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CASE 01‐紫怨‐(1)

 暗い暗い闇の中――。

 傀儡師である彼の悪夢は覚めることを知らなかった。

 彼は自由に操ることができるからこそ『その』心を知りたかった。


 放課後、夕焼けに染まる学校の屋上に、中嶋奈那子なかじまななこ篠原香穂しのはらかほを呼び出した。

「奈那子ちゃん、こんなところにわたしを呼び出して何の話ぃ?」

「遅かったじゃないの!」

「何でそんなに怒ってるの? わたしが遅刻するのはいつものことじゃん」

「自覚あるなら直しなさいよ!」

 今日の奈那子はいつもよりもカリカリしていて、香穂に対してなぜか冷たく、避けられていたように香穂は感じていた。

 奈那子が誰もいない放課後の屋上に香穂を呼び出した理由――その理由が香穂を避けていた理由でもある。

「今日の奈那子ちゃん変だよ……わたしのこと避けてたし、それに気づくと睨んでた」

「自分の心に聞いて見なさいよ。自覚あるんでしょ? 心の中であたしのことあざけ笑ってるんでしょ? ふざけんじゃないわよ!」

 奈那子は同じクラスの秋葉愁斗に想いを寄せていて、そのことを親友の香穂にことあるごとに話して相談していた。今日はそのことについて香穂を呼び出した。

 今にも泣きそうな顔をしている香穂は首を大きく横に振った。

「わかんないよ、わたし……奈那子ちゃんに何かしたかなぁ? したんだったら謝るから許してよぉ」

「そうやって泣いたフリして謝れば許してもらえるとでも思ってるの?」

「ウ、ウソ泣きじゃ……ないよ」

 消えそうな声と潤んだ瞳で香穂は奈那子に訴えかけたが、奈那子は全く信じようとしなかった。

 今日、学校で奈那子はある噂を耳にした。

 ――ねえ、知ってる? こないだの日曜日、香穂が秋葉あきばくんと楽しそうにデートしてたんだって。

 ――ウソ、マジで!? あの香穂が?

 ――きっと、あの潤んだ瞳で秋葉くんに『付き合ってください』なんて言って見つめちゃったりしたのよ。

 ――秋葉くんもあの瞳には勝てなかったわけか、あはは。

 ――香穂きっとこれからイジメとかに遇うんじゃないの?

 ――あるある、絶対上級生とかに目つけられてイジメられるね。

 奈那子は噂話をしている横に座ってしたのだが、全てを聞いていたそして、腹の底から湧き上って来る何とも言えない感情で胸が爆発しそうになった。

 悲しみが憎しみに変わり、親友が一瞬にして敵に変わった。香穂を呪い殺してやりたいとも思った。

 休み時間に何食わぬ顔で香穂が奈那子のところに来た時は、思わず奈那子は香穂に飛び掛かりそうになってしまったが、感情を身体の奥底に抑え込み、机の下で強く握り締める拳はわなわなと震えていた。

 誰もいない屋上で、奈那子は自分の前に立っている香穂に飛び掛かって首を強く握り絞めてやりたかった

 自分の親友に裏切られた。奈那子はそう思うだけで憎悪が心の奥底から沸々と煮えたぎって来た。

 奈那子は凄まじい形相で香穂に詰め寄る。

「心当たりないの? あたしにあんなヒドイことしてとぼけてる気?」

「わかんないよ、わかんないよ……」

 ついに香穂は本格的に泣き出してしまい、目頭に両手を当てて肩をひくひくと震わせていた。

 相手が完全にウソ泣きをしていると思っている奈那子は、香穂の腕を掴んで無理やり下にやって、香穂の目を見て怒鳴った。

「うざいから泣くの止めなさいよ」

「……う……うう……ううん……」

 香穂は一生懸命涙を止めようとするが、身体が振るえ、嗚咽は止まらず、目からは止め処なく涙が流れては地面を濡らしていく。

 涙目で香穂は奈那子の瞳をしっかりと見据えていた。

「わからない……って言ってる……でしょ」

「何それ、もしかして罪悪感とかぜんぜん感じてないわけ? あんたってそういうやつだったんだ。今まであたしは騙されてわけ? 親友ごっこか何かのつもりだったの、そうやってあたしのこと裏切って遊んでるわけ? 答えなさいよ!」

 怒鳴りつけられた香穂の嗚咽が激しくなり、身体が異常なまでに震えている。

「ご、ごっこなん……うう……かじゃない……」

「何言ってるかわかんないでしょ、泣くの止めなさいよ」

 奈那子が怒ることを止めれば香穂は泣き止むだろうが、血が頭に上ってしまっている奈那子には相手を問い詰めることしか頭にない。

 いつまでも泣き止むことのない香穂に腹を立てた奈那子は、理不尽に香穂の頬を強く引っ叩いた。

 叩かれた香穂は反動でコンクリートの地面に倒れ込み、すぐに赤くなった頬を押さえて怯える表情で奈那子を見つめた。

「わ、わ……たし、奈那子ちゃんに叩かれる……ようなことしてないよ」

「まだ、とぼける気なの? わかったわよ、言ってあげるわよ!」

 地面にへたり込む香穂を見下ろして奈那子は怒鳴った。

「あんたが秋葉くんとデートしてたの見たって人がいるんだけど、どういうこと?」

「えっ……なに……それ?」

 驚いた顔をしたまま香穂は口を半開きにして奈那子を見つめた。こんな顔をする香穂を見て、奈那子はどこまでとぼければ気が済むのだろうかと余計に腹を立てた。

「こないだの日曜日に秋葉くんとデートしたんでしょ!?」

 奈那子はなおも香穂を問い詰めるが、香穂は大きく首を横に振って否定を続けた。

「違うよデートなんかしてないよ、たまたま買い物に行ったら秋葉くんと会って、そ、しれで、そのまま一緒に買い物しただけ……」

「もういい、もういいわよ!」

 香穂の言葉など全く耳に入らない様子の奈々子は、香穂の腕を強く掴んで強引に立ち上がらせた。

 他の人が秋葉とデートしていたらならば、まだ許せたのかもしれない。奈那子は親友だと思っていた人に抜け駆けされて裏切られたことが一番ショックだった。

 一番信頼していて、一番相談していた人。奈那子が秋葉のことについて香穂に相談すると、いつも香穂は親身になって聴いてくれた。

 泣きながら、激怒しながら、いろいろな感情が入り混じった奈那子は香穂に詰め寄った。

 自分がなぜ泣いているのかわからないまま、奈那子は香穂の肩を何度もゆさぶった。

「どうして、どうして、どうして!」

「奈那子ちゃん、信じて……」

「この裏切り者!」

「きゃっ!」

 奈那子に押し飛ばされた香穂はフェンスに激しく背中からぶつかった。その拍子に錆付いて古くなっていたフェンスがガタンと外れ、恐怖に歪む顔をした香穂はバランスを崩して後ろに倒れそうになった。

 奈那子はすぐに手を伸ばした。

「あっ!?」

 だが、奈那子が手を伸ばした時にはすでに香穂の姿はなかった。

 耳を塞ぎたくなるような悲鳴が聴こえ、それが途絶えて静かになってすぐに何かが地面に激しくぶつかった音が聴こえて来た。

 奈那子は息を呑み込み瞬時に何が起きたのかを理解した。見なくてもわかっている。いや、見るのが恐かった。

 しばらくその場で愕然としてしまっていた奈那子であったが、その顔が見る見る蒼ざめていき、意識が一瞬遠退きそうになってしまった。

 自分は人を殺した――それも友人を殺してしまった。けれど現実味が沸かない。奈那子は夢の中にいるような気分になった。

 壊れたフェンスの下を覗こうとしたが、足が竦み叶わなかった。もし、本当に死んでいたら――香穂が死んだことを認めるのが怖かった。

 結局、奈那子は香穂がどうなったのか自らの目で確認できないまま、逃げ出すことしかできなかった。

 校内に入り、廊下を全速力で走った。

 誰にも見られてはいけない、こんなところを見られてはいけない。そう思いながら奈那子は下駄箱に急いだ。

「中嶋、まだ残っていたのか?」

 後ろから声をかけられた。国語科の教師の声だ。だが、振り向けなかった。

 奈那子は声を無視して逃げた。

 下駄箱に着いてから、奈那子は声をかけられたのになぜ逃げてしまったのだろうと、酷く後悔をした。あんな不自然な行動をしたら疑われるではないか。言い訳か何かしておくべきだったのではないか。

 靴を履き替えた奈那子は再び走った。今は一刻も早く学校から離れたかった。

 香穂が落ちた場所は学校の裏庭だ。あまり人の行く場所ではないが、明日には絶対発見されるに違いない。

 無我夢中で正門を飛び出した奈那子は誰かとぶつかってしまった。

「きゃっ、ご、ごめんなさい」

 相手のことを少しだけ見て奈那子は逃げた。

 動揺して奈那子は無我夢中で走って逃げたが、ぶつかった人物があまりにも特殊な格好をしていたので強く印象に残ってしまった。

 大きな鍔のある黒い帽子から白銀の髪が胸元まで流れていて、身に纏っているものは黒いインバネスと呼ばれるコートだった。あの人物の全身は全て闇色に包まれていた。

 女性のようだった気がしたが、もしかしたら男性だったかもしれない。服装が強く印象に焼け付きそこまではわからなかった。

 ぶつかってしまった人物のことを考えている間は香穂のことを忘れられた。だが、すぐに再び香穂のことを思い出してしまう。

 学校からだいぶ離れたところで、奈那子は走るのを止めてゆっくりと歩いて自宅に帰ることにした。

 走ったせいで余計に心臓が激しい鼓動を打っている。苦しくてどうしようもない。

 息を整えながら奈那子は今後のことについて考えた。だが、冷静になれない。感情的になって頭が混乱している。

 気がつくと奈那子は自宅の前に立っていた。

 玄関に立った奈那子は大きく深呼吸をしてからドアノブに手をかけた。

 いつもどおりにしようとしたができず、奈那子は階段を駆け上がり自分の部屋に飛び込んだ

 部屋に入った奈那子は電気もつけずに、カーテンも全て閉め切って、ベッドに飛び込んだ。

 暗い部屋の中で奈那子はベッドの上で膝を抱えてうずくまって考えを巡らせた。

 震えが急に身体を襲った。

 自分の部屋に塞ぎ込んだ奈那子は、夕食も取らず、お風呂も入らず、母が心配して部屋に尋ねて来ても気のない返事を返すだけで、部屋から決して出なかった。

 ベッドの中に潜り、奈那子は何かから隠れるように怯え震えていた。

 自分は友人を殺した。人を殺したほど憎んだことはこれまでもあったが、それは言葉の綾だ。奈那子は殺したという真実に胸を潰されそうになった。

 明日から自分の生活は? 警察に捕まったらどうしよう? 自分はこれからどうなるのだろうか?

 いろいろなことが奈那子の脳裏を駆け廻り解決されることがない。問題が浮かんでは頭の中に蓄積されていく。

 まるで、世界の終わりが来てしまったようだ。

 夜の闇が深さを増していく――。

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