初恋8
【神社の中の部屋】
「本当に響先生が見たのって、過去世なのかな?」
「たぶんね」
「平安時代?」
「そうみたいだよ。直衣に指貫だった、って言ってた」
「私は巫女?」
「うん。代々朝風の家からこの神社の巫女が出るでしょう。私がならなかったら、香がなってたかも知れないよね」
「うん。そう思ってた」
「聖職者から聖職者に転生するって、良く有るんだって」
良く見る夢の中で、2人は長い間巡り会えてなかったみたい。
平安時代に会ったきりなのかな?
親しい魂なのに、そんなに会えないものなの?
ソウルメイトって、転生するといつも会えるものじゃないのかしら?
「じゃあ、誘導瞑想するわよ」
「うん」
「目を閉じて、静かにゆっくりと呼吸をしてください」
「……」
「深ーく、ゆったりと呼吸してください」
光…
あの向こうに何が有るんだろう?
ちょっと怖いけど、中に入ってみよう。
ここはどこだろう?
赤い鳥居が奥まで続いてる。
あれは…私?
白い衣に緋の袴。
巫女姿だわ。
なんか…
切ない気持ちが伝わって来る。
また光…
今度はどこ?
ここは、屋敷の中ね。
若い公達。
響先生?
誰か来る。
小袿を着た女の人。
この人は…
北の方?
彼の奥様。
〈北の方のそばを通り移動する公達〉
また光…
今度はどっちに行こう…?
ここは…
さっきの屋敷の庭。
夜は、暗くて良く見えない。
あ、彼が居た。
私…
ううん、この時代の私、この人の事がとっても好きだったみたい。
「目を開けて良いわよ…そんなに泣くぐら辛いものを見たの?」
「やっぱり響先生だった」
「平安時代?」
「うん」
「鐘城先生が見たのと同じかな?」
「同じ時代だけど…奥さんが居た」
「そっか…」
「響先生って恋人居るのかな?」
「何よ、今更」
「何も考えないで好きになっちゃった。だって、気がついた時には、もう好きだったんだもん」
【学校のトイレ】
「ああ、暖かくて午後は眠いなあ」
「食べた後は眠いですよね」
先生方がトイレで話し込んでるぞ。
「鐘城先生。朝風香が先生の事好きみたいだけど」
「えっ?」
「「えっ?」って…気づいてない方がおかしいだろう」
「学校中皆んな知ってますよ。職場恋愛は禁止じゃないけど、相手が生徒となると話しは別ですからね」
「まあ、卒業するまで待つんだな」
僕と香がどうにかなる前提で話すのやめてくれる?
【音楽室】
「響ちゃんに聞けば良いだけじゃない」
「私、聞けない」
「じゃあ、私が代わりに聞いてあげるよ」
「何て聞くのよ」
「ストレートに聞けば良いだけよ」
「あ、先生来なった」
「ねえ、響ちゃん。恋人居るの?」
「何だ?いきなり」
「璃子ちゃんとは、ただの幼馴染みでしょう?百歩譲ってそこは信じてあげるわよ」
何も譲歩してもらうような事は無いと思うが。
「ねえ、居るの?」
「居ないよ、今はね」
「今は?」
「この年まで1人も居なかったらおかしいだろう。そんなにモテないと思ってるのか?」
「じゃあ、過去には居たんだ」
「そりゃ、恋人の1人や2人居たさ」
「何で別れたの?」
「まあ、色々有ってね」
璃子の事誤解して、喧嘩になった子も居たし。
まあ、色々だよな。
「先生、時間ですけ」
「良し、皆んな席に着け」
「今日は、ドヴォルザークのチェロコンチェルトを聴きます。ミッシャ・マイスキーさんの演奏で」
【職員室】
「鐘城先生。ちょっと、ええですかいなぁ」
「はい」
「話しが有っですけど」
「大丈夫です」
校長室に呼ばれた。
【校長室】
「職場恋愛の話しですけどなぁ」
「はあ」
「まあ、先生同士の事はええですけど、生徒とはいけんけえなぁ」
香の事だよな…
校長先生は、お孫さんの事だからと、特別きつく言うわけでもなく、優しくそう仰った。
【下駄箱】
〈帰りの支度をする香〉
恋人居たんだって…
【中町学園前】
そりゃ、恋人の1人や2人居たさ、って…
【香の部屋】
何が「そんなにモテないと思ってるのか?」よ。
「何でそんなに怒るのよ、過去の話しでしょう?」
「だって、嫌なんだもん」
〈香の瞳から涙がこぼれる〉
「鐘城先生26才よ。今迄1人も居ない方がおかしいわよ」
「生まれる前に約束したのに」
〈そして、また怒る〉
「あの不思議な夢の話しね」
夢で見た人が、本当に現れたの。
それなのに…
〈そして、また泣く〉
「怒るのか泣くのか、どっちかにしてー」
平安時代も浮気者で、また今度も浮気者だったら許さないんだから。
【柿崎の家】
「まんじゅうごしなったけ(頂いたから)食ってもええかえ?」
「ええじぇ」
〈お饅頭を箱から出して食べる玄と妹の麻莉奈〉
「お兄ちゃん。ちーとわて(ちょっとずつ)食わにゃ、なーなっちゃうけ(無くなっちゃうから)」
「東京弁でちーとわては、どがにー言うだえ?」
〈スマホで調べる玄〉
「ちょっとずつか」
「だらあじぇ」
【理科室】
〈チャイムが鳴る〉
「はい、じゃあ、今日はここ迄」
〈教材を片付ける璃子〉
「璃子ちゃん。手伝うけ」
「じゃあ、これ、丸めて捨てといて」
「ももちゃぐって、なげときゃええだな」
「はあ?もう一回言って、お願ーい」
「そがん時は、こがにー言うだぁじぇ」
〈興味津々でニコニコの璃子〉
「これ、ももちゃぐって、なげといて」
「「これ、ももちゃぐって、なげといて」ね。覚えたわよー」
【中町学園前】
〈放課後〉
僕が帰ろうといていると、柿崎玄が来た。
「先生。木ーこり行かか」
お竃さんでご飯を炊く時に使う薪だな。
随分日が長くなったしな。
「行く、行く」
「なら行かかいな」
【山】
6月に入って、だいぶ蒸し暑くなったけど、山の中は涼しくて良いなあ。
【山の奥】
「木ーこり行かか」って言うから、どうするのかと思ったけど…
木を切るわけじゃなくて、小枝拾いだな。
木を切って鉈で割った薪も使うけど、小枝も必要だからな。
割り箸を使っても良いけどね。
【更に奥】
しっかし、玄の奴、上手に薪の束を作るもんだな。
流石に地元の子には敵わないな。
「先生」
「うん?」
「香を泣かすやな事したら、こらえん(許さない)け」
「わかってるよ」
何がわかってるんだか…?
香は生徒だよ。
10才も年下だし…
恋愛感情は封印だよ。
って…
封印?
出てるのか?
恋愛感情。
〈激しく頭を横に振る響〉
違う違う。
ああ、もう、考えるからおかしな方向に行くんだ。
考えるのよそう。
【川】
〈土曜日〉
そろそろナマズやウナギが釣れるからと、魚路先生に誘われて川に釣りに来ている。
「ニャオニャニャ」
「釣ったらあげるからな」
シロもついて来てる。
勿論璃子も。
ヒット!
え?!
本当にウナギ?
「美味しそう。私の分も釣ってー」
「ニャオニャー」
誰が料理するんだよ?
璃子がやると、料理じゃなくて解剖になるだろ。
【響の宿舎】
〈日曜の朝〉
「コッコッコッ、コケーコッコッコッ」
「はいはい、コッコちゃん、ありがとね。今日も産みたて卵を美味しく頂きました」
【お城】
今日は、珍しく璃子がついて来なかったから、ゆっくり見れるぞ。
この辺は、デジャビュって感じしないんだけど…
【お城の中の部屋】
〈その頃お城の中では…〉
この部屋は、違うわね…
【奥の部屋】
この部屋も違う。
あの誘導瞑想で見たのと似てる部屋が、どっかに有ったのよ。
【廊下】
〈廊下では響が…〉
この廊下…
大奥の御鈴廊下みたいだぞ。
あの部屋は、どっちだったかな?
あっちか?
〈そして、響が移動すると…〉
どこだったかな?
【奥の部屋】
ああ、この部屋だった。
ここへ来た時、デジャビュだと思ったんだ。
あの誘導瞑想で見た部屋と似てるよな。
「え?先生も来なったの?」
「香」
2人は、同じ事を思ってここへ来たようだ。
「私も見たの。あれはきっと過去世」
やっぱり、あの巫女は香だったのか。
でも過去世って…
「先生には奥さんが居て凄く悲しかった」
先生に、って…
僕じゃないだろ、僕だけど。
「私、先生の事が凄く好きで」
私って、巫女のな。
「切なくて、涙が溢れて来たの」
香「今も…」
おっと、その先は言うなよ。
今のは聞かなかった事にしておこう。
さて、これ以上何か言い出さないうちに帰ろうか。
「あー、えーっと…今日は、夜じゃないから送って行かないぞ。近いから大丈夫だよな?」
「はい、大丈夫です」
「じゃ、じゃあな」
〈汗汗で部屋を出て行く響〉
「もう」
せっかく会えたのに、もっと話したかった。
生まれる前の約束の事…
あの不思議な夢…