリボルバーを抜いたのだ。

 人の大勢いるホームで騒ぎを起こすわけにはいかなかった。少し前まではヴァージニアもそう考えていただろう。しかし、目の前に謎の中学生が現れてしまったのだ。

 銃口が愁斗の眉間にターゲッティングされる。

「この男に掛けた術を解きな!」

 ヴァージニアは桂木の身体が動かなくなったことを瞬時に謎の中学生と結び付けていた。

 向かいのホームに電車が到着しようとしている。

 駅員がそろそろ駆けつけて来るかもしれない。

 『愁斗』として騒ぎを起こすことは絶対あってはならなかった。

「早くこの男を動けるようにするんだよ!」

「望みどおりにしよう」

 愁斗が呟く。

 すると次の瞬間、桂木がぎこちない足取りで走り出したのだ。

 ホームを駆け出す桂木を見てヴァージニアに一瞬の迷いが生じる。彼女は桂木を選んだ。目の前の中学生を見ながらも、逃げ出す桂木を追ったのだ。

 逃げる桂木よりもヴァージニアの方が明らかに早い。このままでは追いつかれるのは時間の問題だ。

 生きている人間を操るのは難しい。〈操糸〉の術はまだまだ完成されていないのだ。

 後に使えることになる〈切糸〉も、今の愁斗は生身のままでは使うことができなかった。

 急いで愁斗はケータイを取り出した。

「もしもし、伊瀬さん桂木を〈操糸〉で確保しました。大至急駅の東口に車を回してください」

《白いバンがすぐに向かいます》

 桂木の後をヴァージニアが、その後を愁斗が追っていた。

 遠隔操作している対象から絶対目を放してはならない。傀儡であればその眼を通して映像を〈視る〉ことができるが、生きてる人間ではそうもいかなかった。生きている人間は肉眼で確認して操作しなければならなかったのだ。

 気を失っていない人間を操るのは最悪だ。

 階段を転げ落ちないように慎重に下り、桂木の身体は駅前のロータリーに運ばれた。

 本来タクシーだけが進入を許された場所に白いバンが乗り込む。

 バンはスピードを緩めながらも停車することなくドアが開けられ、帽子を目深に被ったスタッフが桂木に向かって手を伸ばした。

 ガシッと桂木の手首が捕まれると、桂木の身体は呑み込まれるようにして車内に引きずり込まれた。

 バンのケツにヴァージニアが銃口を定める。

 悲鳴があがった。

 この世のものではない叫び。

 幼女が泣き叫び、男が吼え、老婆が嗤う。

 怨霊呪弾がバンに向かって発射された。

 発射された呪弾はバンを後部を掠め、金属を溶解したように溶かしてしまった。

 的を外れ呪弾は通行人に当たり、通行人の身体は〈闇〉色の傷痕を残し、痛みよりも恐怖で発狂し、蒼い炎によって焼かれて死んでしまった。

 辺りは一瞬にして騒然とし、なにが起きたのか理解できないまま人々は逃げ惑った。

 桂木に逃げられ、ヴァージニアは辺りを見回すが、謎の中学生の姿もすでに消えていた。

 駅前の交番から警察が駆けつけてくる。

 ヴァージニアもまた雑踏の中へ姿を消したのだった。


 身体の自由を奪われたまま、桂木は車内の座席に座らされていた。

「設計図はどこにある?」

 体つきのいい近藤が桂木の尋問に当たっていた。

 車の中にいるのは運転手を含める男3人と、桂木の計4人だった。

 線路沿いに走っていた車はとある駅前で停車し、5人目を乗せることになった。電車で移動してきた愁斗だ。

 桂木の身体は愁斗によって拘束されたままだ。これを自由にできるのは愁斗だけだ。だが、今はまだ解くわけにはいかない。

 改造されたバンの中は機材が詰まれ、ほとんどの座席は取り払われてしまっている。

 愁斗は桂木の前に立った。

「設計図はどこにありますか? しゃべっていただけないのなら、今あなたを拘束している『力』であなたの身体を締め上げますがよろしいですか?」

 この『力』について、桂木は身にしみて理解していた。あのとき、自分の意思に反し身体を動かされ、抵抗するが激しい痛みが身体の芯を貫き、抵抗をすることも止めても無理やり動かされる身体には痛みが走ったのだった。あれが意図した痛みでないとしたら、意図して痛みを与えたときの痛みは想像を絶する。

 桂木の表情は怯えきっていた。いつか傀儡を通して愁斗が見たときよりも怯えている。

 設計図を盗み出し転売しようとした割には、小動物のように震え上がる小心者のようだ。

 恐怖は限界まで達し、防波堤が崩れたように桂木は口を開く。

「駅だ、駅にある。駅のロッカー、コインロッカーに隠してある」

「鍵はどこに?」

 愁斗の口調は刃物のように研ぎ澄まされていた。

「鍵はここだ。私の背広の内ポケットに入ってる」

 近藤が無造作に桂木の背広の内ポケットを探り、小さな鍵を見つけ出した。確かにそれはコインロッカーの鍵のようだった。

 近藤が桂木の胸倉を掴んだ。

「どこの駅だ!」

「羽呂駅だよ、羽呂駅の南口にあるコインロッカーだよ」

 脂汗をじっとりと掻き、蒼ざめた顔をする桂木の言葉に嘘はないように思える。そこに愁斗が追い討ちを掛ける。

「嘘だった場合はそれ相応の手段を取らせてもらいます」

 桂木は震えながら頷いた。震えすぎて首を縦に振っているのか横に振っているのかわからない。

 羽呂駅は現在いる駅から、6つ行ったところにある駅だ。今来た道とは反対方向にある。だとしても、ヴァージニアと鉢合わせということはまずないだろう。

 車は一路、羽呂駅へと向かう。念のため、この場所で他の色のバンに乗り換えるという念を入れた。あの駅で騒ぎを越したことと、ヴァージニアへの警戒のためだ。

 線路沿いに車を走らせ、5つの駅を跨ぎ辺りの景色にビルが増えてきた。もうすぐ羽呂駅だ。

 羽呂駅近くで近藤が車から降り、桂木や愁斗たちを残して駅の中に入っていった。

 いくつかの路線が交わる羽呂駅は大きく、ショッピングモールも隣接しているために人通りが多い。この街で人を探すのは大変だろう。紛れてしまったら見つからないかもしれない。

 ――しばらくして、近藤が早足で戻ってきた。

 近藤はバンの中に戻るなり、桂木の胸倉に掴みかかった。

「おい、設計図はどこだ! ロッカーの中は空だったぞ!」

 この言葉を聞いて桂木は飛び出しそうなくらい眼を見開き、血の気の引いた蒼白い顔を振るわせた。

 否定の言葉を発したかったが、喉もカラカラで桂木は口をあんぐりままだ。

「あ……あが……そ、なんな……」

 『そんなばかな』とでも言いたかったのかもしれない。だが、近藤の追及は激しさを増した。

「よくも騙したな、まずは手の指からへし折ってやる!」

「……違う、ちが……違うんだ」

「なにがだ!」

「嘘なんて言ってない信じてくれ!!」

 心の底から叫んだ。そこ叫びが通じたのか、桂木と近藤の間に愁斗が割って入る。

「近藤さん冷静に、彼の言い分を聞きましょう」

 無感情の声に近藤の頭からすっと熱が抜け、踵を浮かせていた桂木の足が地面につくことを許された。

 桂木の胸倉か手を放した近藤は、腕を組んで再び追及をはじめた。

「ゆっくりでいい、話せ」

 ごくりと唾を呑んで桂木が話しはじめる。

「だから違うんだ、私は嘘なんかついていない。あの確かにロッカーに入れておいたんだ、本当だ、本当なんだ、信じてくれ」

 もし、桂木の言っていることが本当ならば、設計図はどこに行ってしまったのか?

「盗まれたということでしょうか?」

 愁斗は周りの男たちを見回して同意を求めた。

「おそらくそうだろう」

 と近藤。

 だが、盗まれたとしたら、誰が盗んだのか?

 設計図は新兵器の設計図で、それを狙うものは数知れない。ライバル企業かもしれないし、軍関係かもしれない。その中から盗んだ相手を特定するには情報が少なすぎる。

 すぐに設計図が紛失したことを連絡し、桂木の身柄は別の場所に移されることになった。だが、その前に桂木がコインロッカーまで連れて行ってくれと申し出をしたのだ。設計図が盗まれたことに納得していないのかもしれない。

 桂木を連れ近藤が再びコインロッカーまで行くことになった。これに愁斗は同行し、桂木の身体の一部を一時的に自由にした。

 駅ビルは人で混雑している。

 コインロッカーが並ぶ一角で足が止まる。

 近藤がコインロッカーを再び開けるが、やはり中にはなにもない。中が空であることを全員で確認し、一斉に桂木へと眼が向けられた。

 靴紐を直していたらしい桂木が立ち上がり、コインロッカーの前に歩み寄った。

「違うんだ、そのロッカーじゃないんだ」

 誰もが『なにを言ってるんだ?』という顔をした。

 桂木は近藤が開けたロッカーとは違うロッカーを開け、中から茶色い紙袋を取り出した。

 刹那、閃光が辺りを包んだ。

 視界は白で遮られ、辺りであがった叫び声だけが耳に届いた。

 眼をやられながらも、愁斗の指先は微かな動きを捉えた。

「逃げました、桂木が逃げました!」

 だが、桂木の身体には妖糸が巻きつけられている。これを辿ればすぐに追いつくことができる。

 視界が直らないまま愁斗は桂木を追って走りはじめたのだった。

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